刀剣乱舞 獅子王+今剣





獅子王がいつも連れてる鵺は、喋ることも能動的に動くこともほとんどないが、ぬいぐる みという訳ではなく生きている。この不思議な生き物の生態は獅子王にも詳しくは分かっていないが、少しだけ分かっていることのひとつが、どうやらあまり濡れるのが好きではないらしいことだった。
だから内番や風呂の時間は自室か濡れない程度の距離の場所で、終わるまで待ってもらっている。

いつもより少しだけ長風呂をしたある日、濡れた髪を拭きながら脱衣所から出るとすぐそこまで連れてきていた鵺が忽然と消えていた。
「あれ、先に部屋戻っちまったか?」
速足で自室に戻ってみても黒い毛玉の影も形も見えない。
「うーん、どこだぁ…?」
こんなこと今までになかったために、心当たりが見当もつかない。結果、鵺を呼びながら本丸中を練り歩くことになった。
「鵺ー、ぬーえー、どこいったー出てこいよー」
そんなことをしていると、すれ違う人皆にくすくすと笑われた。亀吉を探す浦島みたいだと指摘する者もいて少し恥ずかしい。
あとは寝るだけのつもりだったから鵺のことは置いといて一人で寝てしまってもいいはずなのだけど、ずっと一緒にいた相棒(?)が行方不明というのも落ち着かないし、そのままゆっくり眠れる気がしない。
だから、本丸から出て行ったはずはないのは確かなのに、獅子王はうろうろと探し回っていた。

「鵺ー、どこだー……かくれんぼのつもりなら俺降参すっからさー、出てこいってー」
「ん、鵺というとおぬしがいつも連れているあの黒い毛玉か」
声をかけてきたのは岩融だった。
「おう、そうだぜ。どこにいるか知ってんのか!?」
「ああ。あの毛玉なら庭の木の上で今剣と一緒におったぞ。てっきり今剣に預けているの
だと思っておったわ」
「庭!?しかも木の上!?全然見てなかった……教えてくれてありがとな!」
そう言って獅子王は庭の方に駆けていった。

縁側に出て本丸の庭にある一際大きな木の梢のほうを見上げれば、聞いた通りに今剣と鵺が月明りに照らされてそこに居るのが見えた。逆光になっているせいか小天狗が異形を従
えているようで、そこだけ妖怪じみた空間が出来上がっている。
獅子王がつっかけを履いてその木に近づけば微かに笛の音が聞こえ、丁度曲の終わりだったのか高い音がすうっと響いてふつりと切れた。
「おーーーい」
下から声を投げかけると、今剣の赤い目がこちらを向いたのが見える。
「あれ、獅子王、どうしたんですか」
「どうしたもこうしたも、そいつのことずっと探してたんだ。俺が風呂入ってる間にどっかいっちまっててさ。今剣が連れてったのか?」
「いいえ。ぼくがここでふえをふいていたら、いつのまにかここにいたんです」
「鵺が、自分から?」
「こんなたかいところまでこれるなんて、びっくりしましたよ」
「俺もびっくりだ。初めて知ったぜ」
「ふふ、ぼくのふえのねにつられてきてしまったのかもしれませんね」
「笛の音が好きな鬼の話だったら知ってるけどなあ」
木の枝に座っていた今剣は立ち上がり、何の前触れもなくぴょんと飛んだ。そしてくるっ
と一回転してから地面にすたっと着地する。
「あっ、降りるなら鵺も連れてきてくれよ!俺あそこまで登れねえぞ」
「え、あのこ、おりられないんですか」
「知らねえけど……うわっぷ!」
今剣の真似をしたのか、梢から飛び降りた鵺は獅子王の後頭部に着地した。さほど重くはないが、不意打ちの衝撃に獅子王はつんのめる。
「ふふ、おりられたみたいですね」
後頭部に乗った鵺をいつものように肩に移動させると、随分と鵺の機嫌がいいのが伝わってきた。
「こいつ、ほんとに笛の音が好きなのかも。なあ今剣。俺にも笛、教えてくれねえかな」
「いいですけど、獅子王、ふえもってるんですか?」
「あ……」
「ぼく、あしたあるじさまといっしょによろずやにいくんです。そのとき獅子王もきませ
んか?ついでにいいふえ、さがしちゃいましょう」
「いいなそれ!何時に出かけるんだ?」
「おひるすぎだっていってましたよ」
「じゃ、そんときになったら呼んでくれよ。俺、明日暇だからさ」
「わかりました。じゃあまたあしたに。おやすみなさい」
「おう、おやすみ!」
そう言って今剣は短刀棟に、獅子王は太刀棟に向かう。



「お前が笛好きなの知らなかったけどさ、もう勝手にどっかに行くなよ?今剣に習って吹けるようになったらいつでも聞かせてやるからさ」
肩に乗った鵺にそう語りかければ、鵺は小さく体を揺らす。それが「期待してる」と言っているように思えて、獅子王はにっと笑った。






獅子王今剣推し審神者さんの就任1周年によせて押し付けたお話。
獅子王はなんであの鵺のことに一言も言及しないのだろうか。謎。