刀剣乱舞 髭膝





髭切と膝丸は、とても仲の良い兄弟である。
どれくらい仲が良いかと言われれば、端的な指標として例えると、二人とも大人のなりをしているのに同じ布団で共寝をするほどである。つまりそういう関係である。

勿論、最初は同室ではあるもののきちんと別々の布団で寝る普通の兄弟だった。
そこから千年のときの中で鈍麻していた感情を叩き起こされ、人の身を得てはじめて得る感覚などの圧倒的な情報を学んでいくうちに、お互いを兄弟として以上の情と執着で愛していることを知ったのだ。
自覚してから相手もそうであることに気付き確認するまでには相当なすったもんだがあったが、それは割愛する。
お互いを意識しすぎて上手く喋れずよそよそしくなってしまったり、そのことに悩んだり、嫉妬の鬼になったり、戦場で修羅になったり、それはもういろいろあったので。

過去のことは置いておくとして、この兄弟は今は晴れて恋人同士だ。同衾する仲である。
ただ、同衾はしているが、そこにあって然るべき情交は一度たりともしていないのだった。



髭切はそれについて「愛情の器の大きさが違うんじゃないかなぁ」と、考察している。

膝丸の愛情表現は分かりやすい。兄への好意をいつでも何度でも繰り返し表現してくる。仲間からも審神者からも「膝丸は二言目どころか一言目から『兄者』だ」と呆れられるほど。
浴びせられるほどのそれを、髭切は暑苦しいともうるさいとも思ったことは一度もない。ひとつひとつ余すことなく受け取って胸の中に大切にしまっていくのは作業は幸せの一言に尽きる。
それは椀子蕎麦を腹におさめていくことに似ているとも思った。

膝丸の愛情表現をそう例えるとするなら、髭切の愛情表現は大盛のどんぶりだ。
弟を「好きだなぁ」と思ったひとつひとつを胸の中にためていって、二人きりになったとき、大きくまとめてそっと差し出す。お前のここがきれいだよ、こんなところが素敵だよ、お前のためにこんなことをしたいな、今度一緒にあれをしようよ。そういったことを外で言わないのは、それを他の誰かに聞かれたら、愛しい弟をその誰かに取られてしまいそうな気がしたから。
その感情が、日頃自分がいけないと言っている『嫉妬』に起因していると知ったのは案外最近だ。でもそれでいいと今は納得している。膝丸を一人占めしたい気持ちに嘘はつきたくないから。

そしてこの器の大きさの違いが彼らの今の大きな弊害となっている。
そっと少しずつ貯めたどんぶりいっぱいの中身を椀子に注げば、当然溢れて、その勢いで器は傾き倒れるだろう。
つまり、髭切からの愛情を一気に与えられた膝丸は、倒れて失神するのだった。いつも。すぐに。何度でも。
兄からの愛情を受け止め慣れない弟のキャパシティの小ささこそが、ふたりの仲の進展への弊害だった。



「ほんとうに、大丈夫なんだね?」
寝巻きの着流しを着て、布団の上で向かい合わせに正座しながら、髭切は問う。
「だ、大丈夫、だぞ、兄者……!今回こそは!頭の中で何度も試行した。覚悟は、できている」
膝丸は今にも腹を切るのではないかという面持ちをしているが、これからしようというのは恋人との情交である。その表情の固さに髭切は苦笑して、今日もだめかも、と思った。口には出さないが。
「じゃあ、するよ、いいね……膝丸」
堪えきれない熱をのせて名を呼べば、膝丸はぽぽっと頬を染めて頷いた。
最初期は名を呼んだだけで赤面し倒れてたことを思えば進歩したと思う。(というか、わざと忘れたふりをして弟をからかう遊びをしていたのを、その当時は深く反省したものだった)
初心な反応の様子を見つつ、次は口づけへ。唇で唇に触れ、最初は吐息をそっと奪うような、徐々に舌を絡め歯列をなぞるような深さへ。薄目で弟の様子を伺えば兄の求めに応じようと頑張って眉根にしわを寄せていて、そのいじらしさに髭切は内心で小さく笑った。すべて任せて流されてしまえばいいのに。だけどそんなことできないところがまた愛おしい。
膝丸が一生懸命口づけに必死になっている隙に、着流しの帯を解いてはだけさせると、さすがにびっくりしたのか膝丸は唇を離して慌てふためいた。
「あ、兄者!?」
「なに?先、するんでしょ?」
「する、が……ああ、想定してたよりもずっと恥ずかしいな……」
赤い顔を反らす弟の頬に口づけて、頭を撫でる。
「もうちょっとおとなしくしてておくれ、恐くないから。ほら、いいこ、いいこ」
これから無体をはたらくくせに、どの口が恐くないなんていうのか。
そんな自嘲の笑みは、弟を宥める笑顔の下に隠した。

ちゅ、ちゅ、と落とす唇は頬から徐々に耳元へ。頬と同じ色で赤くなる薄い耳がどうにも愛しくて、思わずかぷりと咥えれば、ひゃ、と一段高い声がした。
「ふふ、かわいい」
「あ、あに、じゃ……」
琥珀の目をとろとろに潤ませているのを横目で見、満足げな顔をしながら髭切は続ける。
「しっかりしててかっこいいお前が、こんなに可愛くなるところ、他の誰にも見せないでね」
そう言って首筋の側面、短髪の弟なら服を着てさえ見えるだろう場所をべろりと舐めて強く吸う。狙い通りそこに小さく薄赤く花弁が散ったのを確認して、ほうっと息をつきながら呟く。
「ああ、これでお前は僕だけのものだ」
瞬間、髭切の着流しの裾をすがるように掴んでいた膝丸の手が、ぱたんと力なく布団に落ちる。
ありゃ、とその手の行方を見、膝丸の顔を見、肩を軽く揺すって反応がないのを見、髭切は深く深くため息をついて弟の首筋に顔を埋めるようにして突っ伏した。それを咎める者はいない。当の本人が、意識を白い闇の向こうに飛ばしてしまったので。
「今日は大丈夫って、言ったじゃない……」
恨みがましく猛った下肢を膝丸のむちっとした股に擦り当てるも、当然ながら反応はなく、空しくなってやめた。
落ちてしまってもこの身体を好きに使っていいという許可は出ているが、中身の伴わない肉の器が追い求める快楽に何の意味があるのかと思っているので、そんなことはしない。
それでも燻る欲望をやりすごせなくて、花の咲いた首筋をかぷかぷ噛みながら弟の太股を擦って下肢をゆるやかに慰めるようなやんわりとした行動は繰返している。背徳感と快感がないまぜになった、この感情の名は知らない。
ただ今回は期待も大きかっただけに、口惜しさも募る。その強い衝動は無意識に犬歯に力を込め、弟の首筋に小さく穴を空けた。
「あっ……まずいかな、これは」



仕様上傷は自然には塞がらないため、軽傷扱いとして手入れ部屋に運び込んだところ審神者に「お盛んなのは結構だけど、流血沙汰はほどほどにね?」と言われてしまい、髭切はそっとため息をついた。お盛んなことはなにひとつとしてしていない、というのはお互いの矜持のため審神者にすら秘密にしていたので。
愛する弟に寄り添って頭をそっと撫でながら回復を待つ。やがて手入れ時間が終わって、膝丸はゆっくりと目を覚ました。
「あ、あにじゃ……?ああ、俺は、また……すまない、兄者。俺がふがいないばかりに……」
「気にしなくていいよ。ゆっくり慣れていこう」
「そう言ってもらえるとありがたい。牛歩のようではあるが、少しずつ進んでいるつもりなのだ」
「うんうん、一番最初のころを考えると見違えるようだ。お前がきちんとなれるまで僕はちゃんと待つからね」
兄として懐の深さを見せねばと思っているために、にこにことした笑みを繕ってそう言う髭切に、膝丸は気の抜けたようなふわりとした笑みを返す。
「ありがとう、兄者。もうちょっと、なんだ……、あと、ひ、ひ……」
「ひ?」
「ひゃくねん、ほど、待ってほしい、その頃には、ちゃんと兄者を受け止められるようになってるはず、だ……!」
絞り出すような弟の宣言に、髭切はごふっと血を吐いて倒れ伏す。いくら千年生きた刀とて、愛するひとを目の前に百年のお預けは、気の遠くなるような苦行にしか思えなかった。
脳裏でさまざまによぎる思い出の数々をぼんやり見ながら「ああ、これが死ぬ間際に見ると聞く走馬灯かあ……一度くらいはちゃんと情を交わしたかったなあ」と思いながら、髭切は意識を放り投げた。

兄が目の前で倒れたことに動揺し錯乱した膝丸が、審神者や手入れ部屋の妖精を驚かせたことも、そのことによって『お盛ん』だと勘違いした本丸の仲間たちに呆れられたことも、気をやってる髭切には当然与り知らぬところであった。






普段自分ばかり好き好きオーラだしてるお膝が、兄者から好きの表現をもらったらぶっとんじゃうんじゃないかなあと思って。
かっこいいのに兄者のこととなると残念な子になるお膝が好物です。