刀剣乱舞 厚+五虎+乱+平野





厚の目の前にこんのすけが現れたのは、丁度馬当番を終えて部屋に戻ろうかというときだった。
曰く、修行に行き『極』となって新たな力を得られるようになった、そしていち早く厚に『極』になる許可が出たということだった。
「極になるのは強制ではありません。なりたいと思ったときに審神者様に頼んでください。詳しい話もあちらから聞いてください。それでは」
ほとんど事務的にそう言って、質問の隙もなくかの管狐はどろんと姿を消した。
「更に強くなれるのか。羨ましいな、厚」
共に馬当番をしていた薬研が言う。
「おう!修業か……わくわくするぜ!早速主に頼みに――」
「いや、その格好のままはまずいんじゃないか?」
指差された服を見直せば、あちこちに飼い葉がくっつき、靴は泥だらけで、馬に食まれた髪はぼさぼさだった。
そう指摘する薬研も似たようなもので、眼鏡のフレームがよだれまみれで少し歪んでいる。
「ははっ、確かにお願いに行くのにこれはねえな!じゃあさっさとひとっ風呂浴びに行こうぜ」
「ああ」

いつもより少しだけ丁寧に身支度をしてから審神者の部屋に向かうと、中から複数人の話し声が聞こえた。
「大将、今いいか?」
「厚か……どうぞ入っておいで」
こころなしか元気のない審神者の声音が弱弱しい。怪訝に思いながら障子を開ければ、先客が三人いた。乱、平野、五虎退だ。
「あー……大将、頼みがあるんだが」
厚が言った途端、審神者はわっと机につっぷした。
「修行のことでしょ知ってるよおおおおおごめんねええええええ」
「た、大将、どうしたんだ?オレなんかまずいこと言ったか?」
審神者の代わりに答えたのは平野だった。
「僕たち全員、同じ用件でここに来たんですよ」
「おっ、そうなのか。じゃあみんなで修行行こうぜ!」
「で、でもぉ…道具が、足りなくてぇ……」
五虎退が半泣きで続く。
「えっ、どういうことだ大将」
「厚君、池田屋で拾った賜物、覚えてる?」
「あの鍛刀部屋で埃被ってた玉手箱のことか?覚えてるぜ」
「あれの中身がね、修行道具だったわけですよ。でも1セットしかなくて、しかも消耗品でね……」
「つまり、この中でひとりしか『極』になれないってことか。くそ、あの狐そういう重要なことは早く言えよな……。今度会ったら狐鍋にしてやる」
「ふふ、ボクもさっき同じこと思ったよ。それで、今主さんの決定待ちってワケ」
「なるほど、状況は理解したぜ。で、大将、どうするんだ?オレたちは大将の判断なら異論はないぜ。だろ?」
同意を求めて3人を見れば、揃って頷いた。
「そう言われると更に迷うんだよ……だってみんな等しく可愛く思ってるんだからさあ」
机に突っ伏したまま審神者はウンウン唸る。
そしてたっぷり5分は唸ったあと、がばっと身を起こし、つられて4人は背筋を伸ばす。
「決めた!」
誰のものだか、ごくりと息を飲む音がした。
「自分の一存じゃ決められないという事がわかった!」
「え!?」
「だから君たちに決めてもらおうと思う!話し合いなりクジ引きなり、第三者に決めてもらうなり、好きにして。以上終了!」
そういうや否や審神者は4人を部屋から追い出し、
「決まったら言ってくれればいいから。期限は特に設けないよ。じゃあね!」
そういってぴしゃりと障子を閉めた。
それは丸投げと言うんじゃないかと全員が思ったが、審神者の判断なら文句はないと言った以上従う以外に選択肢はなかった。


まさかこんなことになるとは、と思いながら4人は車座になって話し合う。
最初に口を開いたのは厚だった。
「えーっと、まあ、手っ取り早く早いモン順ってことで最初に頼みに行ったやつでいいんじゃないか?」
「それだと、僕ってことになるんですけど、でもそれって偶々で……僕が虎さんと主様と一緒に遊んでるときにあの管狐さんがきて説明しにきて。だからほんとうに偶然で……だから、このなかで一番主様に貢献した、一番早くから居たひとにしたらいいと思うんです」
五虎退のその言葉を厚が引き取る。
「それでいうと、オレが一番早くから居ることになるのかな。でもそれこそ運次第って感じだし、ここにいる全員確か全員同じ日にここに来てるんだ。だから、大将に貢献してるっていうと、誉を一番多く取ったやつってことになるんじゃないか?」
そこで全員ポケットから手帳を取り出す。それは本丸の全員に配られている誉の回数を記帳したカードであった。誉の回数を記録して溜めると、毎月の報酬とは別に審神者から賞与として希望した物品が貰える、所謂スタンプカードのようなものだ。つまりそれを見れば誰が何回誉をとったか分かる。
「えーっとぉ、これで見比べてみると、ボクが一番誉取ってるのかな?」
乱が言う。
「でも、1,2個くらいの差しかないね。それこそ時の運って感じだよ。それよりも、あるじさんに貢献っていうなら一番近侍の仕事をしたひとっていうのが適当じゃない?」
「その基準で言えば僕ということになるのですけど」
そう言って平野が続く。
「でも僕の場合、前田とお互い二人一組になって仕事を手分けしていて、それで本丸がスムーズにいっていたので、みなさんと同じ舞台で語るのは少し違う気がします」
議論がぐるっと一周してしまった。だからといって代替案が出るでもない。
元々粟田口は人数が多いだけあって、譲り合うのがくせのようになってしまっていた。人数で割り切れないおやつは全員に行き渡らせたうえで、余ったものは欲しい人に譲る。少ない道具を皆が使いたいときは、きちんと順番待ちをしてみんなが使えるようにする。みんなが欲しい少ないものを取り合いそうになったときは、長兄である一期一振や、親戚筋にあたる鳴狐にまわす。そうやって彼らは諍いを起こすことなく過ごしてきた。
それがいま災いして、自分が欲しいものは同じだけ相手も欲しいものだというのを強く認識してしまい、誰一人として我を通せないでいる。つまるところ、彼らは皆、とてもいい子であった。
暫し無言で考えた後、五虎退が口を開く。
「じゃあ、このなかで一番強い、レベルの高いひとが……あ、みんな最高練度でしたね。す、すいません…」
しょぼん俯く白い頭を見ながら、厚はふと思いついた。ここに皆同じ土俵で戦えるものがあるじゃないか、と。
「じゃあさ、4人総当たりで手合せして、一番強いやつが行くってことにしないか?それでお互い文句なしってことでさ」
それに皆こくりと頷きそういうことに決まった。
言い出した時分には夜もそこそこに更けていたため、手合せは翌日にまわすことにした。丁度非番であった一期と鳴狐にそれぞれ主審と副審をまかせて各々の全力で手合せに向かった。

結果、最終的に言えば厚が一番の勝ち星をあげることができた。



玉手箱から出てきたという旅支度一式をおそるおそる身につけながら厚は言う。
「ほんとにオレでよかったのか?」
自分と同じだけあと3人も修行に出たかったと思うと、この期に及んでもやはり腰が引ける部分があるようだった。
「僕たち、正々堂々と勝負しました。だから大丈夫、です!」五虎退が言う。
「文句なしって言ったのは厚じゃないですか」平野が言う。
「ホントは行きたくないっていうなら、ボクが行っちゃおうかなあ」そういって乱が旅道具に手を伸ばし、それを慌てて厚は手元に引き寄せた。
「冗談だって!でもボクもいきたかったなぁ」
「でも、厚兄さんになら任せられると思います」
「怠けて修行失敗なんてしたら、許しませんからね」
そう激励する彼らの表情は明るい。続いて見送りにきた審神者の方に視線を向ければ、苦笑した口もとが言葉よりも雄弁に語っていた。
「言いたいことはほとんど全て言われてしまったかな。一人で長時間本丸を離れるのは初めてだろうけど、それだけ君に期待しているってことだと思ってほしい。怪我や病気せずに元気に修行しておいで。いってらっしゃい」
「おう!強くなったオレに期待しててくれよな!」
元気にそう言って厚は修行場所用へのゲートへ向かう。
審神者の、乱・平野・五虎退の、そして本丸の皆が見送ってくれるのを背中で感じる。この誰とも共にいかず4日間外に出るのだと思うと寂しさで胸がぎゅうと締め付けられた。
思わずにじんだ涙は、笠の位置を直すふりをしてそっと拭う。
そして、次皆と顔を合わせるときは涙を見せるような弱さを乗り越えているはずだ、と信じて誰も踏み入れたことのない一歩を確かな足取りで踏みしめた。






某所にて極短刀ちゃんで話書いて!ってリクされて書いたものでした。
人数増えると中身が無くても文字数が多くなるという例。