刀剣乱舞 御手杵他3名





寝苦しくてぐるんと寝返りをうつ。薄手のタオルケットを蹴飛ばしてなお、じわじわと暑さが体を浸食してきて寝ていられなくなり、ようやく御手杵は目を覚ました。
むくり、と体を起こせばあたりはすっかり明るく、朝というよりは昼前に近い時間帯であることが知れた。
今日は休日で特に予定もないから惰眠をむさぼっていても問題ない。常ならば同室の蜻蛉切が休日だろうと規則正しい時間に起き出してそれにつられて起床するから、こんな時間まで眠っていたのはかなり久しぶりだった。その蜻蛉切は昨日から長時間遠征中だ。帰ってくるのは夕方になると言っていた。

未だ眠気の残る目をこすりつつぼーっとしていると、やや荒い足音が聞こえ槍部屋の前で止まった。
「御手杵ぇ、起きてるかー?」
ややけだるげに声をかけてきたのは同田貫だった。
「んー、今起きたとこー」
四つ這いで障子まで行って開ければ、雲一つない晴天が目に刺さる。
「うわ、まぶし」
「本当にたった今起きたとこかよ……よくこんな時間まで寝てられんな」
「俺もさっきそれ思ってた。で、なんか用?」
「またこれ貰ったからよ、食うか?」
同田貫の手には、団子がこれでもかというほど山盛りに積まれた皿が2個。食べる、と口にするより先に、気の早い御手杵の腹の虫が返事をした。

「あんたさ、いっつも誉の褒美、コレだよな」
御手杵はコレと言いながら串をちょいちょいと振る。
戦で誉をとった数に応じて審神者からの褒美の品があるのがこの本丸の決まりなのだが、同田貫はそれを全部団子で貰っていた。
「あ?ああ、他に思いつかねえからなあ」
「別に団子じゃなくてもよくねえ?牡丹餅とか、羊羹とか……あ、俺祝い事んときに出てくるケーキ好きだぜ」
「団子だと疲れがとれる気しねえか?気がするだけだけどよ」
「仙人団子みたいで?」
「おう」
「うーん、言われてみればそうか?でも結局食いきれないんだったら勿体ねえだろ」
「お前が全部食うから別に勿体なくないだろ」
「あ、そっか」
2つの皿のうち、御手杵に近い方の皿は空になっていてもう一つの皿の方に手を伸ばし始めていた。
「今ので思い出した。分かってるだろうけど御手杵、お前今日厨出入り禁止だからな」
「へ?何で」
「何でってお前……ああ、まあいいか」
「だから何だよ」
「忘れてんならいい、夜楽しみにしとけ。悪いことじゃねえからよ」
同田貫はどこか楽しそうににやにやとしている。元々の人相のせいでどうも悪だくみしているようにしか見えなかったが、嘘を吐くような性格でもないことは十分知っていたのでそれ以上追及しなかった。
「わーったよ」
それからしばらく二人でぼーっとしながら黙々と団子を口に運んでいたが、2枚目の皿が空になるころ、おもむろに同田貫は立ち上がった。
「どうした?」
「そろそろ出陣の時間だ」
よく見れば同田貫は内番着のジャージではなく戦装束だ。
「あ、いいな!俺も行きたい」
「一緒に来るか?池田屋」
「イエ、結構デス……」
露骨に苦い顔をする御手杵に同田貫はくつくつと笑いながら皿を回収した。
「気ぃつけろよー」
「おう」
ぴらぴらと手を振って応える黒い影を見送って、御手杵は団子の最後の1本を頬張った。



腹が満ちてうっすらと睡魔が訪れたが、惰眠など許さないと言わんばかりに陽の光が容赦なく照り付ける。どうにも熱いのが苦手な御手杵は2度寝は早々に諦め、ぽっかりと空いた時間を持て余した。
どうせなら腹ごなしがてら体を動かしたい。道場に行けば手合せをしている者が誰かしらいるだろうから、混ぜてもらおうか。
そんなことを考えながらふらふらと本丸の庭を歩いていると、御手杵を呼び止める声が聞こえた。普段から仲良くしてる脇差のひとり、鯰尾だ。
「御手杵さーん!」
「ん、鯰尾か。おはようさん」
「おはようございます、って時間でもないですけど。御手杵さん、暇そうですね!」
「お前いっつもほんとズケズケ切り込んでくるよなあ……いや、図星だけどよぉ」
「ならよかった、俺たちの手伝いしてくれません?今日、秋田と俺で馬当番なんですけど、短刀と脇差じゃ力仕事は荷が重くて」
「うえー……」
「俺の昼飯とおやつそれぞれ半分譲渡でどうです?」
「うーん、しょーがねえなあ」
「やりぃ!」

そんなわけで急きょ予定(というほどのものでもなかったが)を変更して、鯰尾たちの手伝いをすることになった。
飼葉を運び掃除道具を運びホースを運び、おおよそ馬当番の力仕事といえる部分を片っ端から頼まれこなしていれば、大量に食べた団子の栄養分も昼過ぎにはすっかり消化されていて空腹になっていた。
「はい、御手杵さん。約束の分と、あと厨番に言って握り飯も追加でもらってきました」
「お、ありがとな。……うん?この昼飯、お前の分にしちゃ多くないか」
「ばれました?今日の昼食担当、岩融さんなんですよ」
「あー……あいつが当番だと飯の量多くなるよな。俺はありがたいけど」
「俺たちには多すぎるんですよね。だから、半分どーぞ」
「もしかして、いいように扱われてるのか、俺」
「ははは、気にしない気にしない!
「別にいいけどさ」
それを受けて、鯰尾は目をくるりと丸くしたあとくすくすと笑った。
「なんだよ」
「いやあ、御手杵さんって本当にいいひとだなあって思って」
「そうかぁ?」
「だって今日、非番だったんでしょ?」
「んー」
「だったら俺のヘルプなんて無視して適当にあしらっちゃえばいいのに、こんなに色々手伝ってくれるなんて、本当にいい人ですよねえ」
「そりゃあ、頼まれたらやるだろう、普通」
「非番だから理由でって断ってもいいんですよ。そこを断らないのが御手杵さんのいいとこだなあって」
「そうか?」
深く考えずにやっていることを指摘されてもピンとこない。
首をかしげながら鯰尾から貰った弁当の握り飯をぱくりとかじる。一口で既につぶがぎゅうぎゅうに詰まっていて食べても食べてもなくならない類の握り飯だと察したが食べ続け、弁当の量の多さにギブアップした秋田の分まで平らげた。



馬当番は予定より早く、おやつの時間の頃に終わり、約束通り鯰尾の分のおやつを半分貰って解散となった。(ちなみに今日のおやつは光忠が作りすぎたおはぎだった)、風呂で軽く水浴びをして汚れを落としてから自室に戻り、貰ったおやつ胃に収めれば、疲れのせいもあってうとうととし始めた。

「御手杵、御手杵起きろ」
低い声で呼ばれて意識を浮上させる。むにゃむにゃと目をこすりながら開けば、こちらを見下ろす夕陽色が視界に入った。
「あれ、蜻蛉切、帰ってたのか」
「もう夜だからな」
「うっそ!もうそんな時間かよ」
慌てて縁側の向こうを見ると、日が長いせいでまだやや明るいが、かなり日が沈んでいた。
「夕餉の時間だ。皆が呼んでいるぞ」
「んー」
むくりと立ち上がって、少しねぐせのついた頭をがりがりとかきながら蜻蛉切と共に大広間に向かう。
いつもは開け放たれている入口の障子が閉まっていて、首をかしげながらそれを開ければ、ぱぱぱーん!と軽い破裂音が複数炸裂した。
「うえっ!?」
音の余韻と共に細い色とりどりの紙テープがぱらぱらと落ちる。破裂音の正体はクラッカーだったらしい。
驚いているのは御手杵だけで、隣の蜻蛉切は動じることなくにこにことしていた。
「お前が来て今日で丁度1年だ。おめでとう」
そう言われて、朝からすこしだけ気になっていた違和感の正体にやっと気づいた。
この本丸では、ここに呼ばれた日を仮の誕生日として祝う習慣がある。審神者就任1周年の日からしばらくの間は連続して祝宴を催していたが、御手杵がここに来たのはそれから大分間があってからだったからすっかり忘れていたのだ。
「あ、あー……そういえばそうだったっけ」
思わずそう言えば、広間の方からヤジが聞こえる。
「ははは、まさか本当に忘れていたとはな!」
「自分のことなんだから覚えておけよー」
「本日の主役が寝癖付きとかかっこ悪いな」
「まあそれが御手杵らしいけどな」
「確かにね」
なかなかにあんまりなことを言われているが、それが親しみ故だということを御手杵は知っている。
蜻蛉切に背中を押されて大広間に足を踏み入れれば、主役用に用意された席に誘導された。
戦うことこそが自分の本分だと思ってはいるけれど、こんな風に仲間に構われているのも悪くない。胸の奥がむずむずとこそばゆくなって、御手杵は照れくさげにへにゃりと笑った。






7月頭誕生日の槍沼審神者さんに押し付けたブツでした。
お題は「ぎねちゃんのゆるい話」 ぎねくんゆるいの似合うね。
どうにも大食いイメージがあるせいで自分が書くぎねくんは大体何か食ってる。