刀剣乱舞 にか石かり





歌仙兼定はにっかり青江と仲が良い。
少なくとも本丸の過半数はそう認識しているし、歌仙も不本意ながらそう思っているが、友人関係かと言われれば否定する。
なぜなら初めて会って自己紹介したとき、『風流を愛する』の部分を受けて「人の真似事を進んでするなんて、物好きな刀がいるなんてね」と言われたからである。雅を解さない相手を友人にする気は歌仙にはない。
この二人の数少ない共通点のひとつが、この本丸の初期メンバーであるということである。
歌仙は初期刀の陸奥守の次に来た打刀で、青江は初めて来た脇差だった。他に最初期に来た面子といえば、山伏や岩融や同田貫といういかにも暑苦しい連中ばかりだったために、その輪に入ろうとも思わなかった二人は自然と一緒に居ることが多く、ともに出陣することも多かった。
逆に言えば、本丸に居る刀が40口を超え部隊も別々になった今では一緒に居る意味もないのだけど、最初期の刷り込み故か今でもつるんでいることが多い。



「君は一体何をしに来たんだ」
そう青江に問えば、曖昧な笑みを返された。
「友達に会いにくるのに理由が要るかい」
「友達ではないから、要るね」
「ひどいなあ」
ほんとうにひどいとは思っていないような声音で言う青江の顔は、声音に反して力ない。
歌仙が自室を離れている間に勝手に部屋に来ていた上に、憂鬱な面持ちで本棚から和歌集を引っ張り出してはぱらぱらめくって、それを戻しては別のを引っ張りだしてめくって、という繰り返しを青江はもう半時はそうしている。
「出て行けとは言わないが、いい加減じめじめするのを止めるか調べものに専念したまえ」
「うん。……うん?」
「どうした」
「調べもの?」
「違うのかい」
「どうなんだろう。半分くらいは感傷とか手慰みみたいなものだったのだけど」
そういうことかと納得し、歌仙は口出しをしようかどうか迷う。
というのも、青江は何も言わないが事の顛末を大体聞き知ってしまったからである。


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その日の午前、審神者に言われて刀装部屋に向かった歌仙は、その途中で三日月と小狐丸と石切丸が談笑しているのを見かけた。
最近景趣が春のものに変わった関係で本丸のあちこちに満開の桜の木が植わっている。眺めたり花見の場所になるのはもっぱら庭にある一番大きな木だが、本丸の裏手寄りにある刀装部屋のそばに1本植わっているものもなかなかに立派で、かつ人通りが少なく静かなので少人数で花見をするにはちょうどいい穴場だった。
桜の下に並んだ濃紺・山吹・萌黄の着物は目に鮮やかで、所作に荒っぽいところのない3人の姿は実に雅だな、と良いものを見た気分で歌仙は思わず笑みをこぼす。彼らと歌仙の間には低木の並木があってこちらに気づいていないようだったので、平安刀たちの邪魔をしまいと足音を消して刀装部屋に向かえば、近づくにつれて話し声と笑い声がだんだん大きく聞こえた。
あまり大声をあげて笑うことの少ないひとたちだが、兄弟刀相手だと気安くて素をだしているのかな、と思っていると、
「いまどき、夜這いなんて大昔みたいなことをするものがいようとはな!」
と言っている三日月の声が聞こえて、思わず歌仙は敷居に蹴躓きそうになった。

派手に転ぶのをかろうじて避け、極力物音を立てないように刀装部屋に入って座す。
こんな日差しの明るいうちからあの爺どもはなにを話しているんだ、と思いながら聞き耳を立てれば、声を潜めているわけでもない3人の会話は問題なく聞こえた。
どうやら笑っていたのは三日月と小狐丸の2人で、石切丸はからかわれていたらしい。
「笑い事じゃないよ、まったく……夜中に起こされて、しかも夜這いしにきたなんて言われて、本当にびっくりしたんだから」
なんと、あの御神刀に色事をしかけに向かった剛毅な者がこの本丸にいようとは、と歌仙は目を丸くする。と同時にいやな予感をひしひしと感じていた。彼に人知れず懸想をしている男を、歌仙はひとり知っている。
「曲者と思ったりはせなんだか」
「ここの結界は十分強固なのを知っているからね。でも目が覚めたら跨られていたのには肝を冷やしたし、何か恨みでもかったのかなと思ったよ」
ため息交じりの吐露に、三日月と小狐丸はまた爆発したように笑った。
「ははっははは、ま、跨られてたとは!はは、ははは、油断しすぎじゃ」
「そうされる前に起きろ、ははははは、ああおかしい!――して、その据え膳は食ったのか?それともお前が食われたか」
「どっちもされてないよ!彼は君たちが思っているよりずっと紳士的だからね」
「紳士は予告もなしに寝込みを襲ったりせぬわ」
「正論だな」
「むむむ……」
石切丸は言葉に詰まって唸り、そしてひとつためいきを落とした。
「というかね、君たちのどちらかがあの子をそそのかしたんだろう。お互い現存しているのだから、1200年前の常識が今の非常識であることは知ってるはずなんだよ」
「俺はやってはおらんぞ」
「私じゃ」
「……刀剣随一の打撃から放つお仕置きがそんなにほしいのかな」
石切丸の声がすっと冷え、鯉口を切る音がする。しかし小狐丸はまったく動揺した様子も見せない声音で続けた。
「まあ待て石切丸。何も悪意でやったわけではない。お前の想い人がお前を慕って、外堀から埋めようと私に声をかけてきたのだ。だったら口先でけしかけるのが手っ取り早かろう」
「物事には順序と手順というものがあるんだけどなっ」
「そんなことは知らぬな。野生ゆえ」
「――して、本音は」
「半分以上は愉快犯じゃ」
「だろうなぁ」
三日月がけらけら笑う声と小狐丸のうめき声はほぼ同時だった。
「刀に手をかけておいて敢えて蹴るとは卑怯な」
「何が卑怯なものか。錬度もたいして高くない君なんか、手加減した峰うちでも背骨が砕ける」
「気をつけろよ小狐丸。そやつ今、金重歩を二つ持っているからな。打撃90を越えておるぞ」
「……少しばかり浅慮だったか」
「理解してもらえてなによりだよ。――頼むから青江に妙なことを吹き込むのは金輪際やめてくれないかな。今度あったら本当に容赦はしないよ」

やはり青江の話だったかと歌仙はやれやれとため息をつく。
同時に思いがけず彼らから刀装の話が出て、ようやくこの場所に何をしに思い出した。そして好奇心に負けて長々と盗み聞きしてしまった自身を恥じた。まったくもって雅じゃない。
だからといってそこまで聞いてしまった以上意識がそちらへ向いてしまって集中できず、刀装作りを始めても良い成果は得られなかった。
出来上がった並刀装の一覧を作成し、そっと刀装部屋から退室して審神者に報告すれば、そういう日もあると慰められた。



刀装を作りながら聞こえた話によれば、夜這いしにきた青江に対して石切丸は、混乱をごまかしがてら「事前に恋歌でも送ってくれれば心の準備ができたのに」と冗談を返したと言っていた。すると青江はあっさりと納得して何もしないまま退室したそうだが、はたして。


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「もしかして、男が男に送った恋歌でも探しているのかい」
「……よくわかったね」
「今までの君の言動を見ていればわかるさ」
半分は嘘だがそう言って誤魔化せば、黙っている必要もないと判断したのか青江は昨夜の顛末を白状した。それは歌仙があの三人から聞き知ったものと相違なかったが、最後の石切丸の冗談だけ青江は真に受けてしまったようだった。
「古い歌集をあさっても、彼に宛てるのに丁度良い恋歌など出てこないだろうね。衆道なんてものはだいたいは武士の文化だ」
平安期にも男色はあったが貴族同士ですることなどなく、稚児や小姓相手がほとんどだったと聞く。歌を送りあうような関係ではないだろう。歌仙はそう認識している。(実際のところどうなのかまでは当時存在していなかったから知らないのだが。そもそも実年齢においては青江の方が年上である)
「やっぱりそうかあ。――僕みたいな実戦刀に風雅なことを求めるってことは、遠まわしに断られてるってことなのかなあ。向こうもこちらを好いてくれてると思ったのだけど」
はあ、とため息をまたひとつついて青江は歌集を放る。歌仙がそれを見咎めて睨めば、青江その本をそそくさと棚に戻した。しかし引っ張り出した場所とは別の位置に入れている。さっきまで本を出したり入れたりしていたことを考えると、あとでまた並べ替えないといけないだろう。青江が部屋に来たときはいつもそうだった。
こういう妙なところで雑なところのある彼は、自己申告どおり雅に理解をできないだろう。それでも相手に合わせようとする姿勢だけは認めようと思う。
「そもそも、不慣れなことに絡め手で挑もうとしているのがいけない。そんなものは元の文字の形も知らずに草書を習うようなものだ」
「なるほど、確かに一理あるね」
「だったら順序を間違えず真っ直ぐ立ち向かったほうが、ずっとことが早く運ぶ。なに、君自身の目と勘を信じるなら悪いことにはならないだろうさ」
「そう……かな……」
「向こうもこちらを好いてくれてると思った、って言ったのは君だろう。偵察が唯一のとりえなんだからもう少し信用したまえ」
「唯一ってひどいなあ」
言いながら笑う青江の顔は、さきほどよりは幾分明るい。これでまた青江が(さらに言えば三条の面々も)余計なことをしなければ、今ので青江の恋愛相談は終わるだろう。そう思えば少し肩の荷が下りた気分だ。

礼を言って立ち去った青江を見送って、改めて本棚を見やれば案の定あちこちの本がちぐはぐに入れ替わっていて、歌仙はまたひとつため息をつく。
本棚を乱されることがなくなるのが少しさびしいなんて、そんなばかばかしい感情にはそっとふたをすることにした。






青江と歌仙のコンビを書きたいという欲求と、こぎつね祈願で出した三条太刀を混ぜたらまとまりのない感じになりました。
青江と歌仙のコンビを指して「牡丹灯籠」というのがなんか好きです。