刀剣乱舞 薬蜻




入るぞ、と声とともに部屋の障子が開き、蜻蛉切は本に落としていた視線を上げる。
いつもなら部屋の主の返事を待って入ってくる彼は、ふらふらとした足取りで蜻蛉切の傍までとととっと寄ってきて、何も言わずにその足に頭を乗せて横になった。
いちいち許可をとっていたころに比べて心の距離が近くなったのだなあと感慨深くはあるけれども、どちらかと言えば蜻蛉切を甘やかしたがる薬研らしくない行動だ。
「薬研殿、今日は随分お疲れのようで。此度の出陣は強敵ぞろいだったのですか」
「強敵って訳じゃあねえが、疲れてるのは確かだなあ」
「というのは」
「だいぶ前に誉の褒美に大将に頼んだ漢方の本がやっと届いてな、それを読みふけってたらつい……」
「夜更かししてしてしまった、と。よくあることですが出陣前日には控えたほうがよろしかったですな」
「全くだ。都合悪く今日は俺が隊長兼偵察担当でな、夜更かしした疲れ目でなかなか敵陣の陣形が見れなくて苦労したぜ。ヤマカンで引いた陣形が不利じゃなかったからどうにかなったが、隊員の皆には要らん苦労かけちまった」
言いながら薬研は目頭を指でぐりぐりと抑える。未だ目の疲れはとれてないようだ。もしかしたら眠りも浅く体の疲れ自体が取れてないのかもしれない。
「あまり無理をしてはなりませぬぞ」
「無理はしてねえさ。俺が自分でやってることだからな」
「……それならばよいのですが」
そう言って蜻蛉切は、目頭を押さえている薬研の手をゆっくりと除けて、代わりに両目を覆うように片手を載せた。眼球をつぶさないようにそっと。
そのやわらかな重さと温かさに、薬研はふうと大きく息をつく。掌の熱が眼窩に移ってじわじわと温まるのがどうにも心地よかった。
「あまり目を押さえるのは良くないと聞きます。これではどうでしょうか」
「ああ、こりゃあいい。すげえ楽になる」
「それはようございました」
「しかしあれだ、すげえ、眠くなる、な……」
言いながら眠気に抗えないのか薬研の声音がおぼろげになっていく。
「このまま寝ても良いのですよ。自分が布団まで運びましょう」
「せっかく、あんたといるのに、もったい――」
だんだん小さくなった声は途中で切れ、少ししてすうすうと寝息が聞こえた。夜更かしと出陣でよほど疲れが蓄積していたのだろう。
瞼の上に乗せていた手を外せば、常から血の気の薄いかんばせがいつもよりさらに白く、眉間にしわが寄っている。それを蜻蛉切は複雑な思いでみつめる。
少し前の薬研は、出陣に影響が出るほどの無理はしなかった。こうなるようになったのは『極』が実装されてからだ。修行に出て、強くなって帰ってくる『極』。兄弟たちが強くなって本丸の戦力が上がるのを薬研は喜んでいるしその言葉に嘘はないだろう。ただ、置いて行かれている不安感を強く持っているのを蜻蛉切は知っている。薬研はこの本丸で2番目に来た刀だからより一層不安感が強いに違いない。
待てども修行に行く許可が下りないことにじれて、自分ができることを探して、行きついた場所が持ち前の医療知識をさらに深めることだった。顔色の悪い者に声をかけて原因を聞き対処を教え、ときには自ら煎じた薬で治す。そのおかげで本丸全体の活気も上がったし、薬研の焦燥感も落ち着くのだろう。
ただ、そのせいで薬研自身が体調を崩すようなことがあってはならないと蜻蛉切は思う。
薬研の焦燥感をなだめる唯一の手立ては修行に出ることだろう。しかし今度は4日間の空白に耐えられる気がしないと蜻蛉切は思う。
愛しいひとを思う心と自分のエゴの乖離にひとつ音もなく笑って、薬研の寄った眉間にそっと唇を寄せた。さきほどまで読んでいた本に載っていた悪夢を消すまじないだが、効果のほどは定かではない。ただ、眉間の皺が緩み穏やかな表情になったことに安心した。
さてこんな高い膝枕では寝にくかろうと薬研を布団まで運んでいこうと思ったそのとき。
「……とん、ぼ」
ふたりきりの時でしか呼ばれない愛称を呼ばれ蜻蛉切はぴしりと固まる。
「薬研殿……?」
起きているのかと思い声をかけてみるが応える声はない。今のは寝言だったようだ。
夢の中の自分はどんなふるまいをしているのか、どことなく恥ずかしい気分になる。
そして思い返してみれば自分から彼にくちづけをするなんて初めてのことで、そのことに気付いた瞬間ボンと蜻蛉切の顔は真っ赤になった。偶然とはいえちょうどそのときに名を呼ばれたと思うと照れくささと嬉しさが思考回路を煮え立たせた。

しばらく動けそうになくてこの高い膝枕に頭を置いたままにしておくのはどこか申し訳ないが、それでもなお薬研の表情は穏やかで、すうすうときれいな寝息をたてたままだった。






当本丸のやげんぼ基本姿勢その2.
テーマは「疲れ目ニキ」「ニキの極がこない」でした。これ書いた直後にニキ極発表来て白目向いたのはいい思い出。