刀剣乱舞 義経主従
※ 花丸本丸ネタ




やわらかな秋の風が頬をなで、頭上でさやさやと葉が揺れる。
卯月にはそれはそれは美しい桜を咲かせたという万葉桜の木の下は、すっかり岩融の気に入りの場所になっていた。
ある日はほとんどだれも来ず穏やかな時間だけが過ぎ、また別のある日は短刀らが木のまわりに集まり遊びに興じる。そのどちらの過ごし方も好きだった。
特にこどもたちが大人にはできないような身のこなしで駆け回っているのは、胸のすくような楽しさがあって小気味よい。粟田口の子らの保護者的役割である一期一振とともに、短刀達の遊ぶ様を眺めながらぽつぽつと話すのもまた楽しかった。

今日はどうやら皆手合わせに精を出しているようで、万葉桜のまわりは静かだ。こういう日もまた良い。ここに酒のひとつでもあればと思わないでもないけども、「昼間からお酒なんか飲んで!」と厨番にどやされるのは目に見えているのでその欲求はそっと胸の内にしまって、天高い秋の空を見上げた。
すると青空の中で鮮やかな薄紅色の何かがちらちらと舞い落ちてくるのが視界に入る。桜の葉が色づくのはもう少し先であるはずだし、桜が咲くのはもっと先だ。
何が落ちてきたのだろうと思いながらそれの行く先を目で追えば、地面に落ちる前に枝の先にひっかかったのが見えた。とはいえ、岩融の身長ならばゆうに手が届く高さだ。
ゆっくりと立ちあがって手を伸ばし取ってみれば、それは端のちぎれた短冊のように見えた。見えているのは裏面なのか、一部墨が裏写りしている。
それを裏返して見る前に、本丸の方から近づいてくる高い声が聞こえた。

「あ、やっぱりここにいた!岩融ー!てあわせのおてつだいしてくれませんかー?……あああーーーっ!!!」
岩融を呼びに来たらしい今剣は、ひときわ大きな声で叫ぶと一気に駆け寄る速度を上げて岩融の手の中にあるものを奪おうとし、しかしその小さな手は空ぶって宙をつかんだ。
間一髪腕をひょいと頭上に上げて奪取を阻止した岩融は、なおも飛び跳ねてそれを取ろうとする今剣の頭をもう片方の手で押さえて、短冊を裏返した。すると。
『岩■がはやくきますように』
こどもの筆跡で書かれたそれは、2文字目が難しかったのかぐしゃぐしゃににじんでいる上に、字の大きさの配分を間違えたのか後半のひらがながかなり小さい。
「ちょっと、岩融、それかえして!どこで!みないでって、もーーーー!しかもそれ、いちばんへたくそなやつじゃないですかぁ!」
「ふむ、ということはこれは今剣が書いたということか」
「むうう……どこでそれをてにいれたんですか」
「どこでもなにも、今ここでよ。短冊の端が風でちぎれてここまで落ちてきたのだろうな」
「それならしょうがない、ですけど……」
不服そうに今剣は頬を膨らませる。
それとは逆に、岩融はにやつくのをおさえきれず短冊ごと口元を手で覆った。

いつだったか、一期に聞いたことがある。願い事を書いた薄紅色の短冊を万葉桜の枝にたくさんつるして満開の桜に見立てるという催しがあった、と。その際粟田口の子らは揃って、そのときまだ本丸にいなかった一期が来ることを願って短冊にそう書いたそうで、全部とっておいてあるうちの数枚を岩融に見せて、こころなしか自慢げに一期は微笑んでいた。
その催しをした当時はこの木が何の木なのか誰も知らず、桜が咲いたらいいのにという思いから突発的に始めたが、短冊の桜が満開になってまもなく本当に本物の桜が咲いたため、ほどなくして短冊はすべて取り外されたと聞いたのだが。

「すべて外したのではなかったか。なぜまだここにあるのだ?」
「それは……その、あとになってぼくひとりでかいたものだからですよ」
いわく、夏になるまで『刀』以外の刀剣男士が顕現することがなかったため、『薙刀』である岩融がこの本丸に来る可能性は薄いと今剣は考えていた。しかし葉月に『槍』である御手杵が顕現して、もしかしたらと思い以前使った短冊の余りをひっぱり出して、岩融の顕現を願ってひとりであの木の梢にくくりつけていた。
ほどなくして本当に岩融が本丸の仲間になり、その喜びですっかり短冊のことを忘れていて今に至った、ということらしかった。
「そこまで心待ちにされてたとは気づかなんだ。遅くなって悪かったのう」
「ほんとですよ!」
今剣は少々拗ねて見せるように頭をぐりぐりと岩融に押し付けた。短冊を見られてから今剣がずっとどこか不機嫌そうなのは、自分ばかり会いたがっていたようなのが気恥ずかしいのの裏返しなのだろう。
ならば、その思いは一方通行ではないのだと、待たれていた側から示さなければならない。
「して、書いた他の短冊は見せてはくれんのか」
「えええ!?みたいんですか!」
「無論!一期が弟たちの短冊を大切にとっておいてるのを見てな、それだけの思いを形で持っているのを羨ましいと思ったものよ。俺に向けられるそれがあるならば、ぜひとも欲しい。駄目か?」
そう頼めば、むうと唇をとがらせて、そのいいかたはずるいです、と今剣は小声でむくれた。
「しょうがないなあ……もういちばんへたくそなのみられちゃったし、いいですよ」
いうなり、今剣はぴょんと身軽に木に飛び乗って、あっという間に梢までたどりついた。
「ここからおとすので、ひろってくださいね!」
「応!」
岩融が下から大声で答えると、少ししてからぱらぱらと短冊が舞い落ちてきた。

高く青い秋空の下、桜のひとひらのような薄紅色が鮮やかだ。
これらすべてが今剣の想いならば、ひとつも漏らさず拾い上げなければならない。それこそが今剣の気持ちに対する誠意であると思うし、岩融から応える想いの示し方だった。






我が本丸では三条一番乗りが岩さんという少数派本丸なのでこういうことはないんですが、花丸本丸の岩さんは遅かったなあ……。三日月より後って。
アニメ大変おいしゅうございました、という感謝を込めて。