刀剣乱舞 前田+大典太






一番の原因は『慢心』だったと前田は考える。
何度も足を運んだ桶狭間の地。彼の力量からしてみればたやすくねじ伏せられる敵しかいないはずだった。その記憶が慢心、ひいては油断を引き起こした。
二番目の原因は『失念』だったと考える。
何度も足を運んだとはいえ久々の地への出陣。その場所に居る敵は遡行軍だけではないということを忘れていた。何度も来たということは、それだけ検非違使が見張っている地だということも忘れて。
三番目の原因は『過信』であったと考える。
その場にいた誰よりも錬度が高かった。だから隊員の皆を守るべきだと思っていた。それができる器ではないと知らずに。
手入れ部屋で、じくじくと痛む傷に耐えながらぐるぐると思考が悪い方向に向かう。

桶狭間の地で久しぶりに出会った検非違使。奴らはこちらの戦力を測り一番錬度が高い者に合わせて兵を出してくるという。こちらの戦力は前田が最高錬度、その他はまだ最高とは程遠い、半分より少し上という程度で、勿論検非違使は一番強い軍を率いてやってきた。
自分が一番強いのだから自分が皆を守らなくては、という焦りを抱えながら真っ先に前田は敵陣に飛び込み、ぬかるむ土に足を取られながら一人目に一撃でとどめを刺す。他の面々も苦戦しながら力を合わせてなんとか敵を倒していた。
そして残った最後の一人、敵の大太刀の懐に飛び込み、刺した。が、ほんのかすり傷しか負わせられなかったことに愕然とする。その隙を突かれ大太刀の一撃をまともに腹に食らい、軽い体は軽々と飛んだ。耳元でびちゃ、と濡れた土と血の混ざった水音がやけに大きく響く。衝撃でぼやけた視界に映ったのは、暗雲のような灰色の影。それが自分の上を飛び越し大太刀に飛ぶようにまっすぐ向かい、やがて大太刀はどうと音を立てて倒れ伏し、消えた。
灰色の影はまた飛ぶようにこちらに向かい、かがむ。そこまで来てその影がやっとかの天下五剣の一、大典太光世であることがわかった。
「大丈夫か、前田。いや、どうみても大丈夫ではないな」
「すいません、油断、しました……皆を守らなければ、いけなかった、のに…」
「気にするな。むしろ、一人で気負わず、俺を、皆を頼れ」
「……」
応える言葉もなく黙っていると、ひょいと前田の身体は大典太の背中に乗せられた。
「え、え、そんな、やめてください!大典太さんも大怪我してるのに……!」
「この程度の傷、お前を抱えられない程じゃない。お前の方がよほどだ」
かすむ視界で他の隊員を見れば、お互い肩を貸しながら帰還地点へ向かっていた。自分ほど誰かに頼り切っているものはいない。
皆は今以上にもっともっと強くなるだろう。でも自分は最高錬度だ。これ以上強くなれることはない。その失意に飲み込まれながら、血を失い過ぎたために前田の意識は闇に閉ざされた。



手入れが終わり、体は万全の状態にはなったが前田の心はあの雨天の戦場よりもなお暗く厚い雲に覆われていた。
その手入れ部屋に真っ先に訪れたのは審神者でも兄弟でもなく、いつか見たことのある管狐で、前田に修行の許可が出たことを伝えに来たのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


かの管狐がまた目の前にいる。
過去に飛ぶと時間の感覚が鈍くなるのか、どれだけの時間あの場所にいたのか正確にはちょっと分からない。持たされた手紙一式を使って3通手紙を書き、もらった兜を携え、決意を胸に、審神者の部屋の障子の前に立つ。本丸で経過した時間は丸4日と聞いたが、それだけの時間を貰った成果はあげられただろうか。
大きく深呼吸しても緊張が解けることはない。けど、きっと今の自分を受け入れてくれるだろうという思いはある。
「前田殿、よろしいですか」
「はい。覚悟は決まってます」
「では。――審神者様、刀剣男士が修行から帰還しました」
障子越しにこんのすけが言い、その数拍後に前田は障子に手をかけた。



修行に行かせてもらったことへの感謝、修行を経ての感想、そして自分の決意。そういったものを一生懸命伝えれば、ねぎらいの言葉を貰って頭をなでられた。
受け入れてもらったことにほっとしながら、丁寧に礼をして部屋を後にする。こんのすけはもういなくなっていた。
部屋に戻って兄弟に挨拶でもしようかと廊下の先を見れば、修行前の一番最後に共に出陣したかの太刀とその兄弟刀が立っていた。
「大典太さんにソハヤさん!どうしてここへ?主君に何か御用ですか?」
「いや……」
「兄弟が、前田に用があるんだってよ」
「僕に?」
ソハヤの言葉を受けて大典太の顔をじっとみれば、いつもよりも数段陰鬱な、泣く寸前のような表情をしている。
「いきなり前田が居なくなったから、なにかまずいことでも言ったんじゃないか、過ぎた真似をしたんじゃないかってずっと心配してたんだぜ」
大典太のその表情の説明を代わりにソハヤがする。
「えええ!?そんなことは決して……ああ、でも他の誰にも言わずに修行に出てしまったのは確かに失礼だったのかもしれません……」
あのとき手入れ部屋から出て、まっすぐに審神者に修行の許可を貰いにいき、そのまま出立したことを思い出す。だから前田が出立する瞬間そのことを知っていたのは、審神者と近侍であった一期だけだった。兄に「主に合わせるのは刀の本分。存分に頑張ってきなさい」と言われたことに勇気をもらったのが最後の会話だった。
「僕をここまで運んでくれたことに一言お礼を言うべきでしたね。申し訳ありませんでした」
「いや、それは別に」
大典太はうつむいたままぼそぼそと言う。
そのさまを隣で見ていたソハヤはくくっと笑って前田に告げ口する。
「あんたがいなくなってからな、兄弟はずーっとこんな迷子みたいな顔で落ち着きなく過ごしてたんだぜ?隣に俺がいるってのになあ」
「え」
ソハヤからぷいと目をそらし大典太は前田に向き直って1歩近づく。
「息災だったか」
「ええ、おかげさまで」
「ならよかった。心配した。……いや、不安だった」
「余計な心労をかけてしまい、申し訳ありません」
「謝る必要はない。俺の問題だ。――でもこれからは、黙ってどこかに行かないでほしい」
そういって大典太は前田のマントの裾を取ってきゅっとにぎる。迷子のこどもがやっと親を見つけ、再び見失わないよう服の裾をつかむように。
その動作ひとつで大典太の寂しさをきちんとさとった前田は、ひとつ笑む。
「もうどこにも行きませんよ。僕は大切なひとたちを守るために強くなって帰ってきたんですから。勿論その中にあなたも」
マントの裾を掴んだ大典太の手に手をそっと重ねれば、大典太は不器用にふっと笑んだ。それを見たソハヤもまた、ひとつ荷が下りたような安心感をもって笑む。
自分を助けてくれたひとが自分を頼ってくれる、その喜びがじわじわと胸を熱くする。
この笑顔を守るためなら、きっとどこまでも強くなれる。





かっこいいでんたと可愛いでんたを書こうと思ったら、何故か前田君の話ができあがりました。
回想分しか特殊台詞ないのになんかめちゃくちゃ仲良しな印象がこの二人にはあります。