刀剣乱舞 歌仙他12名





目に鮮やかな新緑の季節。吹き抜ける爽やかな風を感じながら、歌仙は部屋に置いてある日めくり暦を一枚めくる。そしてしばらく瞠目してから、がたっと、膝から崩れ落ちた。
そこに書いてあるのは勿論今日の日付、そして歌仙の筆跡で赤く『主の誕生日』と記されていた。
去年審神者の誕生日を知ったのは、それが過ぎてからで、もっと早く聞き出しておくべきだったと後悔したのを今更ながら思い出す。だからこそ次はきちんと祝えるようにと暦に記しておいたのに、当日思い出すようでは意味がないではないか。
とはいえ、去年とは違い『まだ』過ぎてはいない。今からでも祝いの品を用意できるはずだ。
そこまで考えて、歌仙は大事なことに思い当たる。
何を贈ったら主に喜んでもらえるだろうか。
ぱっと思いつくものといえば、優美なすかしの入った上等な短冊に歌を詠んで贈るというものだったが、なんとなくこれだけではさびしいような気もする。とはいえ大事な相手にあてた祝いの気持ちをこめた贈り物などぱっとは思い浮かばない。
ならば他の者にも意見を求めてみるべきだろう。そう思って歌仙は本丸に居る面々に話を聞いてみることにした。



一番最初に遭遇したのは、朝一番に買い物に出かけていた光忠と小狐丸と蜂須賀の三人だった。
この三人は歌仙基準で言うところの「雅が分かる者」の一角である。それぞれが各々の思う美的感覚を持っていて、ものを選ぶ傾向はまるで違うのに趣味が悪くない、審美眼のある者たちだ。ちなみに歌仙と並び厨番を担う者たちでもある。
彼らからならなにか有益な情報が貰えるかもしれない。
「ごきげんよう、御三方。少し訊ねたいことがあるのだけど」
そう切り出して歌仙は審神者の誕生日の件を話した。
「なんと、ぬしさまの誕生日ですか」
「特別な日だ、素敵なものをかっこよくプレゼントしたいよね」
「そういうことなら、俺たちの知っている良い品ぞろえの店を教えよう。そこから君の目にかなったものを贈るといい」
唐突な歌仙の頼みに彼らは快諾し、いきつけの小物屋や呉服屋の屋号と場所などを教えた。勿論歌仙はそれを帳面にかきつけていたのだが、ふと気づいたように小狐丸が口を挟んだ。
「無論、私たちが気に入った店なので決して安くはないのですが……歌仙どの、失礼ですが予算はいかほどで……?」
問われて歌仙はぴしりと固まる。この本丸におけるいわゆる給料日は月初めである。そしてこの日は月末、つまり給料日前であった。収集癖のある歌仙は同時に浪費癖も兼ね備えていて、今手元にある金額はそう多くはない。そして身なりを気にする傾向のある三人も似たようなものであった。
いたたまれなくなってすっと目を逸らした様子で大方を察したのか、三人は明るく声をつくって励ました。
「ほら、ものより思い出っていうし、ね?何かをプレゼントしようとしてくれたってだけで主は喜んでくれると思うよ」
「歌仙どのの気持ちは金銭には代えがたい価値があるものです」
「わざわざ買わなくても、例えば……ほら、本丸にある花々を集めて渡すとかどうだろう。君ならいっとう綺麗なものを選べるんじゃないかな」



力になれなくてすまないと言う三人に見送られて歌仙は足をすすめる。
歌に花を添えるというのは実に雅だが、やはりまだ何かそれだけでは寂しい気がした。
今が見ごろの花はあっただろうか、ツツジや藤はそろそろ過ぎてしまっているような……と考えながら歩いていると、次に行き会ったのは長谷部と堀川の二人組だった。一見不思議な取り合わせに見えるが、人の手伝いを趣味のようにしている堀川が誰かと連れ立っているのは本丸でよく見る光景である。
「ごきげんよう、二人とも。少し時間を貰えるかな、訊きたいことがあってね」
「おはようございます、歌仙さん」
「なんだ歌仙、俺は忙しいんだ。雅だ風流だの話なら他の誰かをあたれ」
「主のことなのだけど」
「聞こうじゃないか」
長谷部のこの変わり身の早さは、案外歌仙は嫌いではない。
聞く体勢をとってくれたのなら話は早いと、例の件を説明した。
「主の誕生日だと……何故それをもっと早く言わない!」
「僕だって今朝気付いたんだってさっき言っただろう!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。しかし急な話ですね。プレゼントなら『自分では買わないけど貰ったら嬉しいもの』っていうのが鉄板だとは聞くんですけど」
「ふむ……」
「とりあえず今夜は主さんの誕生日パーティーにしましょうか。それくらいなら今からでも間に合いますし」
「ああ、それで頼むよ。他の厨番3人にも話を回しておいてくれないか」
「まかせてください!」
にこにこと請け負う堀川に対して、長谷部は実に苦い顔をして唸っていた。
「時間さえあれば俺もなにか主にご用意できたのに……!」
「忙しいところを引き留めて悪かったね。もしかして仕事中だったのかい」
「長谷部さんが今から出陣で、隊員に集合をかけるのに僕がお手伝いしようかって提案してたところだったんです」
「元々俺一人に頼まれていた仕事だ。お前は宴の準備をしてこい。――歌仙、俺たちの分の想いはお前に託す。主のために良いものを選んでこい。俺にできることなら協力しよう。金は貸さんがな」
「ぐっ……最後の一言は余計だ。しかし、まあ、任されたよ」



そのまま仕事に向かう長谷部と連絡係を請け負った堀川を見送って、歌仙は引き続き花を探すために庭に降りた。梅雨が近いからか紫陽花が咲き始めているが、花言葉にいい印象がないために贈り物にするには躊躇われる。
ふと、先ほど貰った助言を口の中で繰り返す。
「『貰ったら嬉しいもの』か、ふむ……」
他に咲いている花はないかと庭を歩いていると、丁度手合せの休憩をとっているらしい御手杵と同田貫に出会った。
「おや、ちょうどいい。二人とも、つかぬことを訊くようだけど、「『貰ったら嬉しいもの』と言われたら何を思い浮かべる?」
唐突な問いに、二人は首をかしげる。
「なんだぁ、いきなり」
「なぞかけか何かか?」
不思議そうな顔をしながらも素直に考えてくれているようで、暫しの間の後、口をそろえて、
「「大将首」」
と答えた。
「……君たちに訊いた僕が莫迦だったよ」
「だからいきなり訊いておいてその言いざまはねえだろうよ」
同田貫が口をへの字に曲げ、
「あっ、ほしいものっていうか獲りたいものだから、ちょっと違うなあ」
御手杵はとぼけた意見を飛ばした。
「そういう話ではなくてね」
歌仙は先ほどと同じように例の件について簡単に説明する。
「贈り物か。最初っからそう言えってんだ。――あー、やっぱり普段使いするものがええんじゃねえの」
「確かに、いつも使うものっていうのはいいよな。毎日使ってるものが上等なものだとなんか気分が上がるっていうか」
「俺は、上等だろうとそうでなかろうと使えりゃあそれでいいけどな」
「新品でふかふかのタオルで汗拭くのとか、俺好きだぜ」
そう言いながら御手杵が手持無沙汰にくるくる回している手ぬぐいは随分くたびれている。
「参考にしてみるよ、ありがとう。あと本丸の備品は近いうちに新調しておこう」
「おっ、助かるぜ。頼んだ」
「それと、今晩は宴になるから昼以降は厨立ち入り禁止になるよ。気を付けておいてくれ」
歌仙がそう言うと、二人は揃って目をきらきら輝かせた。
「っしゃあ!じゃあ夜までに腹空かせておこうぜ!」
「おう!」
木刀とたんぽ槍を担いで瞬く間に道場へ戻っていくふたりに、まだ昼餉前だと突っ込む暇などなかった。



いつも使うもの、といってぱっと思い浮かぶのは筆や硯なのだが、それらを審神者が使っているのをいまだに1度も見たことはない。それどころか現代では文字を書くこともかなり少なくなっているようで、不思議な機械をかたかたと指先で叩いている姿をよく見かける。しかし歌仙はそちらの方面には疎いため、周辺機器の目利きなどできようはずもなかった。

結局旬の花は庭には見つからず再び廊下に戻ると、今度は背後から呼び止められた。
「歌仙、丁度いいところにいた」
声をかけた黒い大小の影は、さきほどまで遠征に行っていたはずの薬研と日本号だった。
「二人とも遠征お疲れ様。僕に何かご用かな」
「帰って早々、今度は堀川に買い出しを頼まれちまってな。」
「詳しくは聞いてねえが今日は宴なんだって?だったらいい酒買わねえとな!」
休みなく続くおつかいに薬研はやや疲れた顔を見せる一方、日本号は酒の気配を察知して随分とご機嫌な様子だ。
時間がなかったのか、詳しい買い物内容は厨番に訊くようにと堀川は二人に伝えたらしい。しかし今回歌仙は他の厨番とは別行動で、夕餉の内容は彼自身もまだ知らなかった。
「悪いけど僕もまだ聞いてないんだ。ああ、せっかくだから君達にも意見を聞きたいのだけど」
そう言って、例の件をかいつまんで二人に説明する。
「贈り物か、そりゃあ確かになかなか難しいな」
「そんなもん、みんなで祝杯あげるってだけで十分じゃねえのか?」
「それこそいつだってやっていることだろう!大切な日だからこその特別な何かを贈りたいんじゃないか」
「特別っていうなら、宴の招待状でも書いたらいいんじゃないか?ちっとは非日常感ってやつが出ると思うぜ?」
薬研がにっと笑って提案し、歌仙は神妙に頷く。
「なるほど。では僕たちは存分にもてなさなくてはならないね」
「じゃ、そろそろ俺っちたちはそのもてなすための買い出しの準備をしてくる」
「ああ頼んだよ。特にそこの飲んだくれが酒ばっかり買わないようにしっかりお目付け役をしてくれよ」
「おいおい、この正三位様がおつかいも出来ないガキに見えるってのか」
「こと酒に関しては子供よりよほど信用ならないだろう」
そう軽口を叩けば日本号はケッと吐き捨ててむくれる。その大人げないさまがおかしくてくすくすと笑いながら歌仙は二人と別れた。



「他の厨番が動き始めているということは僕も早く決めてしまわなければね」
とはいいつつ、色んな者から話を聞いているだけで、まだこれといってピンとくる贈り物が思いつかないでいる。
はああ、と深くため息をついて縁側の曲がり角を過ぎると、気心の知れた見慣れた小さな青い影と白っぽい影が2つ、なにかしらの作業をしているのが見えた。
「お小夜!それに江雪に今剣、ごきげんよう。何をしているのかな?」
「きょうはあるじさまのたんじょうびなんですよね!だからみんなでおうだんまくをつくってるんです!」
今剣が指差した部屋の奥を見ると、大阪城踏破の横断幕と同じくらいの大きさの布があり、『誕生日おめでとうございます』と少し硬いが丁寧な筆致で書かれていた。おそらくそれを書いたのは江雪だろう。
「戦に関わらないことであれば喜んでお手伝いいたします」
「歌仙、あなたも一緒にやりますか」
小夜が差し出してきたのはきらきらと鮮やかな模様の入った折り紙だった。模様は違えど三人とも折り紙を手にしていて、車座になった三人の中央には折り紙の教本が置かれている。どうやら花を作っているようだった。
先ほどの布の縁取りに使うのか、布の横には完成した花がまとめて置かれている。これがなかなかどうして、ぱっと見では紙とは思えないような綺麗な仕上がりだ。
『散ればこそ いとど桜は めでたけれ』なんて歌もあるけども、こんな形なら散らない花もなかなか風流だ思える。短冊や招待状に添えるには十分だろう。
「そうだね、作り方を教えてもらってもいいかい」
二人に指導していたらしき江雪に教わりながら歌仙も花づくりに加わる。そして手を動かしながら世間話のつもりで朝からの顛末を喋った。気心の知れた相手がいるからか、今日一番口がよく回った。
「大切な人への贈り物、難しいものですね。折角ご縁があって私たちの主になっていただいたのですから、私たちらしいものを差し上げたいとは思いますが……」
「すきなことにつかうものがいいっておもいます!ぼく、ほまれのごほうびで『とらんぽりん』かってもらったとき、とってもうれしかったです!」
「ああ、君はとんだりはねたりが大好きだからかい」
主の好きなこと、と考えた時、ふと折り紙の教本の表紙の写真が視界に入った。そこには折り紙でできた可愛らしいもののなかに、オーソドックスなモチーフである折り鶴があった。
そういえば、以前鶴丸が主に作ってもらったと言って、自慢げに折り鶴を見せてきたことがあった。どういう仕組みなのかは分からないが1枚の紙で4つの鶴が折られている、いわゆる連鶴というもので、更にはその翼には簡略化した鶴丸の紋が切り抜かれていた。暇を持て余した主が手持無沙汰に作ったものらしい。確かに前からこまごまとしたものを作るのが得意なひとであったが、ここまで器用にものを作るとは思っていなくて、一番付き合いの長い歌仙ですら驚いたのだった。
そこまで考えて、歌仙の頭にひらめくような直感が走った。

主の好きな切り絵の出来る、小刀はどうだろうか。

一旦思い付いたら、我々から贈るものとしてはこれ以外ありえないとすら思えた。
「すまない、急用を思い出したので僕はこのあたりで失礼するよ」
手元の花だけきっちりと仕上げて歌仙は立ち上がる。その裾を小さな手がくいっと引っ張った。
「うん?お小夜、どうしたんだい」
「今、僕たちに話したことを、主にも聞かせてあげたらいいと思います。歌仙が自分から色んなひとに意見を貰いにいったことを」
自分から、のところをやや強調するように言う小夜に歌仙はひとつ苦笑する。その件は彼ら二人しか知らないことのはずだけども、もしかしたら主も気付いているのかもしれない。
「分かった。助言感謝するよ」



足取り軽く歌仙は鍛刀部屋へ行く。
鍛冶妖精に頼んでとっておきの小刀をこしらえてもらおう。資材は少々拝借することになるが、管理担当の長谷部に事後承諾でも貰えばいいだろう。何せ「できることなら協力する」と言質はとっている。
そしてそれが完成したら、宴の招待状をしたためて、たった今作った牡丹を添えて主に贈ろう。

本当にこれでよかったのだろうかと不安に思う部分もなくはないけども、皆からの気持ちだと言えば主はきっと喜んでくれるだろう。あの人は優しいひとだから。
それを想像するだけで、歌仙は綻ぶような笑顔になるのを抑えきれなかった。






5月末誕生日の歌仙推し切り絵師審神者さんに押し付けた話。
お題は「某所住人の推しが出てくる話」「歌仙が祝ってくれる」でした。
10年以上二次創作やってるけどひとつの話にこんな人数出したのはおそらく初めてだし今後も無い気がします。
余談ながら、件の審神者さんがリアルで貰った誕生日プレゼントもデザインナイフだったそうで。不思議な一致。