刀剣乱舞 今岩





「岩融、けっこんしましょう!」
と、天狗の格好をした少年は唐突に言った。
「けっこん」
と、僧兵の格好をした大男は単語だけ繰り返した。


「けっこんです。ちのあとじゃないほうですよ。めおとになることのほうです」
「結婚か」
補足が追加され、岩融の頭の中でそれぞれの言葉の意味が結びつく。
結婚とは、通常男と女でするものではなかったか。それとも、彼らが活躍した時代から1200年も経てば男同士でもできるのだろうか。もしくは、人間が子を成すための結びつきであるから、付喪神である彼らはその限りではないということだろうか。
いずれにせよ、普通は好いた者どうしでするものだということは岩融とて知っている。そして岩融は今剣をいっとう可愛がっているし、今剣から提案してきた話なのだから彼も岩融のことを好いているのだろう。ならば断る必要はどこにもない。
「おう、いいぞ!」
この結論に至るまで、ほんの数秒しかかからなかった。
笑顔を見せて了承すれば、今剣はぴょんぴょんはねて喜んだ。
「やったぁ!じゃあぼくたちはこれからめおとですね!」
「そうだな。――して、これから祝言でも挙げるのか?」
「うーんと、したいのはやまやまなんだけど、とってもおかねがかかるってきいたことがあります」
「ほう」
刀剣男子にも給料は出るが、小遣い程度の微々たるものである。衣食住が無償で提供されているため、全て娯楽費に使うための金銭だが、金がかかる行事を個人的に執り行うには心もとなさすぎる。
「なので、とりあえずいちばんに、あるじさまにほうこくです」
「承知した」
二人は手をつないでゆっくりと審神者の部屋に向かう。


「しかし、何故いきなり夫婦になりたいなどと言い出したのだ」
問えば、今剣は大きな紅い瞳をこちらにまっすぐ向けて、こてんと首をかしげた。
「いままでわざわざくちにしなかったことを、ちゃんとかくにんして、やくそくするため、ですね」
「……?わかりやすく言ってもらえるか」
「岩融はぼくのものなのに、それをしらないだれかにとられたらこまるっておもったんです」
ぽんと飛び出した衝撃的な認識に岩融は瞠目したが、それに口をはさむようなことはしなかった。初耳ではあったがその発言に否やはないし、続きを聞くほうが先だと思ったからだ。
「だから岩融がどっかいっちゃわないように、ずーっといっしょだってやくそくしたかったんです」
「今更そんな約束なぞせずとも俺はお前からはなれたりしないぞ」
「どうですかね。岩融はうわきしょうですから」
「とんだ濡れ衣だ」
「きのうだって、ぼくとふたりであそんでいたのに、とちゅうで五虎退のとらをさがしにいってしまったでしょう」
確かにそういうことがあった。五虎退が昼寝をしている隙に5匹の虎がどこかに行ってしまったのだとべそをかいていたのだ。
岩融が捜索に協力すると申し出たとき、「ほんまるからはでていけないのだから、ほうっておいてもかえってくるでしょう」と今剣はむくれていたし、思い出した現在も少しむくれている。
それはそれで正論なのだが、あのときばかりは木に登ったきり降りられなくなった虎が一匹いたから、岩融のような背の高い者か脇差のように遠見が得意な者でなければ、中々救出できなかっただろう。実際、最後の1匹を見つけたのは岩融だった。
そこをつつくとさらに拗ねそうだったので、悪い悪いと口先だけで謝れば、今剣もしょうがないですねとだけ言って機嫌を直した。

結局今剣の真意は量れなかったな、と岩融はふと気づく。
ずっと一緒に居たい、というのは本心だろう。
二人でいるときに他の者に構ってほしくない、というのも本当だろう。
しかしその心の動きが、人間で言うところの夫婦や情人に対する感情に当たるものなのかまでは分からない。母親の関心を弟や妹に奪われたくない幼子と同じ振る舞いをしているようにも見えた。もちろん、今剣の精神年齢はきっとそこまで幼くはないのだけども。
だが別にいいか、と岩融は鷹揚に考え始めた。
岩融は今剣をいとしく思っているし、なんでもしてやりたいと思っている。例えば今剣の幸せのために今まで狩った999の刀を差し出せと言われればすぐさま差し出せるし(それが岩融のものであると仮定するならば、だが)、自分が1000本目になってその身を差し出せと言われればそうする覚悟がある。
ただ、それが岩融自身がもつ恋情や愛情なのかと問われると即答はできない。単純に保護者としての自認からくるものなのか、もしくはお互いの主の影響に由来するものなのか、それらのどれとも判断できないからだ。そしてそれはわざわざ名前をつける必要のない事柄だとも思う。白と黒はっきり真っ二つにしてしまうことより、灰色のままにしたほうがいいことだって世の中にはたくさんあるのを知っている。

「ときに今剣、主が我らの仲を許さぬと言ったらどうするのだ」
「しんぱいにおよびませんよ、岩融。『刀剣同士の恋愛に関しては干渉するつもりはない。ただし出陣や遠征に影響が出ないようにはしろよ』といってました」
「なんと。既に手回し済みとはな」
「岩融がいいといってくれるのはほとんどわかってたけど、あるじさまからきょかをもらえなかったら、いみがないですからね!」
得意げに言う小天狗の笑顔が可愛らしくて思わずその頭を撫でる。
「ははは、そこまでしてこの俺がほしかったか」
そう軽口を叩けば、
「とうぜんです!」
と真っ直ぐな瞳を向けられてしばし瞠目し、瞬間、かりそめの体ががぼうっと熱くなる錯覚を覚えた。
その熱は、均一に灰色だった胸の内に濃淡を作り揺らめかせ、緩やかに鮮やかに渦をつくる。
初めて見つけたその渦は一度踏み入れたら出られない予感がした。しかしその中心に今剣が居て手招きをするなら喜んでその波に呑まれよう、と岩融は薄く笑った。






この二人でカプするならいまつるちゃんが肉食だと信じています。
惜しみなく与えるのが岩さんの愛で、惜しみなく奪うのがいまつるちゃんの愛だといいな。