刀剣乱舞 源氏兄弟+鶯丸





太刀は旧い生まれの者が多いからか、休みの日は自室でゆっくり過ごすことを好むものが多い。
源氏兄弟と呼ばれる二人も例外ではなく部屋でよく茶を飲むため、部屋に置いてある電気ポットの中身の減りは早い。その中身がなくなったとき給水に行くのは膝丸の役目だった。

「もう少し蛇口が近ければよいのだがな……今度主に改築の提案でもしてみるか。――兄者、戻ったぞ」
水が満タンに入ったポットを抱え部屋の障子を開けると、部屋を出たときにはいなかった者がいた。
「うん、おつかれさま」
「おかえり膝丸。邪魔しているぞ」
「なんで俺たちの部屋にいるのだ、鶯丸」
「髭切がいい茶葉を手に入れたと小耳にはさんだのでな」
当たり前のようにそこに座る鶯丸は、ご丁寧に空っぽの湯呑まで持ってきていた。茶を飲まないという選択肢は最初から切り捨てている。
「茶葉のコレクションや見立てなら鶯丸の方が量も質も上だろう」
「誰かに淹れてもらった茶はまた格別なものさ」
「というわけだからね、茶を淹れてやってくれないかな。僕もこの間買ったあれを飲むの楽しみにしてたんだ」
「まったく……兄者が言うならしょうがないな。湯が沸くまで待っててくれ」
そう言って膝丸はポットをコンセントにつないだ。



ほどよくぬるい玉露に口をつけて、ほうと息をつく。ちろりと横目で鶯丸を見れば満足げに笑んでいるので、淹れ方で粗相はしなかったようだ。(髭切はいつもにこにこと美味しいと言うので評価のあてにはならないのである)
「うんうん、美味しいねえ。さすが僕の弟だ」
「ありがとう兄者。そうだ、前残しておいたおいた茶菓子もなかっただろうか」
「あっごめん、お前がいないときに食べきってしまったよ」
「そうか……買い置きの覚えもないし、厨から何か持ってくれば良かったな」
「それなら俺が手土産を持ってきているぞ」
鶯丸が湯呑を置いて、傍らにあった小さな風呂敷包を開くと、羊羹が1本入っていた。
「手荷物だと思っていたがそれは土産だったのか」
「茶を振る舞われに来てるのに手土産ひとつ持ってこないほど、俺は気遣いのない刀ではないぞ」
「そうだったのか」
「なんにせよありがたいことだね。では早速食べやすいように切ってしまおう」
そう言って髭切は刀掛けに置いてある自分の本体を手にする。
「何度も言ってるが食べ物を刀で切るな兄者ああああああ!!!」
膝丸は慌てて立ち上がり膝丸の手から太刀を奪い取り、髭切はぽかんとした後、そうだったそうだったと言いながら笑う。そのさまを見て鶯丸もふふっと笑った。
「兄弟仲が良くて大変良いことだな」



膝丸が無事羊羹を切り分け、小皿に取り分けた。有名店の新作だったらしく、食べたことのない風味だったがとても美味しい。
「兄弟といえば、鶯丸は大包平とは仲が良くないのか」
膝丸の問いに鶯丸はひとつ首を傾げた。
「どうだろうな。悪くはないと思うが」
「おや、そうなのかい。君が随分とよく話しているのを聞いていたから仲良しなのかと思っていたよ」
「俺が個人的に大包平を観察するのが好きなだけさ。大包平は俺よりも天下五剣の方に興味があるみたいだ」
「そういう兄弟のありかたもあるんだねえ」
「そういうものなのか……?」
「仲良くというなら、そうだな、俺は平野に構ってもらうことが多い」
「ああ、それは俺もよく見るな。そこの縁側で二人で茶を飲んでるだろう」
「なにかと気が付いていろいろ世話を焼いてくれるし、俺があまり行かない遠征先や戦場での話もしてくれるし、ありがたいことだ。それに何より茶を淹れるのが上手い」
「やはりそこか」
「粟田口の子らは本当に気が利く子ばかりだよねえ。僕も色々と助けてもらうことが多いよ。――あ、お茶のお代わりもらえるかな」
「兄者がそろそろそう言うと思って、今湯を冷ましているところだ」
お前の弟も十分気が利くだろうと褒める者はここにはいない。
「そういえば髭切は最近よく秋田と一緒にいるのをよく見るな」
「うん、あの子は外の世界のことをとても聞きたがっているからね。せっかく長く生きた末にこうやって人の身を得たんだから、生かさなきゃ」
「能力の有効活用か。良いことだ」
「こういう持ちつ持たれつ、というのは人の身を得たからできることだよね」



湯の温度を確かめ茶を蒸らし終わった膝丸は、空になった髭切の湯呑をとって茶を淹れる。
「俺もお代わりもらえるか」
「ああ。――兄者といい鶯丸といい、随分と短刀たちと仲がいいのだな。俺はあまり関わりがない」
「ええ?お前も時々粟田口の子と話してるじゃない。あの、名前は忘れてしまったけど、長い黒髪の……」
「鯰尾のことか?彼は脇差だぞ兄者……」
「おや、そうだったかい」
「あいつは面白い子だろう」
「そうだな。世話を焼くのが好きだと聞いたから、気の回し方を聞いて参考にさせてもらっている」
「脇差は誰かの補助をするのが得意だそうだね」
「ああ、そのようだ」
膝丸は鶯丸と髭切の前に湯呑を置きながら、ふと思い出したことを続けて話す。
「そういえば、以前機会があって鯰尾と疑似的に二刀開眼をやったことがあったのだが、お互い初めてだというのにぴたりと息があったのだ。さすが脇差だな」
聞いていた二人の瞳はくるりと驚きで丸くなった。
「へえ!」
「凄いな、それは。俺たち太刀とでもできるものなのか」
「偶々『今だ!』とお互い同時に思ったような瞬間があっただけだ。打刀とのように狙ってはできないそうだ」
「へええ、面白いねえ。どんな風だったかちょっと見せてよ」
「俺も見てみたい」
「えええ、今この場でか!?」
「移動するのも面倒じゃない?」
「それはそうだが……。では二人とも、ちょっとどいてくれ」
机やら座布団やらをざっと部屋の片側に寄せ、もう半分を実践する舞台として準備する。
膝丸は立ち上がり自分の得物を手に取って、鞘を付けたまま下段に構え身をかがめた。
「そのとき鯰尾は俺の1歩半ほど前でこのような形で立っていてな」
そして少し後ろに下がり、今度はぴしっと背を伸ばして上段に構えて立つ。
「俺はこのような形だった。目の前に敵の大太刀がいて、鯰尾がその懐にまっすぐ潜り込み、その1拍後に俺が」
突撃した動作を再現するために膝丸は勢いよく足を踏み込み――鶯丸の風呂敷を踏んづけ、盛大にこけた。
「……っ!?」
「「あっ」」
ずるっ  どん! ごろん がたたたっ
よほど勢いよく踏み出したのか、膝丸は受け身もとれず前転し障子にぶつかり、縁側に転がり出た。
何が起こったのか分からず膝丸は呆然とする。
「……!?」
「あああ、大丈夫?怪我はない?」
「俺が風呂敷を片付けておけばよかったな、すまない。ああ、障子は幸い壊れてはいないようだな」
「そ、そうか……」
不思議な形で縁側に集まる三人を、丁度間近で目撃した影がひとつ。
「お前たち、そんなところで何をやっているんだ」
「ああ大包平。まあ、色々あってな」
「そ、そうか。ああ丁度いい鶯丸、手合わせに付き合え!次こそは絶対三日月に膝をつかせてやる!」
「大包平はいつ見ても元気だなあ。暇ではあったし大丈夫だ。――あ、この部屋を片付けてから行ったほうがいいか?」
後半は兄弟に向かって言えば、まだ呆然としている膝丸の代わりに髭切が応える。
「僕たちの部屋だし、こちらで片付けておくよ」
「そうか。では大包平、すぐに準備をして向かう」
「急げよ!」
鶯丸の退室で、その日の小さな茶会は終わった。



外れた障子も移動させていた机も座布団も元の位置に戻した部屋で。
「これくらいのやらかしなんか、みんなやってるよ」
「……」
「元気だして、ね?ほら、彼がおいてってくれた羊羹、まだ残ってるから食べよう?」
「……」
「こっちこないと僕が全部食べちゃうよ?」
「……」
部屋の隅で三角座りをした膝丸は、背中を向けたまま一言も返さない。薄緑色の髪の向こうに見える耳は真っ赤に染まっていて、羞恥と自責でいっぱいなのだろうというのが分かる。
特に新入りであり茶会の部外者であった大包平に無様な姿を見られたのが相当堪えたのだろう。
ちいさくうずくまった膝丸の背中を見ながら髭切は苦笑する。
いつもなにくれと世話を焼いてくれている弟をこうやって構うのは久しぶりだなあ、と思う。こういったことも新鮮で少し面白いけども、背中を向けられているのは寂しいからやはり顔を見せてほしいなあとも思うのだった。






「源氏兄弟+誰かでツッコミ不在のだらだら喋る話」というリクを貰ったのでシラノ刀の縁で鶯にお越しいただいた。
お膝は不憫可愛いと思ってるけどちょっと不憫にしすぎた感はなくもない。ごめん膝丸。