刀剣乱舞 日本号×審神者

※ 創作男審神者注意





審神者は下戸故にあまり宴会に出席することはしない。しかし全くしない訳ではない。本丸の大きな祝い事の際には喜んで出席する。
例えばそれはこの日のように、修行から帰った乱を出迎える会などがそうだった。本丸で初めて極になったことを祝した、とても派手で賑やかなこの宴に審神者は参加していた。
とはいえ酒飲みにとって飲める理由など二の次で、散々騒いで盛り上がって笑って皆目的も忘れて楽しんでいた。それは旅の疲れもあって主役がすっかり眠ってしまい適当にお開きになって、まだ飲み続けたい者だけ残った2次会になっても同じだった。
皆が酔っておどけてみせるのを大笑いしながら見ていた審神者は、ふと日本号の姿が見えないことに気付いた。
宴会場の大広間をぐるりと見渡しても見えず、何かに隠れて見えないわけでもなさそうだ。(そもそもあの長身を隠すような物などここにはない)
厠にでも行ったのかと思い広間の障子を開けて廊下を見てみると、ほんのすぐそばに探していた黒い影が見えた。
「うお!?」
思わず出た奇声に気付いた日本号はこちらを見、黙ったままにっと笑った後、腰の左横の床を示すようにタンタンと叩く。促されたととらえた彼は、甘酒の瓶とグラスだけ手にしてそこに大人しく座った。



夜空を見上げながら、酒を飲みながら、とりとめもなく話す。
心地よくアルコールが回って頭が穏やかにぼーっとする。日本号の声音が酔った体に染み渡るようで、穏やかな幸福感で満ちた。
遠征中にあったおかしな話を上機嫌に話す日本号を見ながら、審神者はつらつらを思いにふける。考える内容と言えば、勿論隣にいる相手のことだ。
低く色気のある声が好きだ。
冗談めかしたり茶目っ気のある喋り方をするところが好きだ。
余裕めいた口もとや垂れた眦、よく見ると案外甘い顔立ちが好きだ。
厚く筋肉のついた体格が好きだ。
気さくに見えて正三位の位を大事にする矜持の高さが好きだ。
戦の時にぎらりと赤く光る瞳の剣呑さや響く高笑いが好きだ。
そんな無数の『好き』が胸の内から溢れて止まらない。
やがて、じっと見つめられているのに気づいたのか日本号が視線をこちらにむける。
「うん?どうかしたか」
そんな風に問う声さえ愛しい。
そしてふと、この愛しい槍と向き合ったときにいつも胸をぎゅうと締め付ける緊張感がすっかり抜け落ちていることに彼は気付いた。
持っている猪口をさらっと奪い、空いた左手に自分の右手を重ねる。自分の手とは全く違う厚い手のひらに武人らしさを感じて、またひとつ好きなところが増えたのを感じて思わず笑んだ。
不意に猪口を奪われてきょとんとしている日本号を見上げ、ぽろっと零れるように言葉がこぼれた。
「すき」
それは、今までずっと言いたくても面と向かって一度も言えなかったたった二文字の言葉だった。
一度言ってしまうと好きという気持ちが加速するように溢れてくる。
「すき」
もう一度言う。しかし日本号からの反応はない。失敗したかな、という嫌な予感がちらりとよぎる。
不安感で胸の奥がすうっと冷たくなって俯いた次の瞬間、手がぎゅっと握り返された。そして、聞き逃しそうな程に小さな声でぼそっと
「そーかい」
と曖昧な返事が聞こえた。
再び顔をあげて日本号の方を見てみれば、視線はそらされ耳は少し赤くなっている。
これは、もしかして、成功したのだろうか。
期待に高鳴る胸をおさえながらそっと握っていた手を離し、日本号の胴回りに腕を回す。ぎゅっとやや控えめに力をこめれば、それに応えるように日本号の腕が腰に回り、ぐっと引き寄せられた。
密着した部分全部から伝わってくる体温に実感と喜びとが一気に湧き上がって来て、叫び出したい衝動に駆られる。それをどうにか押しとどめて、言葉にならない衝動すべてを回した腕にこめる。体格差のせいでしがみついているような格好になっているのが少し情けないが、そんな些細なことは気にしないようにした。
「ははっ、力、強いな」
全力の抱きしめにも動じず日本号はくつくつと笑っている。
言いたいことは山ほどある。言葉にして伝えるのは後でもできる。今は、たくさんの好きとたくさんの賛辞とたくさんの愛しいを、喜びの熱に浮かされてうまく回らない口の代わりにぎゅうぎゅうと抱きしめることでぶつけたかった。
力いっぱい抱きしめているさなか、日本号が少し背をかがめる。顔が自分の顔のすぐ横に来たことに気付いて、え、と声が漏れた。
耳元に日本号の口がある。ふ、と位置を確かめるような短い吐息の後、低く低く、甘く優しく、囁くような吹き込むような声で、一言。
「あんたが好きだ」

瞬間、身体中が溶けたように力が抜けてふっと意識が遠くなった。



気が付けば宴会をしていた大広間で横になっている状態で目が覚めた。
あの一言で腰砕けにされたあと、頭がぼーっとするような多幸感でいっぱいになって使い物にならなくなったのは覚えている。そんな自分を日本号がひょいと抱え上げて広間に戻り、その場にいた面々に何事か言って、広間に残っていた酔っ払いどもが何かはやし立てていたのも、なんとなく覚えている。
はやし立てていた面々は、視界のあちこちでごろごろと雑魚寝しているのが見える。しかし日本号はどこにいるだろうか。と思った瞬間、自分の胴回りに置かれている、黒い着流しの腕が見えた。
まさか、という予感にカチンと体が強張る。首だけでも振り向けばそこに誰が居るのか確認できるはずなのに、心臓がばくばくと音を立てていてろくに動けない。
まどろみのなかでもそんな身じろぎに気付いたのか、その腕に力がこもりぐっと引き寄せられた。背中に伝わる体温が密着したことで一層近くなる。
耳元で、ん、と吐息まじりの寝息が聞こえて、心臓が爆発しそうに高鳴る。その低い声だけで予測が確信に変わった。
高鳴ったままの鼓動はすぐに収まるはずもなく、抱き枕に徹することなどできはしない。
ずっと想い続けていたかの槍と恋仲になれたとしても、この緊張感に慣れることはないだろうと諦めた審神者の顔は、酔いも醒めているはずなのになお酔ったように真っ赤になっていた。






これにて下戸シリーズ終了とあいなります。おつきあいありがとうございました。
とりあえず告白して終われて良かった…。
番外小ネタは考えてなくもないけど、予定は未定。