普独・パラレルシリアス ※ 人形師ギルベルト×人形こるつ 夜の帳が落ちる中、眠りながら静かに涙が滑り落ちるギルベルトの頬を、ルートヴィッヒの小さな木製の手がそっと撫でる。その感触に目を覚ましたギルベルトは起き上がって、するりと落ちた木製の手にあたたかな手を添える。 「やめろ、ルッツ。湿気で関節が窮屈になっちまうぞ」 そう言えば、ルートヴィッヒはむずかるように首を振った。 「兄さんが泣いているのに、その涙も拭えないなんて嫌だ。なあ兄さん、どこか痛いのか? 苦しいのか?」 「違うんだルッツ。大丈夫だから、だからもう部屋に戻っ――」 「それとも、寂しいのか?」 幼い声の問いに、ギルベルトの喉はぐっと詰まる。その一瞬の沈黙を肯定と受け取ったルートヴィッヒは、そうか、と一言呟いた。 「兄さんは、寂しいんだな。人間は愛する人と、楽しいことは分かち合って、苦しいことは半分こにすると、本で読んだ。でもおれは人形だから、ヒトじゃないから、兄さんの苦しみを分かち合えないんだ。すまない……」 「それはお前が気にすることじゃねえよ。俺は大丈夫だ、ちゃんと一人で乗り越えるからお前は部屋に戻って寝るんだ」 もう一度言ってもルートヴィッヒはギルベルトのベッドの傍から離れようとはしなかった。そして、ぽつりと寂し気に言う。 「おれが兄さんの恋人になれたらよかったのに」 その一言がギルベルトの胸をまっすぐ刺す。恋人になれたらよかったのに。このこどもはその意味を分かって言っているのだろうか。きっと知らないだろう。知るはずもない。つがいの鳥が身を寄せ合うような睦まじい光景しか思い浮かべてないのだろう。兄と慕う創造者がどんな乱暴な想いを抱いているかも知らないで。 「ひとりにしてくれ、頼む」 煮えたぎる感情を堪えてたったそれだけを低く言えば、何かを察したのかルートヴィッヒはさっと退いて悲しそうな顔で、おやすみ、と挨拶だけして退室した。 幼い頃亡くした弟そっくりに創った人形がいのちをもって動き出したときは、信じてもいない神に大いに感謝したものだった。だけど今は恨む気持ちしかない。 昔から潜在していた弟への性愛は、ルートヴィッヒが動いて喋ることによって意識に顕在してしまったからだ。けどもルートヴィッヒの身体は木製だし関節は球でできている。どうがんばってもヒトにはなりえないし、ヒトと人形は結ばれるはずもない。 あまりに静かな夜にはルートヴィッヒの夢を見るようになった。亡き弟とまるきり同じにヒトの身体をもったルートヴィッヒを愛情をもってちからいっぱい抱きしめると、とたんに木片となって砕け散る悪夢を。そしてそんな夜は決まって目を覚ますと、球体関節のルートヴィッヒが心配げな顔でこちらを見下ろしているのだった。 はあ、と苦く熱いため息をギルベルトは吐き出す。 無意識に愛していた弟の精密な人形を創ることは、こんな出口の見えない迷宮に放り込まれるほど罪深いものだったのだろうか。 何かの診断メーカーで書いたものでした。 兄さんがルッツさんの創造主である設定はロマン |
普独・パラレル 「ルッツの写真撮りてえ」 普段は鳥をはじめとした野生生物を撮るのを生業としているギルベルトが弟にそう言ったのは、ほんの思い付きだった。あえて理由を付けるなら、部屋の掃除をしていたら昔使っていた人物撮影用レンズがたまたま見つかって、使いたくなったからだ。 しかし、写真を撮られ慣れているはずのプロのモデルであるルートヴィッヒの表情は苦い。 「え、なに。プライベートでまで被写体になるの嫌か」 「嫌ではないが……きっとつまらないぞ」 「ンなワケねえだろ、ほらちょっとだけだからそこ立て」 ちょっとだけ、のつもりのはずだったのに、三十分経ってもそれは終わらなかった。というのも、ギルベルトがカメラを構える度にルートヴィッヒがさりげなく視線を逸らして、そのたびにカメラを下ろすというのを何度も繰り返しているからだった。 モデルなだけあってルートヴィッヒは横顔も大変に美しいけども、今撮りたいのはそうじゃない。鳥と違って目が正面にあるのだから正面から撮りたいのだ。 「コラ、こっち見ろって言ってんだろ」 「兄さんにそうやってじっと見られると恥ずかしいんだ……」 「本職なのに照れてんじゃねえよ! あーもう、五……いや三秒だけこっちむけ。いいな?」 「三秒だな。わかった。――いくぞ」 何か覚悟を決めるように目を瞑っていたルートヴィッヒは、ギルベルトの合図で目を開く。 一、二。さん、と心のなかで数え終わろうとするとき、ふいにその青い瞳が柔らかい光で満たされた――とギルベルトは思った。シャッターチャンスを逃さないその指が的確にその一瞬をとらえる。しかし次の瞬間には逸らされ、あの柔らかくきらめいた光は消え失せていた。 今のは何だったのだろう。太陽光のいたずらか、幻覚かなにかか。幼い頃、初めて肉眼で大海原を見た時のような感動と興奮が津波のように押し寄せた感覚が胸に残り、どきどきと鼓動を高鳴らせた。混乱した頭でただひとつ確信を持てるのは、今の一瞬の表情はギルベルトが見たどんなものより美しいということだけだった。 「……兄さん、もういいか」 知らず茫然としていたギルベルトは、その一言で意識を現実に引き戻された。 「お、おう」 「兄さん、どうかしたのか」 「いや、なんでもねえよ。――なあ、ルッツ」 「ん?」 「お前……あー、いや、いい」 「そうか?」 怪訝そうに首を傾げてから、ルートヴィッヒは元いた部屋に戻る。その背中を見送ってから、ギルベルトはモニターを見て深い息をついた。そこにはほんの少しだけ笑んだ弟の世界一美しい一瞬を確かに切り取った証拠が残っている。ルートヴィッヒが載ったどの雑誌よりもどの映像よりも美しい、魂ごと惹き込まれる一幅の絵のような一瞬が。 そして少しの思考の後、彼を撮ってきたカメラマンに対して憎しみにすら近い嫉妬を抱いた。 兄の俺ですら知らないあんな表情を、あいつらはずっと見てきたのか! だとしたらその記憶ひとつひとつ消して回らねえと気が済まねえ! こいつは、この表情は、俺だけのものだ! その暴力的なまでの激情が何に由来するのか、そしてルートヴィッヒの柔らかい光の奥に潜む感情、プロのモデルであるはずの弟がらしくもなく恥ずかしがっていた意味。そういったものにギルベルトだけがまだ気づけないでいる。 TLに流れてきた「ファインダーをのぞく兄さん」というネタから着想したある種の芸能パロ。野鳥写真家って設定勝手につけたけど少し気に入ってる。 |
ギルッツ・ラブコメ プロイセンは写真が好きだ。しかし下手の横好きとでもいうべきか、腕前がいいとは言えない。一番重要なところで邪魔が入ったりピンボケしている。それでも好きなものは好きらしく、挑戦をやめはしない。 「ヴェスト! 記念に撮るぞ!」 「兄さん!? なんでここに!」 ヘアアレンジをテーマにした撮影にドイツが出る際、プロイセンもついていってついでに髪をセットしてもらっていた――というのをドイツは知らず、背後から現れた兄にひどく驚く。 「ビックリさせようと思ってよォ! ほらほらこっち向けって」 プロイセンはスマートフォンで自撮りの姿勢をとってドイツの肩を抱き寄せた。ドイツが普段と違う緩いオールバック姿の兄にどきどきそわそわと落ち着かずちらちら伺いみてることに、目の前のカメラを向いているプロイセンだけが気づいていない。 「いくぞー、1・2・3、ケーゼ!」 パシャ、という音と共に、画面が撮った画像のかたちで静止する。しかしプロイセンの方はいい笑顔なのにドイツはカメラの方を向いていないし妙な表情だった。 「こっち向けって言ったのに。ほら、もっかい」 パシャ。今度は手ブレが激しい。 「もっかい!」 パシャ。今度は飛んできた小鳥にピントが合った。流石に動揺は落ち着き、少しの呆れと共にドイツはひとつ溜息をつく。 「兄さんは本当に写真が下手だな……ほら、俺に貸せ」 プロイセンの手からスマートフォンを取って、同じようにドイツは構える。 「手を伸ばし過ぎなんじゃないか? これくらいの距離で……見切れるな、もう少し……よし、これくらい」 プロイセンの肩をぐいと引いて、ほとんど頬が触れそうなほどに近寄る。いつも人前では塩対応気味な弟からの急激で積極的な接触に、どきまぎしながらプロイセンは気合で視線をカメラに向けた。 「いくぞ。1・2・3、ケーゼ」 パシャ。今度こそきちんと二人はカメラ目線で、表情はやや固めだがブレずボケず写真が撮れた。けども、距離が近い。恋人同士かというくらい近い。 「……」「……」 なんともいえない沈黙の後、ドイツは無言のまますっと画面に指を滑らせる。そしてタップする直前、プロイセンはスマートフォンをばっと奪い取った。 「おい!」 「お前今消そうとしただろ! そうはいかねえぞコレ家宝にするんだからな!」 「しなくていい! 消させろ!」 「ヤダ! こんなキレイなツーショットとか今後ぜってえ撮れねえもん!」 迫ってくる手を振り払いながら、プロイセンは瞬く間に画像に保護をかけ複数個所のサーバーにバックアップを取る。ぎゃーぎゃーとやりとりする二人の顔は不自然なほど赤い、ということにやはりお互いだけが気づいていない。 こうやってまたひとつ、近い友人に「お前たちまだ付き合ってなかったの!?」と言われるエピソードを、彼らは気づかぬまま積み上げていくのだった。 公式グッズの新規絵に触発されたフォロワさんの絵に触発されて。 あんなゆるふわセットな弟さん見たらそりゃあ兄さん写真撮らざるをえないでしょ。 |
ギルッツ・甘め 兄さんがしきりにめをこすっていることに俺はふと気づいた。少し前からそんな仕草を見ていたが、埃でも目に入ったのかと思って「あんまりこすると目に悪いぞ」と声をかけるだけだったのだが、どうにも頻度が高い。 「最近どうしたんだ、目がかゆいのか?」 問えば、兄さんはううんと唸ってまた目をこする。力を加減しなかったのか少し目が赤い。 「なんかここんとこ視界がチカチカすんだよなあ」 「え、なんだそれは。眼病か」 「そう思って病院行ったけど、なんともないって言われてビタミン剤だけもらった」 「じゃあ眼精疲労とか?」 「それも考えてゲームとか読書も結構控えてんのに全然軽くならなくってさぁ。むしろ増してるって感じ。まあ昼間は割となんともねえんだけど」 「夜だけか、ふむ……花粉症だとか日光がきついだとかにしては時間帯が妙だな」 元々医療が得意分野だっただけあって、素人が思いつきそうな手程度だったらさっさと打っているあたりが流石兄さんだが、逆に本人に分からなければ俺に分かるはずもない。 「ほんとさっきからずっと視界がちかちか眩しいんだよ。妙に鮮やかで心臓も妙に落ち着かねえ感じするしさ。なあヴェスト、照明の明るさ上げたりしてねえよな?」 「むしろ前より暗いぐらいだが、これ兄さんが下げてたのか」 「おう、あんまり眩しくて。今もヴェストがすげえキラキラ光って見え……あ」 「どうした」 「お前だ、ヴェスト。お前が近くにいるときだけこんなに世界が眩しいんだ」 やっと謎が解けたと言わんばかりのさっぱりした顔でそう言われ、俺は驚くことしかできない。 「俺がいるときだけ、視界が鮮やかでキラキラ輝いてるだって」 「おう」 「その上心臓が落ち着かない感じがする、だって……?」 「そう、だけど?」 俺が何にひっかかっているのか分からず困惑するばかりの兄さんを俺はじっと見つめてしまう。『恋をすると世界が輝いて見える』なんて俗説が思い浮かぶのは俺だけなのだろうか。でもまさかそんな訳が。そんな、あまりにも俺に都合のいいことが本当に起こる訳なんて。 恋をすると世界が鮮やかにきれいに見える、みたいなやつ何度でも書いていきたい。 |