刀剣乱舞 三名槍





夜も天辺を回ったころ、蜻蛉切は揺さぶられて目を覚ました。
「あー、やっと起きたな」
「む……どうかしたか、日本号」
「厠に行きたいんだけどよ、ちぃっと飲み過ぎちまってうまく辿り着ける気がしねえんだよ。だから連れてっちゃあくれねえか」
この本丸の主な施設は本丸の中央に固まっていて、はずれの方にある槍部屋からは些か遠い。ただでさえ夜目がきかないのに強かに酔っていては、遠くにある厠へ行くのは難しいだろう。
「全く、酒はほどほどにしろとあれほど」
「説教は後で聞く。――おい御手杵、起きろ、お前も厠行くんだろ」
「んあ?……ああ」
日本号と一緒に酒盛りをしていたらしい御手杵は、赤い顔で半分眠っていた。


素面とはいえ、蜻蛉切とて夜目がきかないのは一緒である。
本丸の廊下に蛍光灯などという上等なものはなく、明かりらしいものはぽつぽつと点在する行灯のみ。月明かりさえあれば幾分歩きやすかったかもしれないが、生憎今晩は新月であった。
敷居に蹴躓いて転けそうになる日本号を支え、よろけて縁側から落ちそうになる御手杵を引き止めたはなから、三人揃って鴨居に頭をぶつけた。
特に御手杵の千鳥足がひどくて背負って運ぼうとすれば、上背が高くなりすぎて今度は天井に頭をぶつけた。
その際鴨居と天井からしてはいけない類いの音がして、別の意味で蜻蛉切は頭が痛くなった。


そんなこんなで、厠に着くころには三人とも身も心も満身創痍であった。
入口で待っていた蜻蛉切に、先に用を済ませた日本号が話しかける。
「おまえさん、案外いぎたないよな。朝に弱いって訳でもねえのによ」
「そんなこと言われたことが無いが…」
「起きるまでどんだけ揺すったと思ってんだ」
「それは悪かった。傍で殺気でも出されれば一瞬で跳び起きたんだが」
「酔っ払いにどうやって意識的に殺気出せってんだよ…」
すると同じく用を済ませた御手杵が会話に加わる。声音がはっきりしているのは2度も頭をぶつけて流石に目が覚めたからだろうか。
「前すごい勢いで跳び起きてたの、殺気のせいだったのか」
「ああ、あれか」
「そんなことがあったのか?」
「そうか、日本号がまだ来てなかった頃だったか。夜中に穢れとやらが迷い込んできたことがあってな。丁度槍部屋の近くだったせいで、それを断ち切っていた石切丸殿の殺気がこちらまで伝わってきたのだ」
「あんまり物々しい起き方だっただったから俺まで起きちまったよ」
それを聞いた日本号は、実に苦い顔をした。
「おい、ちょっと待て……ここ、『出る』のか?」
「たまにな。血の穢れに引き寄せられて何かが迷い込んでくることがあるらしい。なんだ日本号、幽霊が怖いのか?」
蜻蛉切がにやっと笑いながら問えば、日本号は更に眉根を顰めた。
「怖い訳じゃねえけどよ。なんかヤだろ、気持ち悪い」
「確かになあ。俺も幽霊が怖いってんじゃないけど、気持ち悪いよな。だってあいつら、突き殺せねえだろ」
御手杵の言葉に、蜻蛉切も渋面を作る。いかな三名槍とて怪異斬りの逸話を持つ者はいない。つまり怪異と出会ったとして対処する方法がないのだ。
今まではそういったことが得意な者がなんとかしていたから思い至ったことがなかったのだが。
「……明日にでも石切丸殿に対処法を聞いておこう」
「……そうだな」
「じゃ、さっさと帰ろうぜ」
またあの長い道のりを帰らなきゃいけないのかと思うと憂鬱になりながら、暗い廊下を見渡せば、夜目が利かないなりに白くぼやっとしたものが見えた。
小柄で細く、白い影が少しずつ近づいてくる。その両脇から人魂のように見える光が左右から、ぼうっ、ぼうっと出てきて、三人は思わず息を飲む。勿論手元に本体があるわけでもなく、幽霊との戦い方も知らない。とりあえず身を寄せ合って警戒するしかできない。
その白い影は三人に気付いているのかいないのか、まっすぐこちらに近づいて――


「あれ、みなさん、こんなところでどうしたんですか?」
明るく訊ねる声が聞こえた。
「え…?」
よくよく目を凝らして白い影を見つめれば、それは物吉の姿として像を結んだ。左右の人魂に見えた二つの光は、黒い寝間着を着てランタンを持った鯰尾と骨喰であることがわかって、三人そろってほっと息をつく。
「な、なーんだ、お前たちかよぉ……びっくりさせやがってぇ」
御手杵はへたりこむようにその場で座り込み、日本号と蜻蛉切もそうしたい気持ちを矜持でなんとか踏ん張った。
「ははは、驚かせちゃったならすいません。脇差部屋でUNOしてたらすっかり夜更ししちゃって、これから寝支度するんですよ」
「ああ、ならばそれが終わってからで良いので、少し助けて頂きたく……」
蜻蛉切は身を小さくしながらここに来るまでの顛末を語る。すると物吉はくすくすと、鯰尾はげらげらと笑い、骨喰でさえぷっと吹き出していた。
「では帰り道は僕たちが送っていってあげますね!」
「世話を焼くのは好きなんで、任せてください」
夜に強い脇差の手助けがあればなんとかなるだろうと胸をなでおろすと、骨喰がぼそっと口を開いた。
「三人とも、なんで灯りを持ってないんだ?非常灯ならどの部屋にもあるはずだが」
「「「あ……」」」


後日、槍部屋の出入り口に、懐中電灯を3つ入れた蓄光板を張り付けた箱が設置された。






でかいナリして夜目がきかないのかわいい(かわいい)
某スレテンプレ絵の揃って鴨居に頭ぶつける三名槍の絵が好き過ぎてシーンに採用してみた。