刀剣乱舞 薬研+今剣





この本丸では希望者のみ個室が与えられ、そうでないものは誰かしらと相部屋になっている。本丸の敷地の都合上そういうことになっていると知れば皆相部屋を了承するのだが、望んで個室を与えられている者の一人に薬研がいた。
粟田口の面々は皆必ず薬研の部屋を訪れた。そして様々な生薬や器具が並んでいるのを見て『薬の調合の研究をゆっくりしたいのだろう』と思い、無理に相部屋に誘うことはしなかった。
兄弟たちの推測は外れてはいない。薬の研究をすることは薬研の趣味のひとつだからだ。だがそれ以外の大きな要因がある。
「俺っちの兄弟たちは心配性だからな。余計な気苦労はさせたくないんだ」
彼のその言い分に審神者は納得してその個室を与えたし、実際有効活用されている。



ぱたり、と障子が閉まったのを確認して薬研は部屋の奥に駆け込み枕に顔をうずめる。そしてこらえていたものを全て吐き出すように盛大に咳き込んだ。枕を使うのは勿論、部屋の外にそれが聞こえないようにするためだ。
ひとしきり咳き込めばそれだけでかなり体力を使って、はあ、とため息をつく。
「……思った以上に早いな」
薬研藤四郎という短刀は、実際のところ見た目通りに病弱だった。その見た目を覆すほどの威勢のよさは全て彼の努力によるものであった。体調を崩しそうだと思えば栄養剤を調合して服用し、病気になっても気弱になることなく気丈に振る舞い、逆に主や仲間に対して気遣いを見せる。そこまで徹底して病状を隠していた。
すべては刀としての本分を全うするためであり、同じく戦うために身を突く図べきである兄弟に余計な心配をさせないためだ。粟田口の中でも兄寄りのポジションにいる薬研が気弱に振る舞ったら粟田口全員に影響がでかねない。
そこまで1人で抱え込まざるをえない状況を審神者は心苦しくおもっているようだが、ある意味これは薬研の我儘なのだと言って納得させた。

季節の変わり目などは特に体調を崩しやすい。そろそろかなと気を付けてなるだけ外出を避けていたつもりだが、予想以上に病状が悪くなってしまった。
ダメもとで薬棚を漁ってみたが、やはり作り置きがない。材料棚をさらってみれば、辛うじて1回分の生薬が見つかった。これを砕いて混ぜ合わせれば一時しのぎにはなる、という程度だが。
生薬をすり鉢に投げ入れてすりこぎを突っ込み、ごりごりと削る。だが力が入らず中々砕けない。思った以上に体力を消耗していたようだ。
これは今季勝負になりそうだ、と思いながら棚に背を預けると、部屋の主の心情を表すように不安定にがたがたと棚が音を立てた。


知らず知らずに意識を飛ばしていた薬研はノックの音で目を覚ました。
「薬研?やーげーんー!いるのはわかってるんですよー!」
いつぞやにドラマで見た、犯人を追い詰める警察のような台詞で部屋の外から呼びかける声は今剣のものだ。なんでこんなときにこんな場所に、と思って居留守を使おうにも「居るのは分かってる」らしいためにしらをきりづらい。
このまま強制捜査に入られるよりはマシか、と思いすり鉢を横に置いてのろのろと声のする方に近づけば、丁度押し入ろうとした今剣が目の前で障子を開けた。
「やっぱりいるんじゃないですか」
「……何の用だ」
平安刀らしい強引さとマイペースさに閉口しながらそう言えば、口を開いた拍子に乾いた外気が喉に入ってごほごほと咳き込んだ。
「やはり『かたたがえ』ではなかったのですね。石切丸をよんでかじきとうをたのみましょうか?」
方違えとは平安時代以降に行われた風習のひとつで、戦の開始などの際その方角の吉凶を占い、その方角が悪いと一旦別の方向に出かけ、目的地の邦楽を悪い方角にならないようにしたものである。度々粟田口部屋に泊まる薬研が最近自室にこもりがちなのを、今剣はその風習かもしれないととらえたようだ。
そこで石切丸の名も出るということは、病の可能性も予測していたということだろう。
「いや、結構だ。自分でどうにかできる」
「できていないからぼくはここにいるんですよ。はいこれ、あるじさまからです」
どん、と置かれたのは小さな瓶が10本以上入った箱だった。
「あるじさまのじだいの『えいようざい』だそうです。くすりではないけど、げんきがでるんですって。なんで薬研に?とおもったんですが、こういうことだったんですね」
「こんなものもあるんだな」
ほお、と驚いてその瓶を見つめれば、今剣からため息が漏れた。
「まわりにしんぱいをかけまいとするのは、よいこころがけですけど、ぜんぶじぶんでかかえこんでしまっては、そのおもにでしずんでしまいますよ」
言われてみればそうだ。栄養剤も治療薬も自分で調合せずに片方でも主の力を借りれば労力は半分で済んだはずなのだから。
「ああ、肝に銘じておく」
「やくそくですよ」
「ああ約束だ。だから兄弟たちには俺っちのこのザマを秘密にしておいてくれよな。かっこわるいところは見せなくないんだ」
秘密、の言葉に目を輝かせた今剣は、はい!と元気よく返事をして小指をつき出した。
その小指に自分の小指を絡ませれば、ぶんぶんとふられてから解かれる。
「ふふ、ゆびきりげんまん、っと!ではゆっくりようじょうしてくださいね、薬研。おだいじに!」
そう言いながら去る今剣の声はそれなりに大きく、それこそ兄弟に聞かれやしないかと思うくらいだったが、あの勢いにひっぱられて活力を貰ったような気がした薬研は苦笑するだけの余裕ができていた。






『本当は病弱な薬研』というテーマを貰って1時間程度書いたものに、加筆修正したもの。
ニキには甘え下手なイメージがやたら強いことに気付く。