お題:食べ物 庭にせっせと設置した炭火コンロに網をかけ、肉を隙間なく埋めればじゅうじゅうと焼ける音とおいしそうな匂いがする。匂いは記憶を想起させやすいというが、この煙と肉の混ざったバーベキューの匂いを嗅ぐと、毎年「ああ夏が来たんだなあ」と実感する。 室内からピクルスだのフルーツだのグラタンだのを楽しげに持ってくる弟を横目に、プロイセンは先に肉を焼いて出来次第皿に盛っていく。準備が終わったらすぐにビールで乾杯できるようにだ。もちろんビールは傍のクーラーボックスで充分に冷やしてある。勿論室内の冷蔵庫にも。 匂いは記憶を想起させる。いつも夏は騒がしいが昨年はひどかった、というのをプロイセンは思い出してしまった。 彼の恋人であり愛する弟であるドイツは、地方に住む他の兄にとっても可愛がりたい末弟だ。夏になると地方の彼らはベルリン郊外にしょっちゅう寄ってきてはバーベキューをしたがり、酔いに乗じてドイツにべたべた触れる。その度にその手を追い払うのだが、一対一だったらガードできても束になると流石に一人では無理があるし、総じて酒癖の悪い傾向がある彼らが酔ったのなら猶更だ。ガードの煩さに腹を立てた兄達は勢い余ってプロイセンを縛り上げ口を塞ぎ庭の片隅に放り出した。持ち前の馬鹿力で抜け出したが、脱出するまで目の前で酔った彼らと更に酔った恋人がべたべたするのを目の前で見させられた。 そんなことを思い出してしまった。 親の仇を目の前にしたかのような険しい目つきで肉を焼いてる兄を、ドイツは怪訝に見る。 「兄さん、どうしたんだ……?」 「あー……ちょっとヤなこと思い出してた」 「こんなきれいに晴れた青空と肉とビールの前ですることじゃないだろう。ほら、用意できたぞ。乾杯《プロージット》!」 「おう、乾杯《プロージット》」 ジョッキを飲み干し思わず笑顔になるドイツに、プロイセンは渋い顔を向ける。 「なあヴェスト、今年こそ飲みすぎには注意しろよな」 「……自分に出来ないことを俺に求めるな」 「うう、ごもっともだぜ」 しょぼんと項垂れた兄の姿に、ドイツは首を傾げるばかりだった。 |
お題:制服 ファッションにおいて、わざとジャストサイズを外した服を着るのがおしゃれとされることがままあるが、軍服や制服のようなフォーマルなものはジャストサイズのものが一番洒脱で立派に見えるものだ。そして上官が立派であれば部下の士気が上がる、ということをプロイセンはよく知っていたし、それを可愛い弟に教えていた。 「お前がかっこよくしてれば皆がんばれるんだぜ! だから俺様がお前をかっこよくしてやる」 まだ少年の姿だったドイツの採寸をしながら、プロイセンは頻繁にそう口にしていた。 とはいえ、それは本音半分建前半分だ。単純にプロイセンの趣味のひとつが弟を着飾ることでありドイツの採寸をすることだったので。この愛する弟は兄馬鹿を抜きにしても、少年らしい可愛さを内包しながら精悍で凛々しく、フォーマルな恰好がとても似合う容姿をしていた。そんなのカッコイイ服着せない訳にはいかねえだろ?とのプロイセンの言は、諸邦の兄達と意見が一致するところであった。 ドイツが大人の容姿になってからも、凛々しさはいよいよ増し雄々しく立派で更に軍服制服が似合うようになった。有名ブランドにデザインから依頼して仕立ててもらったことだって何度もあった。しかしそのときも採寸はプロイセンが手ずから行った。それがプロイセンの趣味であったし、恋人という関係を結んでからは「人に見せたくない」という独占欲もあったからだ。 「お前はほんとカチッとした恰好が似合うよなあ! 誇らしいぜ」 うっとりしながらメジャーを操りメモをとる兄を、ドイツは半ば呆れたような顔で見る。 「兄さんだって似合う方だろ」 「ヴェストに比べたら見劣りするぜ。その代わりカジュアルは俺様の方が数段カッコイイけどな!」 「まあ、それは認める」 「ケセセ! ??あれ、お前まだ成長期だったか?」 「おい、俺がこの姿になってから何年経ったと思ってる」 「まだ一世紀経つか経たないかくらいだろ」 「兄さんの尺度で言うな。人生の三分の二をこの大人の姿で過ごしてるって言っているんだ。で、何があった?」 「身長は前から変わんねえのに、お前のおっぱいが成長し続けてんだけど」 「おっぱいではない、大胸筋だ。……まあ、鍛錬は欠かしてないからな」 「俺個人としてはヴェストのおっぱいが豊かなのは大歓迎だけどよ、そのうち持ってるシャツ入んなくなるかもなー」 気軽に言いながらプロイセンは採寸を続け、それをドイツはほんのり頬を赤く染めて顔を逸らした。昔から兄は彼に「お前は本当にかっこいいな」と言い続けていた。だからその期待に応えようとフォーマルが似合う大人になろうと努力を欠かさなかった。兄が望んだようになろうとするのはドイツの弟としての習い性のようなものだった。 プロイセンが「ヴェストのおっぱいが好き」というから、ほとんど無意識に胸の鍛錬を重点的にやっていて少々育て過ぎてしまった、ということにドイツはこのとき初めて気づいたのだった。それを口にすると兄が調子に乗りそうなので、決して言いはしなかったのだけど。 |
お題:雨 つい近年に「ペトリコール」と名のついたらしい雨の匂いは、インドアな行動を思い起こさせる。なるほど、|岩《ペトロ》のようにじっとしていろ、ということなのだろう。 それはつまり雨の匂いが香る日は、活動的な趣味を数多もつプロイセンが読書に耽る日であるということだ。 リビングのテーブルの上に本をどんと積んで、その一番上の本を手に取ってプロイセンはソファに沈み込む。そこからあっという間に本の世界にもぐりこんだのか、ドイツが声をかけてもほとんど生返事しか返さないようになった。いつも読書するときは自室や書斎でなのに、リビングでしようと思ったのは何かそういう気分だったのだろう。ドイツは推測することしかできないが、察するなりに空気を読むことにした。 雨の音をBGMにクーヘンでも作ろうかと思っていたのだが、匂いが集中力を削ぐといけない。とりあえずコーヒーを二人分淹れて片方を兄の前に置けば、本に目を落としながらカップに手を伸ばすのが見え、ドイツはひとつ微笑む。 そしてもう片方を同じテーブルに置き、プロイセンと同じソファに座ってリビングの本棚から抜き取った一冊を開いた。何度か読み返したレシピ本だが、料理する度にアレンジを重ねるので初心を思い返すのにちょうどよい。リラックスしながら眺めるに適している。集中しすぎない程度の本をぱらぱらを捲っていると、隣でじっとしていた気配がだんだんそわついていくのを感じた。ちら、とさりげなく視線を向ければ、ルビー色の瞳とバチンと目が合う。 「……なあ」 「ん?」 「お前がこんなに近くにいるのに本しか読まないの、すげえ勿体ない時間の過ごし方してねえ?」 先に本を積んだ兄がそう言うものだから、ドイツはくすくすと含んだ笑い声をあげた。 「俺と同じ気持ちを持ってもらえて何よりだ」 |
お題:動物 いくら付き合いが長くても些細なことで初めて知ることはあるものだ、と久しぶりに実感する。今時小動物に触れる機会なんてなかなかないしと思って、ふれあい動物園に連れて行ったらヴェストが及び腰になっていたものだから。 「あんな小さないきもの、下手に力入れ過ぎてしまったら怪我させそうで怖いじゃないか」 言われてみれば確かにヴェストは大人になってから小動物にはあまり触れてこなかったように思う。家にいる犬たちは中・大型犬だし、ことりさんは主に俺の傍にいるからヴェストはあまり触れていない。時々出入りする猫たちも大きさ的に大人だ。好む動物だって大きな動物ばかりだったように思う。 なるほど、なるほど。へえ? なら、お兄ちゃんとしてはその苦手克服させてられねえとな? なんて建前で片手で子ウサギをさっと拾い上げて、ぐっとヴェストの片手を引っ張ってその掌に載せる。声にならない悲鳴が上がるのが面白くてたまらない。 「フ、へ、ケセセセ! こんなちっちゃなウサギ一匹にびびんなって」 「いや、だって! ああああ怖い怖い怖い! 骨が! 細い! 内蔵の動きが伝わ、あ、ああああ……!!」 ヴェストは口だけ早口に動く彫像のようになってしまったようにその体勢のまま動けない。そのビビりも、ちいさなものを傷つけたくないという優しさからきているのだと思えば可愛さがあふれて仕方ない。 でもあんまり固まったままなのもかわいそうなので子ウサギを掌からひょいととりあげて自分の手に載せる。人懐っこいのか豪胆なのか、あちこち連れまわされても大人しくしてるコイツはなかなか見どころがあるやつだ。 「兄さんは、平気なのか」 「ん? 別に?」 「そうか。すごいな……」 なんもすごいことなんてねえよ、と口元で笑う。まあ、ウサギの一匹や二匹、日常的に捕まえて食ってたしな、なんてことは言わないでおいた。 |
お題:和服 ある日、ドイツが仕事から帰ると自宅の庭で武士が刀を振っていた。あまりの予想外の後継に驚いて固まっていると、気配に気付いたのか武士がゆっくりとこちらを向く。 「おう、ヴェスト! おかえり」 兄だった。 「……ただいま。色々ツッコミたいところがあるんだがツッコミきれないから説明を求めていいか」 「ああ、コレ? コレはアレだ、コスプレってやつ」 「コスプレ!? ……ああ、もしかして兄さんがこの間やってたゲームの」 「ご明察」 プロイセンが先日プレイしていたゲームで、中世の日本を舞台にしたアクションゲームがあった。あまりにも映像のクオリティが高く実写映画のようで「今時はすごいんだな」とこぼすと、「時代に置いてかれた爺さんみたいなこと言ってんなよ」と隣の八百歳に笑われたのは記憶にあたらしい。 「日本と通話しながらゲームしてたらよ、主人公たちの鎧かっこいいよなあって言ったら『資料渡すので作ってみませんか』って言われて、気が乗ったから作ってみた。寄越された資料に古文書のスキャン混ざってたのにはびびったけどな。読めねえよ」 「部屋に引きこもってばたばたやってたのはこれか。器用なものだな」 「だろー? これ中の着物や袴も自分で作ったんだぜ! 西洋《コッチ》と違う作り方でちょっと慣れるまで時間かかったけど面白かった」 被った兜で見えづらいがプロイセンがこの上なく自慢げな顔をしている。その反対にドイツは些か眉根を寄せて口を曲げた。この鎧のために長いこと放っておかれたのかと思えばあまりいい気分はしない。兄がせっせと制作に時間を費やしている間ドイツは暇で犬たちの世話くらいしかすることがなく、三匹は随分毛並みが良くなった。 「ヴェスト、日も沈んで涼しくなったしチャンバラしようぜ! お前の分も作ってあるからよ!」 「……は?」 返事も聞かずプロイセンはさっさと家の中にもう一揃いを取りに行った。 結果、二人はぴかぴかの犬たちに見守られながら、涼しい夜に場違いなほど汗をかくまで二人は鎌倉武士ごっこを楽しんだ。 そしてドイツの不機嫌はいつの間にか消し飛んでいた。 |