刀剣乱舞 前典





刀剣男士に兄弟は多数いるが、その中でも特に似ていると言われるのが前田と平野である。新人審神者がよく見間違える二人でもあり、見慣れると似ているようであんまり似てないなと思う二人でもある。
しかし内番姿ともなるとまた話は別で粟田口短刀は揃いの内番服な上、平野は帽子を外しているし前田も時折マントを外しているし、背丈やシルエットもほとんど同じため、後姿だと刀剣男士同士でも見間違えることが多々ある。

そんな訳で、大典太が間違えて平野を呼び止めたのも仕方ないことだった。
「前――ん?ああ、悪い、間違えた」
「いえ、慣れておりますので大丈夫ですよ。前田に用ですか」
「用というか、暇ができたからまた何か話そうかと思ってな」
「前田は今、主君の命で外出中なのです。伝言くらいなら僕が聞いたのですが……確か夕方前ごろには帰ってくるはずですよ」
「そうか。そうとは知らず済まなかった。また出直そう」
「あ、そうだ。大典太さん、お暇なのでしたら一緒にお茶でもいかがですか?丁度今から鶯丸さんと一緒にお茶会するところだったんです。――ああ、茶会といってもかしこまったものじゃなくて、縁側でお話しながらお茶するようなものですけど」
平野は100%の善意で提案し、にこっと笑顔を向ける。
その好意に大典太は怯んだ。鶯丸といえば、自分のことより先に大包平のことを喋る刀として本丸では有名である。そしてその大包平といえば、先日手合わせをした時きゃんきゃんとくってかかられて少し怖かったのを強く覚えている。
「好意は嬉しいが、その、俺はなぜか鶯丸の兄弟に嫌われているらしくてな……知らないうちに機嫌を損ねるようなことをしたのかもしれない。鶯丸もそんな奴と同席したくないだろう」
ぼそぼそと言葉を選びながらそう言えば、平野はくすっと笑って、そんなことないですよ、と言った。
「きっとそれは誤解ですよ。確かに大包平さんはちょっとつんつんしたところはありますけど、鶯丸さんはその真逆ですから」
確かにあの穏やかな笑みは誰かを拒否することなどないように見える――何を考えているか分からないようなところは多分にあるけども。
「そ、そうか。……ならば好意に甘えるとしよう」


本丸の中心地から少し離れた東屋で待っていた鶯丸は、予定外の来客を笑顔で迎えた。
「これはこれは。大包平がたいそう気にしている天下五剣の一振り、大典太殿じゃあないか」
随分大仰な言い様に大典太は再び怯み、それを見た平野は鶯丸を軽く叱った。
「ちょっと、鶯丸さん!大典太さんが余計に気にしちゃうじゃないですか!」
「ははは、いやいや悪かった。平野が思いがけないひとを連れてきたものだから。大典太、歓迎するよ。俺たちの茶会にようこそ」
「あ、ああ。お邪魔する」
拍子抜けするほどあっさりと歓待を受けた大典太は、促されるまま長椅子に腰かけた。

ここは急須を使うには不便だから、と鶯丸が持ってきたのは、冷水ポットで水出しした緑茶だった。冷たさのなかに緑茶の香りと甘みがふわっと抜けて、大典太は初めて口にしたそれに目をぱちくりとさせた。
「こういうのもなかなか良いだろう」
「ああ。熱いのよりこっちのが好きかもしれない」
「そうなのか?」
「……猫舌だからな」
恥ずかしげに明かせば、二人は小さく笑った。
「はは、気にいったのなら後で作り方を教えようか。茶葉も分けてやろう」
「いいのか」
「気にするな」
「僕からはわらび餅をどうぞ。いつもの和菓子屋さんで今年も始まったので思わず買ってしまいました」
歓待を受けながら、はずむ二人の会話に小さく相槌を打つばかりのお茶会だったが、大典太は梅雨空の中の晴れ間に出くわしたような、ほっとしたような明るい気持ちになった。


楽しい時間はあっという間に過ぎて、冷水ポットの中身が空になったところでお茶会はお開きになった。
鶯丸はポットと皿を厨に返してくると言って別行動になったが、平野と大典太は帰る方向がほとんど同じであるため、一緒に帰ることになった。
「強引にお誘いする形になってしまいましたが、どうでしたか」
「楽しかったよ、とても。俺から誰かと会話することは殆どないから、少し緊張したがな」
「またお誘いしても?」
「ああ、喜んで」
そんな話をしていると、向かい側から見慣れた影が駆けてくるのが見えた。
「前田、帰ってたのか」
「大典太さんに平野!どこにいってたんですか!」
前田が「やっと見つけた」みたいな表情で大典太は首をかしげる。外出してたのは前田の方だし、探していたのはこちらのはずだったのだが。
「本丸のはずれの東屋でお茶会を。そういえばどこにいるとは誰にも伝言してませんでしたね」
「ああ、なるほど……道理で見つからないわけです」
「俺たちを探していたのか」
「あなたたち、というか大典太さんを、ですけど。平野はまたきっと鶯丸さんのとこにいるだろうと思っていたので」
その返答に、さすがよく見てますね、と平野はくすくすと笑った。しかし前田がいつになくむすっとしているのに気付き笑いを止め、そして何かを察してまた笑った。
「なにがおかしいんですか、平野」
「別に僕はあなたから奪ったりなんてしませんよ」
要点だけぼかした平野の言葉に、前田は顔を真っ赤にした。
「奪われるなんてそんな、そんなこと思ってなんか……!」
「それだけ顔に出しておいて何を行ってるのやら」
「平野!!」
似ているようで似ていないちいさな二人のやりとりの中身が見えてこず、大典太は頭からずっと疑問符を飛ばしている。
「何の話をしているんだ」
「お気になさらず」「聞かないでください!」
同時にほとんど同じようなことを言われ、気押された。

なんだか楽しそうな様子の平野は、それでは、と言って軽く礼をした。
「僕はこのへんでお暇しますね」
「もう行くのか。――今日はお誘いありがとう」
「こちらこそ。また機会があればぜひ」
手を振って去る平野に手を振り返しながら見送れば、残されたのは当然大典太と前田の二人だけだった。
「大典太さん」
「なんだ」
機嫌が悪そう、というか拗ねたようにも見える前田はしばしじっと黙ってから、大典太に正面から抱きついた。
「ど、どうしたんだ……」
「平野とのお茶会は楽しかったですか」
胸の下あたりでもごもごと問う声は、なぜか少しだけさびしそうで心配になる。どうしたらいいか分からなくておろおろしたあと、そのはしばみ色の頭をそっと大きな手で撫でた。
「ああ、楽しかった」
すると前田は抱きしめる腕をぎゅっと強くして、うつむいた。
「お前が外出してなければ、呼びたかったと思っていた。お前と一緒だったら、もっと楽しかっただろうから」
そう続けると、うつむいていた顔がばっと上がり、ばちりと目があった。
「ほ、ほんとうですか」
「俺が簡単に嘘をつけるような器用な男だと思うか」
「いえ」
即答され、大典太はふっと苦笑してから続ける。
「だろう。――そうだな、鶯丸に冷たい緑茶の淹れ方を教わったから、今度一緒にどうだ」
「え、鶯丸さんもいたんですか」
「ああそうだが。…・・言ってなかったか?俺と平野と鶯丸の3人だった」
瞬間、前田の顔が耳まで真っ赤になった。
「うわ、ああ……うぅ……」
「ど、どうした」
「僕、ひどい勘違いをしてたみたいです……」
「そうなのか?」
「はい。平野に謝らないといけません」
前田が何を言っているのかよくわかっていなかったが、しどろもどろな原因はその勘違いとやらによる羞恥なのだろうということはなんとなく察したので、大典太は深く追求しないことにした。
「なら、いつもの和菓子屋でわらび餅を買って渡すといい。今日平野が持ち寄ってきて、おいしそうに食べていたからな」
「いいですね、季節ものですし。そうだ、大典太さん。あのお店、店内で食べる席もありましたよね?そこでわらびもち一緒に買いに行きませんか?」
「ああ、構わないが」
あまりにさらっと肯定されたものだから、言わんとするところがちゃんと伝わらなかったかな?と思って前田は更に続ける。
「平野への差し入れを買うついでに、一緒にそこでお茶したいな、と思ってるのですけど……いかがですか?」
言われて初めてその状況を想像した大典太は、途端、ぽぽぽっと顔を赤くした。本丸でひっそりとやっていた縁側のお茶会だって、実は照れくさくてまともに顔を見れなかったのに、店のテーブルならお互いが正面になるような小さなテーブルだろう。相手を見ずにはいられない配置は人と目を合わせるのが苦手な大典太にはとても気恥ずかしい。好いた相手なら尚更。
「だめ、でしょうか……」
しょんぼりとそう言う前田に、慌てて大典太は否定する。
「そんなことはない!ああ、お前がいいならそうしよう」
「そうですか、では是非!ええと、明日は空いてますか?」
「明日、は、出陣があるが、あさってなら」
「ではあさって、昼前にここで集合でいいですか?」
「ああ。ではあさってに」
目を合わせるのは苦手なくせに抱きしめることに抵抗のない大典太は、約束確かに結んだぞという意思表示のために、前田の躰をぎゅっとひきよせて強くハグした。
ハグして背中をぽんぽんと軽くたたいたあと身を離せば、前田がぼうっとした様子でいたからそれを不審に思った大典太はひとつ首をかしげた。
「どうした?」
「……その、今日は、随分と忙しい一日だなと思いまして。」
「そうか。ではゆっくりと休むといい。ではな」
そう言って大典太はすっと立ち上がってどことなく満ち足りた気持ちで自室へ戻っていった。

見送った前田は一人顔を覆いながらひとり悶えていた。
「すっごいあったかくてふわってしてた……なにあれ……すごい……絶対誰にも渡さない……」
人があまり通らないとはいえ廊下でごろんごろんする前田を、柱の陰からそっと見守っていた平野はそっと笑いながら、
「誰も彼をとったりなんかしませんよ」
と呟いて、そのままそっとその場を離れて打刀棟に向かった。
人数の多いそこなら前田のデートプランの参考になるような素敵なデートスポットが紹介された雑誌があると確信して。






嫉妬する前田君が書きたかっただけのお話。
これを書くためにお茶をちょこちょこ調べてて、うっかり水出し緑茶にはまりました。おいしい。