刀剣乱舞 源氏兄弟






髭切は見かけによらず大食漢だ。そして、食事もデザートも茶も酒も問わずなんでもよく食べ、厨番に褒められることもある。
そのことに関して、自分とよく似た弟も同じだと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしいと気付いたのは割と最近のことだった。
とはいえ、食材に関して好き嫌いがあるという訳でもないのだが。


今日のおやつは、審神者の現世土産であるドーナツだった。色々な種類を買ってきたらしく、味の取り合いにならないようにランダムに配られたのだが、割り当てられたひとつを膝丸はやや眉根を寄せてじっと見つめていた。
自分の分を食べる寸前それに気づき、髭切は声をかける。
「そんな顔してどうしたの?甘いもの嫌いだったっけ」
「いや、嫌いではないのだが……。兄者、もしよかったら交換してくれないか」
「ん?別にいいけど。はい、どうぞ」
「ありがとう」
髭切は自分の持っていたチョコドーナツを膝丸に渡し、膝丸のを受け取る。それはドーナツというよりは菓子パンに近いもののようで、デフォルメしたくまの頭のような形のパンにチョコがかけられていて、チョコペンでかわいらしい顔が描かれていた。
「へえ、現世にはこんなものがあるんだねえ」
髭切から受け取ったものにはすぐに口を付けた弟をちらと見つつ、自分の分をばくりと食べた。すると膝丸は一瞬目を見開いたまま固まって少し悲しそう顔をした。
不思議に思い、自分の手にある菓子パンを見る。かわいらしいくまの形をしたそれは、右耳から右目にかけて大胆に欠けていて、まさに食べかけという様相だ。これがどうやら弟の心になにかひっかかったらしい。
ふと思い返してみれば、以前のおやつの時間にたい焼きと大判焼きが出たときも、少し顔をしかめてからさっと大判焼きの方を選んで取っていた。
他の皆が、これは『大判焼き』か『今川焼き』か、はたまた『おやき』かという名称議論をしていたのに意識が持っていかれて忘れていたが、その一瞬の表情の変化が少し気になっていたのを思い出す。
「ねえ」
顔のついたお菓子、苦手なの?と続けようとして、なんとなくやめる。この弟は結構硬派なところがあって、食べ物相手に「かわいそうで食べられない」なんて言うことを恥ずかしがるかなと思ったのがひとつ。もうひとつは、なんとなくふと思いついたいたずらをしてみたくなったからだった。
「どうした、兄者」
菓子パンの残りを口に放り込み咀嚼しながら、しばらく考える。そしてごくんと飲み込んだ後、
「うーん、何言おうとしたか忘れちゃった」
とごまかした。



後日、審神者の付き人として現世で買い物するタイミングを得た髭切は、土産物の店がずらりと並んでいる通りでふと、あのとき思いついたことを実行してみようかなと思い立った。

「ただいまー」
「おかえり、兄者。大事ないか」
「うん、もちろん。お土産買って来たから一緒に食べよう。僕がお茶淹れるから、先に食べてていいよ」
「ああ、俺が淹れるのに」
「いいからいいから」
立ち上がろうとする膝丸を手で制し、そうか、と言って膝丸が座り直したのを見てから急須と湯呑を用意してポットの方に向かう。
背後で箱を開けてごそごそとするのを気配で感じていると、それがぴたりと止まった瞬間が露骨に分かって、髭切はちいさくくすくすと笑った。買ってきたのはかの有名なひよこまんじゅうだ。たい焼きすら躊躇する彼には効果てきめんだろう。
茶を蒸らしながらちゃぶ台の方に向き直れば、案の定ひよこを両手に乗せて視線をじっと合わせながら固まっていた。顔の方を見ずに尻の方から食べれば大丈夫だろうに、それをしないあたりに融通の利かなさが見えて更にこっそりと笑った。
予想通りすぎたその様子がなんだかおもしろくなってしまって、もうすこし意地悪を言う。
「食べないの?白あん嫌いじゃなかったよね?」
「あ、いや、そうなのだが……」
膝丸の眉根の皺は一層深くなり、表情はだんだんと泣きそうになってっているのを、茶を蒸らしながら観察する。
そのまま数分にらめっこが続いたあと、もうそろそろかなと思いながら湯呑に茶を注いだ。そして、ちゃぶ台の影に隠していたもう一つの箱を取り出す。
「そういえば、もうひとつお土産買ってきたんだった。こっちも食べよう」
取り出したのは、ひよこまんじゅうの店の横にあった店のごまだんごだ。勿論顔はついていない。
それを見た瞬間、険しかった膝丸の顔はほっとした安心感で緩み笑顔になる。
「ふたつも買ってきたのか。賞味期限はそっちが近いようだしそっちにしよう。――ああ、お茶ありがとう、兄者」

茶をすすりながら食べたごまだんごは膝丸の口に合っていたらしく、一文字に引き結ばれていることの多い口元が緩んでいる。
それをまじまじと見ながら、髭切はぽつりと言う。
「僕って、自分で思ってたより性格悪いのかも」
「何を言っているんだ兄者。お土産を買って来てくれるようなひとが性格悪いわけがないだろう。俺は嬉しかったぞ。ありがとう、ごちそうさま」
「いや……うん、まあいいや。あ、口の端、あんこついてるよ。そっちじゃなくて、逆――そう、そこ」
お礼まで言われて髭切の胸がちくりと痛む。手鏡を探す弟の背中を見ながら、思い付きでいたずらなんてするものじゃあないなあ、とそっとため息をつき、もう二度と同じことはしないと密かに誓った。



なお、ひよこまんじゅうは翌日髭切の胃の中に一箱分すべて収まった。






某所の悪食兄者はひよこまんじゅうマルカジリしそうだなといったネタから始まった話。
プーちゃんみたいなキャラ付けになったお膝ですが、性格はどいつさんに似てると思います。苦労性の弟かわいい。