刀剣乱舞 薬蜻





うっすらと目を開けて、初めて眠っていたことに気付いたような眠りから蜻蛉切は覚めた。寝起きでぼんやりとした視界に入る外の景色はかなり暗く、室内は明かりがついているようだ。いつも夜眠るときは完全に明かりを落としているのに、これはどういうことだろうかと霧のかかる頭でぼんやり考える。
すると頭の上のほうから低く声が降ってきた。
「お目覚めかい、蜻蛉切。眠いならまだ寝てていいぜ」
聞きなれたそれに、まどろんでいた思考回路が一瞬で覚醒する。
「――!!?」
声のしたほうを慌てて見上げれば、藤色の瞳で優しく見つめる想い人の顔が見えた。
瞬時に今自分が頭を載せているのはその人の膝だということに気が付いて蜻蛉切はさっと青ざめて慌てて体を起こす。すると一気に頭に鈍痛が走る。
「い゛っ……!」
「おいおい、起き抜けにいきなり体を動かすもんじゃねえぜ。大丈夫か?」
「は、はい……なんとか。申し訳ありません、薬研殿、重かったでしょう」
「まあ軽いとは言えねえけどな。いつもしてもらってることだし、俺っちが望んでしたことだ。気にすんな」
「そういえば、なぜこのような状況に?」
「今日の宴会のこと、覚えてねえか」
「宴会」
痛む頭を押さえながら蜻蛉切は自分が寝る前、正確には酔いつぶれる前のことを思い出す。
確か今日は大阪城踏破記念祝賀会だったはずだ。あの不思議な城の地下で、ほとんどの敵を岩融が蹴散らし、残った硬い槍を最後に蜻蛉切が仕留めるという戦法で駆け抜けたためにほとんど最速で踏破することができた。博多のおかげで無事に小判も大量に手に入れることもできて戦果は上々。
大阪城攻略功労者の3名には盛大に酒がふるまわれ、結果見た目の割には下戸な蜻蛉切は宴会の場で酔いつぶれたのだった。

「今思い出しました。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたな」
「いや、いつもしっかりしてるあんたの緩んだ姿を間近で見れるのは役得ってもんだ」
「何をおっしゃっているのやら」
声音だけはあきれているように聞こえるが、酔いは覚めているはずなのに真っ赤になっている頬や耳がただの照れ隠しだと雄弁に伝えている。そのさまを指して赤とんぼなんてからかってみたくもあるが、あんまりつつきすぎると拗ねそうなので適度なところで手を引くことにした。
「随分目も覚めたようだし、部屋で寝なおすとするか。よっと――い゛っ!!」
薬研が立ち上がった瞬間よろけて、反射的に蜻蛉切が膝立ちになってそれを受け止める。
「ってえ……くっそ」
「ははは、足がしびれましたか」
「ああ。まったく、かっこつかねえなあ」
「慣れない座り方をしたのだから当然のことですよ。しびれない座り方をお教えしましょうか」
「いや、いい。自分で調べる。そのほうが深く理解できるしな」
「薬研殿のそういう、自分でできることは極力しようとする姿勢、自分はとても好いております」
「そういった台詞、こんな頼りない恰好してるときじゃなかったらうれしかったんだけどな」
そう返せばくつくつと笑う声が耳元でするものだから、わざとこのタイミングで言い出したのだとわかる。
皆の前ではまじめな忠臣然として振る舞うが、性根のところに茶目っ気のあるところを見せてくれるようになったのは薬研が懸命に口説き落とした結果だろう。しかしそういうのはもう少し色っぽい場面で発揮してほしいなと思うのはわがままだろうか。
自分の力不足な部分も大いに自覚しているので要精進だなと思いながら、しびれる足はどうにもならないので思い切って全体重を預ければ、蜻蛉切の厚い体は不安定な姿勢ながらもびくともせず薬研の身体を受け止めた。
この頼もしい槍が自分に頭だけでもためらいなく預けてくれるくらいには頼もしい男になりたいと思う。しかしそこに至るまではまだまだ遠いような気がして、薬研はひとつため息をついた。

一方蜻蛉切はその身にもたれかかる重みを感じながら、いつもは兄弟の前では弟たちを立派にまとめる薬研がこうやって甘えてくれることに幸せを感じていた。
そしてより一層彼を受け止められるように、これから酔って寝つぶれるようなみっともない真似は決してすまいと心に決めるのだった。






当本丸のやげんぼ基本姿勢その1.
とんぼさんは下戸だとかわいいなあと思う。