刀剣乱舞 大典太+ソハヤ+鳴狐+歌仙+蛍丸+青江





その異変に最初に気付いたのは鳴狐とそのお供だった。
手伝い札なしで手入れが終わった時間が中途半端な時刻、夜更けというには少し時間が過ぎすぎたような、今から寝るにはちょっと遅い時間。
今から打刀部屋に戻ったら誰か起こしてしまうかもしれないと思い、手入れ部屋からゆっくりめに歩いていると、いきなり何かを打ち付けたようなドンという音がした。続いて、グルルルルともゴオオオオとも聞こえるような声。地の底から響くような獣の唸り声のように聞こえた。
「……聞きましたか、鳴狐」
「うん」
「とても恐ろしげな獣の声!一体何者なんでしょう!」
「う、うん……?」
「わたくしたちが手入れ部屋にいる間に曲者でも紛れ込んだのでしょうか!探してみましょう」
不審に思ったのは鳴狐も同じだったので、しばらくその周囲である太刀棟をぐるりと見て回ったり植え込みの中を探ってみたりしたが普段となんら変わりはなかった。
見て回っている間に夜が明けてきたので、打刀棟に戻ることにした。

その道すがら、歌仙と出くわした。進んでいた方向からすると、早く目が覚めたから厨の手伝いにでもいくところだったようだ。
「おはよう、鳴狐。手入れ開けかな?お疲れ様」
鳴狐が会釈している間に、お供がまくしたてるように喋りだした。
「おはようございます、歌仙殿。丁度ようございました。さきほどわたくし達、獣の唸り声を聞いたのです!闖入者が現れたのかもしれませぬ!」
「夜間に闖入者?今までそんなことなかったと思うけど」
日中なら時間遡行ゲートを使う本丸が増え、混線して万屋がある通りから別の本丸の者やペットが間違って来てしまうことがあるが、夜にそういうことが起こることは余程ない。
念のため二人と一匹でゲートの使用履歴を確認したが、鳴狐達が帰城した後は遠征隊が出発した以外使われた痕跡はなかった。
「獣の唸り声と言っていたね。五虎退の虎ということはないかい。極になってだいぶ大きくなっただろう?」
「五虎退殿はいつもあの虎を枕にして寝ておりますので、夜に彼から離れて出歩くことはないでしょう。――闖入者ではない、となると誰かがどこかから引き入れたのでしょうか」
「かもしれない。これ以上何かを飼う余裕なんてこの本丸にないんだけどね」
「しかし、こっそり何かを飼っていたにしては虎や鵺以外の獣の足跡らしきものはずっと見かけなかったのですが……」

そんな話をしながら再び太刀棟に向かうと、これまた早くに目が覚めてしまったらしい青江と蛍丸、そして丁度起きたところらしい大典太と行き会った。
挨拶をしてから、ことの顛末を説明すれば、皆一様に首を傾げた。
「獣?見たことないなあ。ここに一番近かったのは大典太だよね。何か知らない?」
「いや、俺も知らない」
「『見た』ことはないけど、『聞いた』ことだったら僕もあったかな」
青江のその証言に皆の視線が集まる。
「とはいっても、今の話を聞いて思い出しただけなのだけどね。ちょうどさっきの話鳴狐くんと同じ、手入れが夜更けあたりに終わって脇差棟に帰る途中だったかな。このあたりで妙に低く響く唸り声を聞いたよ。その日は風が強かったから、木々のざわめきかと思ってそのときはたいして気にもとめなかったんだ。一昨昨日くらいの話だよ」
その証言に、お供はぴゃっと飛びあがった。
「わたくしたちが聞いたときは風は完全に凪いでおりました。ということは本当に何かが潜んでいるのかもしれませぬ!」
「でも獣の足跡はなかったんだよね?ということは足がないか飛んでいるかだね。となると幽霊か妖怪かな。幽霊が居た気配なんて僕には感じられなかったけど」
そう言って青江は蛍に視線を向ける。
「俺?奉納刀っていってもそういった造詣が深いわけじゃないんだけどなあ。――うーん、でも俺から見てもヘンな感じはしないよ。っていうか、天下五剣の霊刀が近くにいたのにさ、それで感知できない妖が俺にわかるわけないじゃん」
「それもそうか」
ふと、ん、と大典太が首を傾げた。
「夜更け過ぎ、このあたりで唸り声……?」
「大典太殿、なにかお気づきですか?」
「え、ああ、いや……それくらいの時間に一旦目が覚めたが、その、何か気配を感じはしなかった」
「ふむ。となると、謎はいよいよ深まるばかりですなあ」
場を仕切っていたお供がそれきり黙ってしまったため、皆困り顔で首をかしげるばかりになってしまった。とりわけ大典太の表情は険しかったが、普段から仏頂面の彼の些細な違いに気付くものはその場にはいなかった。

その場はなんとなしに解散して、朝食後にでも審神者に訊いてみるかとなった少しあと。
遠征に出ていたソハヤが部屋に戻って来て、ひとりそこに残ったままだった大典太に声をかけた。
「おはよ、兄弟――おいおい、朝っぱらから辛気臭い顔してんなあ!どうしたんだ?」
すると大典太はすこしあたりを見回してから、ソハヤを手招いて耳打ちした。
「それが――」
「うん?ふんふん、――――ぶっ、くくっ、兄弟……それは困ったことになってんなあ!」
顔を離してからくつくつ笑ったソハヤは、笑いながら少し考えるようなしぐさをとった。
「どうにかならないだろうか……」
「そうだなあ、うん、丁度いいタイミングだ、俺がどうにかしてやるよ」

その後、再び朝食をとりに大広間に集まった朝集まっていた面々をさりげなくソハヤが集めて声をひそめて「実は…」と話した。
いわく、大典太とソハヤが二人で遠征に行った際、子犬を見つけてそれを拾ってきたということだった。母犬は戦の流れ弾か遡行軍にでもやられたか矢が突き刺さり絶命していて、子犬自身も放っておけば化膿しそうな怪我を負っていた。
哀れに思った二人は、これ以上本丸で動物を飼う余裕はないという審神者の言葉に背いて、こっそりその子犬を連れ帰って部屋の押し入れにかくまってしばらく手当てしていて、丁度今日の朝、元いた場所にソハヤが遠征のついでに一人で返してきたのだ。鳴狐や青江が聞いた唸り声は、元気を持て余して機嫌を悪くしたその子犬のものだろう。
「やっちゃいけないってことは重々承知だったから、あの場で知らんふりした兄弟のことは許してやってくれよ。お騒がせして悪かったな」
「はあ、そういうことだったのか……」
「主はそれを知っても君たちを責めたりはしないと思うよ」
「ははは、そりゃあよかった。な、兄弟」
話を振られた大典太は一度びくりとしてから、こくこくと頷いた。



という経緯でこのちょっとした騒動はおさまったのだが、ソハヤの語った話が真実だったのかと言えば、半分以上が嘘であると言わざるをえない。
三池兄弟が遠征中に怪我をした子犬を見かけたのは事実だが、その怪我は軽度なものだったため、その時手荷物として持っていた応急セットで足る状態で、本丸には連れ帰ってはいなかったからだ。
ならばあの唸り声の正体はなんだったのかと言えば、あの時間件の部屋の一番近くにいた人物、つまり大典太そのひとである。

蔵暮らしの長い大典太は明かりの入る開けた場所で眠るのが苦手で、人の身をとってすぐは本丸の蔵(という名の倉庫)で睡眠をとっていたのだが、さすがにそれはどうかという話が出て、自室で寝るように命じられていたのだ。しかし普通に布団を敷いて寝るのでは寝付けず、試行錯誤の末落ち着いた場所が自室の押し入れの中にこもって眠るという奇策だった。
寝付けるようになったのはいいが、小柄とは決して言えない彼がそんな場所に入って狭くない訳がなく、悪夢を見てがばっと反射的に起きた瞬間、頭を棚板に打ち付けるということがしばしばあった。そしてそのたびに痛みで呻いていた。
同室のソハヤにはその光景も声も慣れっこだが、他の皆には不気味な唸り声にしか聞こえないだろう。隣室の太刀の偵察ではぎりぎり感知されず、通りがかった打刀や脇差には聞こえるような声量の唸り声。それが足跡も影も形もない『獣』の正体だった。
そしてその正体を知るものは当事者とその兄弟の二人だけのまま、収束する。

――はずだったのだが。
その場でとりなした嘘をソハヤが「この場限りの秘密だ」と言い忘れたがために、この話が本丸内で多少の尾びれが付きさっと広まってしまった。
それが審神者の耳に到達するころには「三池兄弟は無類の犬好きで、本丸で飼いたいのを我慢している」という話になっていた。
それから遠征や買い出しの土産に三池部屋に犬をかたどった小物が持ち込まれるようになり、部屋が犬グッズだらけになっていった。
それがだんだんエスカレートしていって、大典太が100回目の誉をとった祝いだとかで大人が一抱えするほどの大きな犬のぬいぐるみが贈られた。本丸きってのもふもふマスターと呼び名も高い五虎退お墨付きの極上の毛並みをもったそれは、抱えたり枕にしたりしながら寝れば悪夢を見るまもなくぐっすりと眠ることができた。
つまり大典太が夜中に飛び起きることもなくなり、それ以降『獣』の唸り声は一切聞かれることはなくなったのであった。






一緒に筋肉ワッショイしてくれる審神者の誕生日祝いに押し付けたブツでした。
自分の中ででんた幼女説が強すぎて脱出できない。