刀剣乱舞 小狐丸+不動
不動行光から見た『三条派』の印象といえば、「何かよくわからないけど怖い」の一言に尽きた。
まず、生きた時代が違いすぎて共通の話題も見いだせないから絡みに行くこともない。話をしにいくなら織田に縁のある刀の方が、多少ひっかかりはあれど楽だ。
それに聞くところによると、一番美しいだとか伝承上の刀だとか御神刀だとか、どうにも胡散臭い肩書を持つものばかりで、天下人とはいえ大名の持ち物だった身からすれば生きる世界が違うように見える。
更に、とんでもないマイペース集団だと聞く。出陣しても最初から本気を出す者はおらず、彼らを一度に面倒を見ることがあった初期刀の加州はその際大変な苦労をしたそうだ。
そして、一番単純かつ大きな理由のひとつが、でかい。三条はでかい。ただでさえ今剣以外の4人上背があるのに、皆和装だからか横にもでかい。威圧感がある。だから怖い。
不動は酔った勢いで横柄な態度をとることがままあるが、性根の部分は警戒心が強く小心者な面があり、すすんで彼らと関わろうとは思わなかった。
そんな『あの』三条の、資材半減の術を使う点において一番胡散臭い、あの小狐丸が先日からずっとこちらを気にしているようで、不動は静かに胃をキリキリと痛めていた。
真っ赤な血の色をした切れ長の目が、隙あらばこちらを見てくる。短刀の高い偵察をもってすれば、視線を合わせなくても分かる。監視するようにすら思える視線は不動にぐさぐさと刺さっていた。
俺が何をした。
こんなダメ刀に興味持つんじゃねえ。
来たばっかのころはこっちのこと気にもしてなかっただろうが。
見るな、見るな見るな見るな見るな見るな!
そんなことをぐるぐると考えながら、しかし口には出せず、辛うじて視線を合わせないようにそっぽを向きながらちびちびと甘酒を飲む。
正直誰かにすがりつきたいところなのだが、「本丸の仲間の視線が怖くて仕方ない」なんて口に出すのは無駄に高い矜持が許さなかった。
気を逸らす為にぐいぐい飲んでいた甘酒は、下戸の不動が強かに酔うには十分で、空になった甘酒の瓶を転がしながらふっと気絶するように不動は眠りに落ちたのだった。
目覚めたとき、真っ先に視界に飛び込んできたのは、あの恐ろしい深紅の瞳だった。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
「うわああああっ!な、なんじゃ、急に大声を出して!」
「お、おまえこそ、なんなんだよおお……前からすげえ俺のこと見てきてよお……」
怖いからやめてくれ、というのはやはり矜持が邪魔をして言えなかったが、驚いた拍子に目元にじわりと涙が浮かぶのは止められなかった。
不動の動揺を知ってか知らずか、小狐丸は目をぱちくりとしてから、なんと、と呟いた。
「気付いておったか」
「気付くに決まってんだろ!!ダメ刀だからって馬鹿にすんな!」
「いやいや、馬鹿にしているつもりなどないぞ。むしろおぬしに興味があるのじゃ」
「興味ィ?こーんなダメ刀観察して笑いものにしようってか」
「ほんに難儀な性格をしておるのう……」
そう言って小狐丸は不動の頭をわしゃわしゃと撫でた。その唐突な行動に、不動はぴしりと固まる。
「な、なんだよ……」
露骨に戸惑っているのをよそに、小狐丸は一人ぶつぶつと「なるほどやはり」とか「これはなかなか」なとど言っていて、その意味が分からず不動はきょどきょどとしていた。
ひと眠りしたせいもあってすっかり酔いは醒めている。この不可解で不気味な状況が恐ろしくて、一刻も早く酒に逃げたくなっていた。
ひとしきり不動の頭を撫で髪を触り満足した小狐丸が言うには、前々から不動に興味があったのだという。
というのも、小狐丸は実は前々から小さい子供に興味があったらしい。しかし短刀らは全員保護者がついていて自分が入り込む余地がなかった。他の本丸ではレア度の関係でずっと一人になりがちだという愛染すら、小狐丸が来たときには傍に蛍丸も明石もついていた。
ゆえに短刀を構い倒すのは諦めかけていた折、不動が本丸に来た。同じ刀派の刀剣はいないが、織田に縁があるらしいから織田の刀らが面倒を見るのかと予想をたてていた。しかし信長を慕う不動と、信長を恨んでいる長谷部達は徹底的に反りが合わないようだというのは、すぐに見てとれた。
「そのとき、これぞ好機と思ったのじゃ」
フフン、と得意げに小狐丸は言う。思考回路が人攫いのようだと不動は思ったが、あえて口にはしなかった。
「だったらさっさと声かけりゃあ良かったじゃねえかよ」
「何せこういうことは初めて故不慣れなものでな。しかしおぬしのその髪を見ておったらどうにも我慢ならなくなったのじゃ」
「髪ぃ?」
「今の季節、湿気で髪が、こう、ぶわっとなるじゃろう」
ぶわっと、と言われても不動にはとんと心当たりがない。湿度など一度も気にしたことがなかった。
「そうなのか?」
「私はなる!しかしおぬしは全然そうは見えぬのでな、何か秘訣でもあるのかと観察しておったのじゃ」
「別になーんもしてねえよ」
「ふむ」
「疑ってんのかぁ?」
「いや、おぬしが意識してない何かがあるのかと思ってな」
「そうかよ」
「だからより近くでおぬしを観察しようと思う。よいな?」
「そうか……はぁ!!?」
驚いて見上げた小狐丸はにっこにこの笑顔で、しかももう決定事項のように宣言したものだから、不動はなんとなく反論も抵抗もできなくなってしまった。
なるほど、加州の言うとおり「とんでもないマイペース集団」の一角である小狐丸は実際そのとおりであった。しかし一緒に行動してみてから、不動は簡単なやりすごし方にすぐ気付いた。
つまるところ「逆に考えるんだ、流されちゃってもいいさと考えるんだ」ということである。
ひたすらに自分のペースを崩さず行動する小狐丸に何か指示したり別の行動させようと思うとひどく疲れるのだが、したいようにさせておけばそんなに面倒ではないのだ。
それどころか、不動の隣をとことことついてきて、なにくれと世話をやいてくれ、身長が足りなかったりして出来ないことは代わりにやってくれた。不動を構い倒したいと言ったのは嘘ではないようだった。
そんな奇妙な取り合わせのふたりが本丸で特別目をひかなくなるくらいには皆見慣れてきた頃。
梅雨も真っ盛りな外はしとしとと雨が降っていて、雫に濡れた紫陽花が綺麗に色づいている。その鮮やかさには目もくれず、小狐丸はいらいらしながら、てんでばらばらの方向にはねる髪と格闘していた。湿度が高いといつもそうなるのだが、今日はより一層ひどいようだった。
「大変そうだな。手伝おうか?」
不動が横から声をかければ、小狐丸は長雨にも勝るじとりとした目で不動をにらみつける。凶悪な小狐丸の目つきにもう見慣れてしまった不動は、怖気づきもせず反抗するようにむすっとして見せた。
「……なんだよ、善意で言ってるんだぞ俺は」
「その毛並みで言われても嫌味にしか聞こえぬわ」
「ンなこと言われても」
不動の髪は小狐丸のとは対照的に、気温や湿度によってばらばらに跳ねることはない。それどころか小狐丸がなにくれと世話を焼いたおかげか以前よりもつやつやとしてすっきりとまとまっていた。
「本当に、何をしたらそのような艶やかな毛並みを維持できるのじゃ」
小狐丸の傍にいたしばらくの間、不動は彼をなんとなしには見ていた。己の見た目、特に髪に気を配っているのもよく見ていた。そしてそれがいまいち効果を発揮していないのも知っていた。
ということは、不動から言えることはひとつである。
「やっぱ、生まれもった体質ってやつじゃねえか?」
「……」
それから小狐丸はむっつりと黙り込み髪をととのえるのに集中しだした。
不動は夕方の出陣まですることもなく甘酒を飲みながらうとうととしていた。
数時間後。
「なんじゃこりゃあああああああ!!!」
往年の刑事ドラマのような絶叫が本丸にこだました。
声の主、不動は部屋の姿見を凝視してわなわなと体を震わせている。姿見にはいつもの服装の不動自身と、見慣れない豪奢な編み込みで結われた髪だった。派手な簪も何本も刺さっていて、頭の派手さで言えば次郎太刀と張り合えるレベルである。簪の意匠が菖蒲や藤で、不動の服と色味を合わせてきているのが無駄に小憎たらしかった。
そして一番重要なことに、とりたてて髪に気を使わない不動にはこの編み込みの解き方などさっぱりわからなかった。
出陣の時間はかなり迫っている。しかも隊長はあの長谷部だ。自己都合で遅刻や欠席など許してくれそうにもない。
これをやったのは間違いなく小狐丸だろう。それ以外の誰かであれば、ここまでされる前に流石に気付いたはずだ。
そしてこの仕掛け人は、夕方前から遠征で明朝まで帰ってこないと言っていた。つまりこの難解なパズルを解ける者はこの本丸にいないということになる。
不動は途方にくれるしかなかった。
結局、その日は派手な髪型ののまま出陣することになった。
隊長の長谷部にはふざけているのかと嫌味を言われ、副隊長の宗三にはお似合いですよと皮肉を言われ、お目付け役の薬研には容赦なく爆笑された。
そして不動は久しぶりに酔い以外で顔を真っ赤にして、「もう二度と三条に近づくもんか!」と叫んだ。
それを人伝に聞いた今剣が、「これいじょう三条のひょうばんをわるくしてどうするきですか!」と小狐丸に懇々と説教したことは、不動の与り知らぬところである。
6月中旬に誕生日を迎えた小狐推し審神者に押し付けたお話。
お題は「可愛い小狐」「できれば不動も一緒に」でした。
可愛いっていうか子供っぽい感じになったけど、まあ細かいことは気にするな。
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