短文まとめ

普独・シリアス
芋姉妹・ほのぼの
芋姉妹・ほのぼの
普独・ほのぼの
普独・ほのぼの


ギルッツ・シリアス

町はずれの丘にぽつんとある小さなロボット工学ラボ。そこにギルベルトは暮らしている。かつては彼の弟と二人で、後に一人で。そして今は――

ずっとディスプレイを見つめていたギルベルトは、ぎゅっと目を瞑ってからぐーっと背を伸ばす。背や肩がばきばきと音を立て、プログラミングに熱中するあまりいつのまにか猫背になっていたことにぼんやりと気づいた。壁時計を見れば昼食すら摂っていなかったことに気付く。
「ようやくきりがついたんだな、博士」
ドアの方を見れば、金髪をきれいになでつけた青年がマグカップをひとつもってそこに立っていた。気配もなく人影が部屋にあるのにも多少は慣れた。
「おう、なんとか。悪い、待たせたなヴェスト」
「大丈夫だ。一服したらダイニングに来てくれ。昼食は温めなおしておく」
「頼んだ」
ヴェストと呼ばれた青年はマグカップをギルベルトのテーブルの上に置き、少しだけ笑みをこぼしてから部屋を去っていった。そのマグカップに触れれば、湯気はたっていないもののぬるすぎない程度に温かく、カフェラテがたっぷりと入っている。苦すぎるものがやや苦手で猫舌気味のギルベルトの好みに合わせたものだ。
「……未来の俺はとんでもねえもんを作っちまったんだなあ」
ここ数日で何度も思ったそんな感想を呟きながら青年が去っていったドアを見つめる。どこからどうみても人間にしか見えなかったかの青年の、本当の名前は「W-5-19T」、開発者がつけたあだ名が「ヴェスト」だそうなのでギルベルトもそれに倣って彼をヴェストと呼んでいる。正体を、三十年後のギルベルトが完成させたアンドロイドだと、彼は言った。
未来のギルベルトは人間とそっくりのアンドロイドを完成させたのだが、その直後研究による無理がたたって病に倒れ早世したらしい。その命を少しでも延ばそうと、ヴェストは当時テスト試行段階まで進んでいるタイプスリップ技術を使っていまのギルベルトの元に来たのだそうだ。確かに彼が来てからまともな食事にはありつけるようになった。かつて弟と暮らしていた時と同じ程度には。
「だから、どうしてもお前の影を追っちまうんだよ、ルッツ」
弟の名を――二年前に事故で亡くした最愛のひとの名を呟き、ギルベルトは虚空を見上げた。



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芋姉妹・ほのぼの
※学パロ

久しぶりに一緒に歩く帰り道、今日は特に寒くて風が吹くたびに二人そろって首をすくめる。猫背になりながら歩いていると、唐突に背筋を伸ばしたのはユールヒェンの方だった。
「そうだモニカ! お姉さまが直々に冬の幸せを教えてやるよ!」
そう言うなリモニカの手を引きながら近くのコンビニに駆けていく。引かれる方はその勢いにつんのめりながら文句を言った。
「こら、帰宅中の寄り道は校則違反だぞ、姉さん」
「センセに見つかんなきゃ違反のうちに入んねえって」
「屁理屈な……」
こういうときの姉は行っても聞かないことを知っているモニカは、ひとつ溜息をついて寄り道に付き合うことにした。

「ピザまんひと――いや、二つ!」
「袋おつけしますか?」
「だいじょぶです」
ユールヒェンは瞬く間に買い物を済ませてコンビニを出る。そして扉付近で待っていたモニカにピザまんを片方渡した。
「はい、モニカ。一緒に食べよ」
「今? ここで?」
「そ! 寒い中であったかいの食うのが美味いんだよ」
言いながらユールヒェンはさっさと包みを開けて薄橙のそれにかぶりつき、緩んだ顔になる。早く帰りたいのに、と思いながらモニカも姉に倣ってほこほこ湯気を立てるピザまんを一口かじった。
ほんのり甘くやわらかい生地と甘辛いピザソース、それにとろりと濃く融けたチーズの味が口いっぱいに広がって、その美味しさにモニカは青い瞳をめいっぱい丸くした。その様子を見つめる赤紫の瞳が、とろりと優しく細められる。
「な?」
得意げな姉の笑顔に、モニカは驚きのまま頷くしかできない。口にしたものを飲み込んでふうと吐く息がさっきよりも白さを増した。
たった今すぐそこで買った高校生の小遣いでも買える安さのピザまんが、なんだかすごいもののように見える。二口、三口、と食べると、知らずのうちに寒さと空腹に荒んでいた心が宥められ頬が緩む。
「これがお姉さまとっておきの冬の幸せだ! ああ、でも――」
ユールヒェンはモニカを見てニッと笑う。
「今日食べたのが一番美味いな」



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芋弟妹・ほのぼの

昨日からずっとモニカはむくれている。原因は休日だったはずの昨日に急に仕事が入ったからだった。厳密に言えば、急に入った仕事のせいで兄弟姉妹四人で行くはずだったサーカスにひとりだけ行けなかったからだった。
一枚で四人分使える半額券をルートヴィッヒが貰って来たのが一月前。開催期間内で四人そろって休める日を都合したのが三週間前。そのときからモニカはひっそりと楽しみにしていたのに、当日急にふいにされたのだから拗ねもする。しかし急な出勤の理由が部下のフォローのためだったからあまり責めるわけにもいかず、だからといって上司に当たるわけにもいかず、公演を思う存分楽しんできてあれがよかったこれが凄かったとわいわい話す兄姉に水をさすわけにもいかず、半ば悲しいくらいの気持ちになってモニカはむっすりと黙り込んでいた。
「そんなに楽しみだったのか、モニカ」
クーヘンの載った皿をモニカの目の前に差し出しながらルートヴィッヒが問う。
「……そりゃあね」
「あまりそういう風に見えなかったし、呼び出されたのはお前だったから行かせてしまったが、俺が代わりに行けばよかったな」
「あなたが貰ってきたチケットなのに、全部譲ってもらったら悪いでしょ」
供されたクーヘンをぱくりと一口食べれば、寂しさでささくれだった心がさわやかな甘さで少しだけなだめられる。そう、寂しかったのだ。奇跡的に仲がいいきょうだいと言われているけど揃って出かける機会などなかなかなかったから、その折角の機会でひとりのけ者になってしまったのが寂しかった。今更友達と行こうにも公演日数はあと僅かで急に都合はつかないし、一人で行くには味気ない。
「あーあ、私も行きたかったなあ」
溜息と共にそう呟けば、ルートヴィッヒは少しだけ迷ったような仕草をしてからクーヘンの皿の隣に二枚綴りの紙を差し出す。
「実はな、無料券ももらっていたんだ。ただ、ペア券だからどうしようかと思っていて、貰い物を更に誰かに譲るのも気が引けてな」
目を丸くしてチケットと弟を交互に見れば、彼はほんの少しだけ頬を緩めた。
「最終日に一緒に行こう。兄さん姉さんには内緒だぞ」
『内緒』だなんて子供っぽくも甘い響きに熱く胸が躍る。ひとときの幻想の世界に向ける期待のスパイスとして、それはとても素晴らしく聞こえた。



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普独・ほのぼの

紆余曲折あって彼らがお付き合いを始めようとしたとき、真っ先にドイツが不安に思ったのは「経験がない」ということだった。恋愛に関しても、それに伴うあらゆる行動に関しても。
「にいさん、その……俺は……」
言いよどみながらそれだけ口にすると、プロイセンは柔らかく笑みながら愛する弟の頭を優しく撫でた。
「そんな迷子みたいな顔すんなよ。俺だって男と付き合うのなんか初めてだけどさ、俺たちのペースでゆっくりやっていこうぜ。俺が手ぇ繋いで進んでやるから、任せておけ」
男女どちらの経験もないドイツは「男と付き合うのなんか」という言葉に、女性とならあるという意味なのか、どちらも無いのに虚勢を張ってみせたのかなんて思った。けども、そのどちらにしても特に気にすることではないと思った。自分が未経験なことを兄が教えてくれるという確約ができただけで、ほっと安心した。兄が自分に物事を教えるのは昔から変わらない。今回もそうだっただけだ。慣れた状況に置かれることは、そわそわと落ち着かない心を随分と宥めたし、それを見越して兄がそう言ったのだろうということは容易に想像がついた。
果たしてその行動はつつがなくうまくいった。手をつなぎ指を絡めること、挨拶以外のハグや身体接触を増やすこと、唇へのキス、そして躰を繋げるところまで。恥ずかしがり屋のドイツのペースに合わせてそれぞれを増やしていき、セックスのときにはしきりに気遣ってくれた。痛くないか、ここ気持ちいいか、なんて頻繁に訊いてくるのは一周回って羞恥プレイかなんかかと思ったけども、心底気遣う顔をしていたから照れを押し殺して正直に訊かれたことに答えた。
上手くいったあとプロイセンは随分とほっとした顔をしていたけども、ドイツはひたすらに「兄さんはすごいな」と思っていた。自分だったらきっとこんなに気遣いやリードはできないだろう。素直にそう口にすれば、いつも褒められたときみたいにニヤニヤするでもなく、たいしたことないとでもいうように淡く笑っていた。


その意味を、ドイツは手元にある本を見つめて理解した。
書斎の一番奥の本棚の上に載っていた段ボール箱。埃をかぶったそれの中身を検めてみれば『好きな子の落とし方・ドイツ人男性編』『男同士の付き合い方・初級編』『男同士の付き合い方・セックス編』なんてタイトルがぞろぞろと並んでいてぽかんとした。しかもそのどれもが読み込んだようによれよれで、セックス編なんてドッグイヤーやマーカーまで使用された痕跡があった。この本をいったいどれだけ読み込んだのだろう。「任せておけ」と言ったその口の向こうにどれだけの努力があったのだろう。
しかしもし立場が逆だとしたら、ドイツもきっとこの行動とそっくり同じことをするはずだ。大丈夫だ任せろと言い、マニュアルや文献を読み込んで。同じだけの余裕をもって気遣いができるかどうかは分からないけど。
本に頼る行為を恰好悪いとは思わない。ただただ、愛されているな、愛されていたんだな、と思うばかりだ。そしてドイツは兄への愛ゆえに、段ボール箱をそっと元の位置に戻した。自身も経験が乏しいのに弟を安心させ導いてやるのが兄の愛ならば、努力を隠したがる兄のそれらをみないふりをして尊敬の念をより深めることこそが弟の愛だった。



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普独・ほのぼの

学生の制服を復活させようという動きがある。若者の個性を損なうという理由で廃止されたのだが、同じ服を着ているくらいで損なわれる個性など本当の個性ではないという考えと、単純に着る服を選ばなくて済むという利便性からの話だった。しかし近年LGBTの問題もあることだから、よりおしゃれでユニセックスなものを、という理由でサンプルがドイツ邸にも届いた。
生粋の軍人たるドイツとしては水兵<セーラー>服が女学生が着るものとして認知されていることがいまいち納得がいかないが、機能性という点における美には納得している。
とりあえずサンプルを着てみたが、モチーフが軍服であるからかこの身体に似合わないこともないように見える。少々涼しげすぎるのはこの国の気候に合ってないのではないかとは思うが。
「ヴェーストぉー!! 飯できたぜー! あれ、何着てんの?」
騒々しく現れた兄にドイツは経緯を説明した。
「日々着るものがカッコイイと士気は上がるよな! 軍服なんてその最たるものだぜ」
確かにそういった心理を使っていた時代もあった。そしてプロイセンはまじまじと水兵服の弟を見、にんまりと笑う。
「でも士気を上げるならもっとカッコイイ方がいいぜ! これサンプルなんだろ、俺様が改良案出してやるぜ!」
「え、ちょ、兄さん?! これはほとんど最終案で……おい!」
プロイセンは制止も聞かず上機嫌に弟を飾り付け、最終的には水兵さのかけらもないゴテゴテとした服が出来上がった。
(この腕章や階級章らしき諸々のアクセサリーは学生の制服には向かないだろうな)
そんな感想は、弟をかっこよく飾り付けて満足げな兄の笑顔の前では飲み込んでおいた。



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