刀剣乱舞 日本号×審神者

※ 創作男審神者注意





吐き気をもよおす最低の悪夢を見てそれを愚痴としてこぼしたところ、
「しない後悔よりする後悔だ。とられたくないって思うなら、とっとと気持ち伝えてラクになっちまいな」
とは、とある集会所で出会った友人審神者の言である。確かにその通りだと思って、だめもとで告白しようと決めた。
の、だが。
「なんで『す』と『き』のたった2文字が言えねえんだよおおおおおおおお!!俺のばかああああああ!!」
数日後、件の集会所でクッションに顔をうずめてごろごろ転がっている彼の姿が見られた。
刀剣男士は入室できない、特殊な場所であるここではどんな思いをぶちまけても許される場所である。そういうことをしたい審神者が集まる集会所だ。
しかしここで日本号への溢れる想いを吐きだし続けたせいで、「まだ言ってなかったのかよ」「さっさとしろ」「ヘタレ!」「気合入れろ!」とからかいと叱咤を貰うまでになっていた。そんなヤジに、クッション越しに応える声は弱弱しい。
「さっさとしろって言われて出来るならとっくにやってんだよぉ…」
「お前の覚悟ってその程度だったのか?」
先の友人審神者がにやにやと笑いながら言う。
「そういうわけじゃないけどさ…」

野次馬根性からかもしれないが応援してくれる人がいる。発破をかけてくれる友人がいる。
だからといって覚悟が決まるわけではない。
自分の想いを口に出して伝えて、嫌われたらどうしようと怯える心がある。呆れられたらどうしようと恐れる心がある。現状維持でも十分に幸せなのではないかと甘える心がある。それら全てが先へ進もうとする意志を引き留めて足止めする。
そのせいで日本号に話しかけようとして、言い淀んで、関係のないことを話すということをずっと繰り返していた。
対する日本号は何かに気付いた様子も迷惑そうにしている様子もない。いつも通りだ。
だが、そう思っていたのはどうやら審神者の方だけだったらしい。

なんでこんなことになっているのかと、今更のように思う。
自室で細々とした作業をしていると「入るぞ」とだけ声をかけられて障子が開き、「来い」と言われて腕を引かれて何やら分からぬままに連れられて、縁側に座らされて気が付いたら今の状態だった。
手には甘酒の入ったコップ、横には甘酒の瓶、その反対隣では日本号が酒を飲んでいる。大きく藤巴の入った着流しを着て髪を全て後ろに流した姿は時折見ているが、漂う色気にあてられていつも心臓に悪い。見上げていた視線をさりげなく正面にずらせば、眩しいくらいに輝く月が自分たちを照らしている。
有無を言わせず連れてこられて、最初は怒られるのかと思った。自分の煮え切らない態度にしびれをきらしたのかと思った。
しかし、縁側に共に座ってからの彼の第一声は
「こんなに綺麗な月夜なんだ。月見酒しなきゃ勿体ねえだろ?」
で、妙に拍子抜けしたのだった。
お互い手酌でゆっくりと盃を重ねながら、なんでもないようなことを思うまま話す。甘酒が甘すぎるだとか、お互いの味の好みについてだとか、新入りが思いの外扱いづらいとか、でも悪いやつじゃないとか。同じ本丸に住む者同士、共通の話題が尽きることはない。しかし、ふっと途切れる会話の合間の、しばしの静けさすら心地よかった。
触れるほどに近い距離とほのかな体温が心拍の上昇を誘い、たかだか0.8%のアルコールがいつもより早くめぐる。ふわっと心地よく揺蕩う意識のまま夜空を見上げれば、最初見たときよりも月はかなり高く上っていて、それでも雲一つなく照らす月明りはなお鮮やかだった。
ふと、ちょうどこんな状況の話を前に聞いたな、と思った。そして例の言葉を言うなら今だな、と酒にうかされた頭で直感した。
「号さん、ちょっと聞いて」
なんでもない話の延長戦上のように、何気なく切り出すつもりで隣にいる想い人を見上げる。
「うん?」
瞬間、返された視線に、声に、すべて奪われた。
耳から溶けそうなほど甘く低く響く声、口元に薄く浮かべた笑み、酒でほんのすこしだけ赤くなった頬、そして何よりも、穏やかすぎるほどの藤色のまなざしに意識が持っていかれる。夕と宵のあわいのような紫が静かに彼を照らし、その美しさに魅入られて舌が張り付いたように動かなくなった。
「す――」
かろうじて、伝えたいたった2文字の、最初の音だけ搾り出す。しかし続く2文字目がどうしても言えない。
日本号はそのまま黙って続く言葉を待っていたが、しばらくして石になったように動かない審神者からすっと視線を離し、手元の杯に目を向けた。
顔をそらされてようやくその磔が解かれた審神者はばっと俯いたが、だからといって件の2文字目が言えるでもなく、す、す、と途切れ途切れに繰り返す。やがて日本号が酒を飲み下す音が聞こえ、視界の外にある喉仏が動くさままで想像してしまったために、さらに彼はいっぱいいっぱいになった。のぼせた頭でぐるぐるとしていると、ふと俯いた視線の先にあった日本号の手にあるものを見、それを逃げ場所にした。

「す、するめ、たべたい」
いきなりすぎる要望に数瞬の沈黙が落ちる。その後、喉の奥でくつくつと笑う声が聞こえた。
「するめか。確かまだ残ってたはずだぜ。その甘酒に合うかどうかは分からねえけどな」
そう言って日本号は審神者と反対隣に置いてあった袋(つまみになるものを雑多につめているものだ、というのは先ほどの会話で聞いた)をがさがさと漁り、すぐに1枚のするめを取り出した。それを手際よくぱきんぱきんと割り、胴体の部分を差し出す。
「ほらよ」
「ん、ありがと」
差し出されたものを受け取れば、空いた手が審神者の頭に移動して少し強めに撫でられた。その手の厚みと力でやや強制的に顔が俯く。
そして。
「星が綺麗ですね、……なんてな」
低く告げられた言葉と唐突な敬語に、心臓がどきりと跳ねた。
頭の重みがなくなって夜空を見上げれは、相変わらず月は煌々と照っていて、星の光をかき消すほどだ。
「……どういう意味?」
「さぁてな」
さらりとはぐらかして日本号はまたくつくつと笑う。
「早くしねえと取られちまうぜ」
「え」
「するめ」
「あ、ああ、うん」
促されて審神者は手元のそれをかじる。
星の見えない夜空を見ながら星が綺麗だと言った、想い人の真意とその表情が気になって、口にしたものの味などすっかりわからなくなっていた。






『格子窓』シリーズの世界観をちょっと導入してみた。というか友人審神者=さにたぬさに本丸の審神者です。裏設定だけど。
おいたんの描写に表現盛りまくったら自爆ダメージ食らった。甘すぎウェップ