刀剣乱舞 大典太+前田+薬研





前田が庭を歩いていると、目つきの悪い男が華奢な少年を恫喝しているように問い詰めて困らせているのが見えた。
そのどちらもよく知った姿で思わず驚きで喉がひゅっと鳴る。男は乱暴なことをするようなひとではないのを知っているし、少年はそれでひるむような性分ではないのもよく知っているけど、どうにも尋常ではない事態のようだったのでとりあえず止めに入ることにした。
「あの、大典太さん、薬研が何か粗相を……?」
すると二人はぱちくりとこちらに目を向け、どんな誤解を受けているのか理解するまでしばしの間ができた。先に口を開いたのは大典太だった。
「いや薬研が何かしたとかではなく、むしろ俺が頭を下げる立場なのだが」
「なんか無理難題を頼まれちまってなぁ」
「無理難題……?」
前田が訊けば、大典太はただでさえ険しい顔をより険しくし、沈痛な面持ちで言う。
「霊力を鎮める薬を調合してもらおうと」
「そういうオカルトとか霊的なモンは専門外なんだがなあ」
「霊力…ですか。それなら薬研よりも石切丸さんとか太郎太刀さんとか、あとにっかりさんあたりが詳しそうですけども」
「彼らにも聞いた。だが皆霊力を高めたり清めたり、穢れを斬ったり祓ったり、そういうことは知っているが、その逆は分からないと言われた」
「たしかに、それもそうですね……」
「試しに、敵の血を浴びたまま、穢れを落とさずにいたことがあった。それでも蔵に居た時と同じように、雀一羽、烏一羽たりとも近寄ってこなかった」
「ああ……」
「そしたら同室のソハヤに汚いからと風呂に突っ込まれた」
「そりゃあ、そうだろうなあ」
「経緯を説明した上で主に相談したが、主にも分からないと言われた。しかし薬研なら薬の開発研究もしているし、何か知っているかもしれないと聞いたのだ」
彼は彼なりに手を尽くしてかの兄弟にすがっていたのだと前田は知る。
そこまで話して、ふと薬研が訊ねた。
「そういえば、なんで今更霊力を抑えたいなんて言い出したんだ。別に今まで困ってなかっただろ」
言われて大典太は目をかっと見開き、伏せ、そして前田の方を見た。真っ赤な眼光が突き刺さりそうなほど、じっと。
「え……、僕、ですか……?」

「前田が、鳥の歌を聞くのが好きだと、言っていたから」
ぽつぽつと辿るように大典太は言う。
「だから鳥の歌はどんだものだろうかと思った。俺は蔵に居てすら鳥を落とした逸話があるから、それらが歌う声なんか、聞いたことも想像したこともなかった。むしろ畑を害する害鳥を追い払えるからいいのではないかと思ってすらいた。でも前田が、鳥の歌が好きだと言っていたから」
大典太は縁側から見える空を見上げる。つられて薬研と前田も同じ方を見る。確かにいつも見るような鳥たちは今ここには見えない。
「だから、どんなものなのかと主や皆に聞いてみたのだ。――ひとは、雀が鳴く声を聞いて朝が来たのだと知ると知った」
確かにこの本丸にも雀は来る。畑の穀物をついばんでいくのは迷惑だが、庭に降りてぴょんぴょんとはねながら何かをつついている姿はかわいらしい。
「長閑な昼には鳩が鳴き、静かな夜にはフクロウが鳴くという。烏が鳴くのを聞いて子供は家に帰る時間を、そして大人は郷愁を知るという。雁が陣を作る姿を見て季節の移り変わりを知り、燕が低く飛ぶのを見て天気の移り変わりを知るという」
全く知らない状態からよくそこまで調べたものだと思う。すべて伝聞の形ではありながらも、間違った情報は無いようにみえる。
そして大典太は懐から簡単な形をした笛を取り出した。
「こと鶯に至っては鳴くのが下手な者もいて、人間が笛を使って上手い鳴き方を教えることもあるのだと、鶯丸に聞いた」
それは前田も聞いたことがある。近い兄弟である平野と共にが鶯丸に教わったことがあるからだ。彼も同じような形の笛を持っていたことを思い出す。一度だけ聞かせてくれたその笛の音は確かに鶯の鳴き声だと言われても疑わないほど遜色のない素晴らしい音色だった。
「皆が当たり前のように見て聞いて楽しんでいるものを、俺は何も知らないのだと、知ることが出来ないのだと思うと……焦りのような、寂しいような、このままではいけないような気になった」
じっと地に視線を落とす大典太の不安でいっぱいという表情で、上背も厚みもある立派な体格の太刀がなぜか前田には親を見失った小さな迷子のように見えた。

大典太がそうまで思い詰めているのならばどうにかできないかと思い、相談しようと薬研に視線を向け、ぎょっとして口をつぐんだ。その紫の瞳が今までに見たことがないほどやる気にきらめいていたからだ。
「よし、その気持ち、買った!俺は出来ないことは引き受けるたちじゃないが、他でもない兄弟の友達がそこまで悩んでるなら、できる手は尽くそうじゃねえか。医学薬学でどうこうできる話じゃあないが、霊的ないわれのある植物ならいくらか知ってるぜ。部屋の蔵書を漁ってみる」
「ほんとうですか薬研!では、こちらも何か調べてみますね」
自室に戻る薬研を背中を見送って、前田は口元に手を当てしばし考える。
「僕はどうしようかな……そうだ、大典太さん」
話を振られ、大典太はびくんとやや過剰に反応する。
「え、ああ、なんだ」
「万屋って行ったことありますか」
「いや、無かったと思う」
「では僕たちはそちらで調べてみましょう。あの店は品揃えがすごくて、本も色々あるんですよ!」
「そうか、本……なぜ俺は今までその選択肢が思い浮かばなかったんだろうな」
「ああそれは、この本丸には書庫がなくて、それぞれ個人の部屋にしか本がないからでしょうね……。万屋のある通りには蔵書が豊富な本屋さんもありますし、そちらも見てみましょう」
「そうだな。案内を頼んでいいか」
「もちろん!あ、でも先に主君に外出の許可をもらわなければなりませんね。早速行きましょうか」
小さな手に引かれ、大典太はそれに1歩遅れて続く。道すがら前田が以前万屋で見たものについて話すのを聞きながら、大典太はさきほど聞いた言葉をずっと思い返していた。
(『友達』、そうか、俺と前田は友達だったのか。だから前田が楽しんでいることに興味がでて、俺もやってみたいと思ったのか)
ともだち、というたった4文字の言葉が、焦りと寂しさで凍えていた胸をじわじわと温かく満たす。
「うまくいったら、一緒に鳥の歌、聞きましょうね」
「……そうだな」
ずっと強固にへの字を描いていた口元が少し緩んでいるのに、大典太本人すら気付いていなかった。






某薬研推し本丸に大典太が計14人集まったということで、ニキに何か必死に相談する大典太の図が思い浮かんだところから出た話。
ちょっと前典っぽいとか書いてて自分で思ったけど、友情のつもり、です……(目逸らし)