刀剣乱舞 前典





成績優秀で学級委員もこなすクラスの優等生、前田藤四郎には皆には秘密のアルバイトがある。
ほんのちょっとだけ恥ずかしくて、でも楽しくて、今日はあの場所に行くんだと思うと内心ずっとそわそわするような、そんな趣味を兼ねたバイトが。

今日も、クラスの友達に遊びに誘われ「家で勉強するので」と断ってさっさと帰宅した。
「前田はほんとにまじめだなあ」なんて半分呆れたような声を背中に受けたけど、気にもしない。今日はかっこよくてかわいくて大事な人と会う日だから。
帰宅した前田は玄関にランドセルをおいて、靴も脱がないまま「お隣へ行ってまいります!」と声をかけてからすぐさま家をとびだしていった。

「大典太さん、前田藤四郎、参りました!」
ちょっとだけ背伸びしてチャイムを鳴らしながらそう声をかければ、すこしした後に扉が開く。
「よくきたな、前田。今日も頼む」
ぼそぼそと言いながら迎える男は、美形で長身ながらも猫背で口がへのじに曲がった不機嫌そうな顔をしている。しかしそれが、自分が来て迷惑をしているという意味ではないということを前田は十分知っている。
この陰鬱を全身で表現で表現しているような男・大典太光世は単純に感情が表情に出づらいだけでやさしい人。そうでなければ、あんなに愛らしくて美しい作品を作れるものか。



若きデイトレーダー・大典太光世は、もともと無趣味だった。
元から人見知りで厭世的だったのもあって外に出ることはあまりなく、不動産収入や個人投資で十分食べていけるだけの収入があったが、とにかく時間を持て余していた。
たまに遊びに来ていた彼の兄弟が
「一日中ぼーっとしてるのが別に悪いとはいわねえけどさ、ちょっとは創造的な趣味でも持ってみたらどうだ?」
と言うものだから、確かにそうだ、と思って始めたのがビーズアクセサリー作りだった。
何故そんなラブリーティックなものを始めたのかと言えば、ほんとうに偶々だったとしか言えない。インドアなまま安く材料をそろえられるものをと思って検索した結果、ふと見たネット上の記事がそういったものだったのだ。
道具や材料をすべて通販で買い求めて始めてみると、丁寧に時間をかけて集中して何かを作るということは彼に合っていたのか、半日もすれば初心者にしては十分上等なビーズアクセサリーが出来ていた。
それにたいそう機嫌をよくした大典太は、そのまま創作活動を続けて手を広げていき、ついには洋裁まで独学で学び、ドール用のドレスを作るまでになっていた。
そうなると今度は、それらの収納場所に困ることになった。
アクセサリーを作りたい欲は大いにある。しかし増えていくそれらをしまう場所がない。売ればいいとは早々に気づいてはいたが、他人とやり取りするのは面倒だ。そもそもこんな大男がこんなかわいらしいものを作ってると知られたら気持ち悪がられるだろう。
そんなことをぐるぐると考えながら、最新作の指輪をなんとなくポケットに突っ込んで散歩がてら夕飯を買いに外に出たところ、自販機で飲み物を買う際財布を出したときに指輪までぽろりと落ちたのを拾ったのが、隣に住む前田藤四郎だった。
小学生らしくきらきらしたものに目のない前田は、それを拾って美しさに目を取られぼうっとしたあと、落とし主に返さねばと追いかけて返した。
隣に住んでるとはいえそれまでたいした交流のなかった二人の縁はそこで始まった。
これ落としましたよ、きれいですね、僕もほしいなあ、どこで買ったんですか?
そんなことをまくしたれたれて、子供の扱いに不慣れな大典太は、その子供に全てを白状することにした。趣味で自分が作っている、しまう場所に困っている、それが気に入ったならあげよう、と。その場限りの嘘をつくより、この賢そうな子供に打ち明けたほうが幾分か楽そうに思えたからだ。
すると前田は興味津々に大典太の部屋に行きたがり、しょうがないので招き入れて全部見せた。わあ、と作品群に目を輝かせたこの少年は、見た目通りにとても賢く、ネット上で売る方法を提示した。なんだったら彼自身がその宣伝役を担うから、と。
だんだんと増えていく作品群に困り果てていた大典太には、その幼い少年が提示する条件がとても魅力的に見えた。ならば、とブログとツイッターのアカウントだけを作り、あとは前田に任せて、個人情報を漏らさない範囲なら好きなようにやってくれ、と丸投げすることにした。
責任感が強くまじめな前田は、独学で個人通販の勉強に真剣に取り組み、結果、思った以上の評判を受けた。
写真をきれいに撮ってアップしたほか、前田自身がモデルとなって子供やドールへの着用感を示した構図を撮り、欲しいという人に対して窓口となってメールでのやりとりをするようになった。
ついでに、男一人では入りづらいという手芸屋についていって、居心地の悪さを緩和する役目も担うことにもなった。

これに関しては前田が個人的に大変だけど楽しいと思ってやっていることだけども、大典太はそれ以上の恩義を感じているのかバイト代と称して日給500円を渡していた。最初は1万だったのを、そんなにもらえないと前田が固辞して下げて下げて下げ続けた結果の金額である。
事実、前田は報酬なしでもいいと思っていた。
本来は縁のない二人に縁を結んでくれたこと、大の大人がこんな子供を頼ってくれること、顧客とのやりとりが無事に終わったとき大典太がやさしく笑んで頭を撫でてくれること、それら全てに感謝していてむしろおつりがくるくらいだと思っていたからだ。
そのときには前田にとっての大典太は、ただのお隣さんでもなく、意外な趣味を持つバイトの上司でもなく、やさしくて繊細で可愛らしい大好きな人になっていた。



そんな「好きな人」が、今日は普段とどこか違う様子であることに気づき、声をかける。
「大典太さん、何か落ち着かない様子ですけど、どうかしましたか」
直球に訊ねれば、大典太はぎくりと背筋を伸ばした。
「お客さんに何か言われましたか?僕の応対が悪かったのでしょうか?」
「い、いやそんなことはない。お前は何もミスをしてはいない。完璧すぎてありがたいくらいだ」
「では何をそんなにそわそわしているのですか」
純粋にそう訊ねれば、ほんとうに俺は隠し事が向かないな、と大典太はひとり呟いた。
「お前が気を悪くするかもしれない、ということは重々承知で言うのだが、一度見てほしいものがあるんだ」
そう言って、通いなれた部屋の奥の押し入れの襖を大典太は開ける。
そこには小柄なトルソーと、それに着せられた華やかな白いドレスがあった。スカートや襟の縁には華やかな刺繍とビーズ細工があしらわれている。その首元にはパール系のビーズで作られたティアラがひっかかっていて、トルソーの足元には、菓子の箱で雑に作った思われるボール紙の器の中に、丁寧で繊細なつくりの薄く白い手袋やブレスレット、指輪が入っていた。
「わ、わわわわ……!すごい、これすごいですよ大典太さん!」
「そうか。気に入ってくれてよかった」
「誰かからオーダーメイド受けて作ったんですか?わあ、ほんとうにきれいです!これなら多少ふっかけても許されるレベルです!親戚に商売の得意な子がいるんですけど、適正価格つけてもらいましょうか」
あまりに褒めたたえるものだから大典太は少し申し訳なくなりながら白状する。
「そのドレスはな、お前に似合うデザインとサイズで作ったんだ」
「えっ!?」
「一度だけでいいから、着てみてくれないだろうか。あと、本当に図々しいのを承知で言うんだが、もしよかったら写真も撮らせてくれないだろうか」
あまりに意外すぎて驚き固まった後、前田はやや申し訳なさそうに苦笑した。
「あの、僕、確かにちょっと髪は長いですけど、男ですよ?」
「勿論、知っている。黒いランドセルを背負って家の前の道を通ってるお前を、5年以上前から見ているからな」
「知ったうえで、これを……?」
「ああ。嫌なら、今後のことも気にしないで、断ってくれて構わない。俺が一度見て見たかっただけなんだ」
心底申し訳なさそうに、そして上目遣いに惚れた相手に言われて、応えられないような男は男じゃないと前田は思っている。
つまり、即答で承知した。着ることも、撮ることも。

「採寸された覚えはないんですけど、なんでこんなにぴったりなのでしょうか……」
肩幅や腰の位置、手袋の指先の長さまでぴったりなドレスを着ながら前田はそうつぶやく。
ドレスの背中の大きなリボンを結びファスナーを引き上げていた大典太は、不思議そうに首をかしげた。
「日頃見ていれば、わざわざ採寸なんかしなくてもこれくらい作れるだろう」
「……。なぜ大典太さんがこちらを本職にしないのか、本当に不思議ですよ」
「そうか?――たとえこちらを本職にしたとしても、お前がいなきゃ交渉がなりたたないのだから、すぐに失職してただろうな」
そんなことをさらりと言うものだから、前田の抱えていた恥ずかしさは承認欲求や達成感を満たされたことですぐさまかき消されてしまった。

こんな雑多な部屋で撮影などしたくはないという大典太と、クラスの皆に見つかるような場所に出るのは嫌だという前田の主張の間をとって、二人は少し離れた公園に行くことにした。
ひとけのない、でもドレスの白が映える芝生のある小さな空間といったらそこだったのだが、隣に教会があったことは二人にとって驚くべき誤算であった。
せっかくなので、とそれを背景に大典太は写真を撮ることにした。
言われるままに前田はポーズをとり、大典太は一眼レフでそれをとらえる。
満足げなため息をついた大典太が、
「ああ、きれいだ。ほんとうに。人のサイズのものを作るのは案外大変だったんだが、この瞬間に全て報われた。ありがとう」
などと言うものだから、過剰なほどに嬉しくて舞い上がってしまって、それを抑えようと頬を紅潮させて黙り込む前田を、大典太はさらに撮った。

ひととおり終わったあと、そろそろ帰ろうかという段になって、前田は言う。
「ひとつ、やってみたいことがあるんですが。いいでしょうか?」
「ああ。俺にできることなら」
あまりの即答に前田はひとつ苦笑しながら、では、と言って大典太のそばに近寄った。そして撮影のためにかがんでいた大典太の手を取り、目をつむる。
「僕、前田藤四郎は、伴侶となるあなたを、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」
一度は聴いたことのある有名な誓いの言葉を、さらさらとそらんじる少年に、大典太は瞠目して驚くばかりだった。
「あなたは、どうですか」
閉じられていた瞼がゆっくりと開き、はしばみ色の瞳が大典太をじっと見つめ眼光が貫く。子供のお遊びというにはあまりにも真剣みを帯びた誓いの言葉を、これ以上ない真摯さでそっと委ねられた。花嫁の姿をしているとは思えないほどに、少年ながらの男らしさがそこにはあって、ごっこ遊びかとからかって振りほどくにはあまりにも重かった。
遊びとは思えない説得力が時間差でじわりと押し寄せて来たが、拒む術も気もない。とられた手を前田の手ごともう片方の手で包み、目を閉じる。
「俺、大典太光世は、伴侶となるお前を、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓う」
そう言葉にして目を開けば、愛を誓った相手である少年は目を見開き頬をこれ以上ないほど紅潮させていた。
「い、良いんですか」
「何がだ?」
「あの、遊びに見せかけて言質をとってしまおう、なんて浅はかな考えで言い出したことなのですけど」
「遊びだと思っていたら言わない。お前が真剣なのをわかった上で、その想いに応えたいと思ったのだが」
「そ、それでは、あの、これをもらってほしくて……」
前田はドレスの胸元からちいさなビーズの指輪を取り出した。
「思いがけず立派な指輪をもらってしまったので、僕からのはみっともなく見えるかもしれませんが……」
そう言いながらその指輪を大典太の左手の薬指にはめようとし、その第一関節が通らず止まった。
「はは、すいません。あなたみたいに目算で寸法とれなくて」
そして小指に嵌めなおし、それも第二関節のところで止まったが、大典太はそれだけで十分すぎるほどの充足感を得ていた。
「これは、お前が作ったのだろう?俺なんかがもらってしまっていいのか」
「あなたにこそ、もらってほしいんです。あなたのまねっこをしただけの、未熟なつくりですが……」
「ああ……うれしい。こんなにうれしいことがあったのは、何年ぶりか……もしからしたら今までで初めてかもしれない」
「ほめすぎですよ」
「ほめすぎなものか」
そう言って大典太はちいさなビーズの指輪を夕日にかざして、ふわりと笑む。
「誓いをして、指輪を交換して、次は誓いのキスでもしようか」
やわらかな顔のままそう言われ、前田は動揺する。
「え、あの、その、良いのですか?えっと……」
「そうか、ではファーストキスもまだな歳だったな。では、これで」
瞬間、前田のやわからかな頬に大典太はそっと口づけをおとした。
「いつかお前が、自分の道を自分で選択できる歳になったとき、まだ俺を好きでいてくれるならお前の伴侶となることを誓おう」
返された言葉の重みに暫しぼうっとした前田は、大典太の首筋にかじりつくように抱きついた。
「ああ、ほんとに、すっごくうれしいです!」
「そこまで喜んでもらえたなら俺も嬉しい」
「僕、おとなになったら絶対迎えに行くので、それまで待っててくださいね!」
「ああ、わかった」
抱きついてきた前田の背中を、なかばあやす様にぽんぽんと叩きながらゆるく抱きしめる。
大典太はこの少年にずっと前から特別な感情を持っていた。厭世的な彼が自分のテリトリーに招き入れてもいいと思ったところからすでに特別だった。
そこから思いがけず長い縁が続いたけれども、前田はもう少しで中学生になる。そのころにはこんな割の悪いバイトなどやめて、同級生との交流に専念するようになるだろう、という予測があった。
だからこの日この時に、今のうちと思いながらドレスを作ったのだ。
愛の誓いを前田の口から聞くとは思わなかったけど、嬉しい誤算だった。自分が彼を特別に想っていたように、彼も自分を特別に想っていたとは思わなかったから。
だから、このほんのわずかな幸せを、受けれるだけ受けておこうと思った。
自分よりもっと魅力的な人が彼の前に現れるまで。


故に、数年後。
「大典太さん、貴方をもらい受けに来ました!もちろん、了承していただけますよね?」
高校の制服を着、卒業証書の入った筒を手にしたまま、大典太の家に駆けこんだ前田青年に、死ぬほど驚くことになったのだった。






お題箱にて「攻めが女装する結婚式」というお題にて書かせていただきました。
ジャンルカプ指定なかったので最近イチ押しの前典で書いたのですが、一名前典沼に引きずり込めたようなので満足です。