刀剣乱舞 三名槍





夜、本丸の灯りがぽつぽつと消えだんだんと静かになる中、特にすることもないが寝る気分にもならない時間というのが出来る時がある。
ちょうどこの本丸の三名槍もそんな時間を過ごしていた。御手杵は手持無沙汰に畳に転がり、蜻蛉切は審神者に借りた本を読み返していて、日本号はちびちびと酒を飲んでいる。
特に会話もない空間に、ぽろっと転がるように独り言が響いた。
「はらへった」
声の主は御手杵だ。折りたたんだ座布団を枕にして力なくつっぷしている。
「こないだも同じこと言ってただろ。夕飯食いそびれたか?」
苦笑交じりに日本号がつっこむ。
「いやいつも通り3合は食べていたぞ。揃って夏バテになっている左文字兄弟が『見てるだけで吐き気が…』と言っていた。可哀想に」
そんな目撃証言をしたのは蜻蛉切だ。
「うえー、そんなこと言ってたのか、全然聞こえてなかった……。今日暇だから手合せしてたからさぁ、やっぱ腹が空くんだよなあ。厨行ったらなんか食うモンあるかなあ」
「やめとけやめとけ。こわーい厨番に怒られるぞ」
「自分は怒られたことなどないが」
「あっそうだここにつまみ食い無敗の槍がいるじゃねえか。俺や御手杵がつまみ食いしに行くと食い意地が張ってるとか言われて散々怒られるのに、蜻蛉切が行ったら笑って許されるんだからずりぃよなあ」
「それは日頃の行いのせいではないか?」
「うっわそういうこと言うか!みんなの前でばっかり良い子ぶりやがって!なあ、どう思うよ御手杵」
「うーん、腹減った」
「お前さっきから同じことしか言ってねえぞ。まあ俺も丁度酒のつまみが切れたとこなんだよなあ」
「ひとつ聞いた話だが、燭台切殿は今夜遠征で明日の昼前まで帰ってこないらしいぞ」
蜻蛉切がリークした情報に日本号の瞳がきらっと輝く。本丸の厨番と言えば燭台切と歌仙、二人の助手的な立ち位置として、馬小屋で歌仙と仲良くなった蜂須賀と、燭台切に餌付けされて手伝わされている大倶利伽羅である。基本的に夜に立ち入る者の少ない厨だが、不定期に朝食の仕込みをしに来る面々だ。
しかしそのうちのボス格の片方が居ないとなれば。
「ってこたぁ監視の目が薄いってことか。問題は歌仙だな、俺はこないだあいつに大目玉食らったんだ」
「ん?今日は打刀部屋で徹夜でゲーム大会するって聞いたぞ。明日みんな休みだからってさ」
「なんだと、それ確かな情報か」
「ああ。俺も参加したいって言ったら、ただでさえ大所帯なのにでかいのこれ以上入れる余裕ねえって同田貫に言われた」
「おう……それは残念だったな。しかし監視の目が皆無となればこれは千載一遇の好機ってやつじゃあねえか?」
「行くか」
「そうだな」
腹をすかせた御手杵とつまみを求める日本号と、何故かそれに蜻蛉切までついて、大の男がぞろぞろと連れ立ってこっそり厨に忍び込むことになった。



「どういうわけか、普通に食う飯よりこうやってこっそりつまみ食いする方が美味く感じるんだよな」
「確かに」
「トクベツ感ってやつなのかなあ」
そんなことをぼそぼそと話しながら厨に着いた3人はそう狭い訳ではないが広くもない厨をそれぞれに漁る。以前同じことをしたとき、つけた灯りでばれることを恐れて暗がりの中漁っていたところ、調理器具を派手に転がしその音で厨のボス二人に説教を食らったことがあると御手杵が言っていたため、しっかりと灯りはつけていた。
「やはり誰か見張りを立てた方が良くなかったか」
と蜻蛉切が言う。
「誰も来ないんだったら3人で手分けして探したほうがさっさと撤収できるだろ。――ちっ、めぼしいものはほとんど打刀連中に取られちまってるな……、くっそ、酒もねえじゃねえか!」
「冷蔵庫に大量にだし巻き卵あったけどさぁ」
「それは明日の皆の朝食になる。やめておけ」
「だよなあ……さっき見つけたスナック菓子しかないかぁ」
「収穫があっただけ良しと――」
「あんたたち、何やってんだ?」
唐突に聞きなれない、いやつい最近本丸に参入した者の声が3人の背後から聞こえた。
「太鼓鐘……こんな時間にどうしたんだ」
「俺はみっちゃんから朝食の仕込みの続きをしておくように言われてたのをすっかり忘れててさ、今からやろうと思ってたんだ。あんたたちこそどうしたんだ?」
太鼓鐘の言葉を聞いて日本号はこっそり頭を抑えた。厨番の4人が居ないなら好機だと思っていたが、この新人のことをすっかり忘れていた。燭台切の昔なじみだというこの短刀は、やはり伊達の刀なだけあってか料理に興味があるらしく早々に厨番入りしていたのだった。
「ちょっと腹が減ってなー」
二人が止める間もなく御手杵が真っ正直にかの短刀に言う。
「腹が減った?3人ともか?夕飯の量が足りなかったのか?それとも何か別の理由でもあるのか?食うものは大事だからなあ……どうしても足りないならみっちゃんに相談しようか?」
心配そうに訊ねる太鼓鐘に、3人は「あっこれはだめなやつだ」と瞬時に察した。性根が良い子で真面目なのだろう。つまみ食いするのが楽しい、人目を忍んで一口が美味しい、というのを理解してくれそうにない。食べる量の少ない短刀ゆえに、小腹が減るということもあまりなさそうだ。
「いや、そこまで気を回してくれなくともよい。それに太鼓鐘殿、ひとりでこの大所帯の食事の準備は大変ではないか?丁度ここに人手もあることだし、我らにできることならお手伝いしよう」
蜻蛉切ナイスフォロー!と日本号は視線だけで伝え、その言葉に乗っかるようにして続ける。
「そうそう、それでちょっとだけ余分に作ってそれ分けてもらえば俺たち満足だからよ」
「そりゃあ助かる!この身長じゃ届かない場所にある道具なんかもあってどうしようかと思ってたんだ。あんたたちに手伝ってもらえるならすっげえやりやすくなるぜ」
御手杵がじとっとした視線で面倒だと言うのを、蜻蛉切がお前は先にそこのスナック食べてろとこれも視線だけで言う。
槍の視線の会話にはとんと気付かず太鼓鐘は「早速で悪いけど」と言いながらあれこれ指示を出してきた。



一通り手伝いが終わった頃には、厨に忍び込んだときから一時間ほど過ぎていた。
手伝ってくれたお礼にと鶏肉のソテーを2塊ほど貰い、戦果としては上々ではあったのだが気苦労で3人とも疲弊していた。
大の男が揃って子供に気を遣わせたという状況はどうにも心臓に悪い。もう彼に見つかるようなへまはしないと皆が心に誓った。
しかしまた同じようなことを今後しようとしているあたり、彼らはまだまだ懲りていないのだった。






一人一人は大人のお兄さんなのに、三人そろうと悪ガキになる三名槍かわいくね?と思って。