短文まとめ

普独・パラレル
芋兄妹・日常
普独・シリアス
芋兄弟・人間パロ


普独・パラレル

意外に器用な指先は慣れた様子で刃物を繰って、林檎の上でしゃくりと赤い蛇を作る。病院のベッドの上でそれをぼうっと眺めながら、久しぶりにルッツのアプフェルクーヘンが食べたいなと思った。退院した後にでも。
「いつかこうなるんじゃないかと、思っていた」
軽やかな林檎の音とは対照的な重い口調で、ルッツが言う。俺も実はそう思っていた。いつか女に刺されるだろうな、と。それだけ派手な遊び方をしてきた。
でもそんなこと言えず、あえて気楽に笑ってみせる。
「最初っから遊びだって言っておいたんだけどなぁ? ちょっと長いこと付き合いすぎたみてえだ。まずったぜ」
愛する弟は俺の笑いにつられてはくれず、渋面をさらに渋くした。
「そろそろ落ち着いてくれないか。そんな身を削る削るようなことばかりしないでくれ。心配なんだ」
「……考えておく」
嘘だ。きっと俺は死ぬまでこうだろう。もしくは、実の弟に抱いてしまった恋心を手放せるときがくるまで。きっとそんな日はこないだろうけど。



19.7.19





芋兄妹・日常

「兄さん、今日という今日は許さないぞ!」
「お前が何を言おうと俺は間違ってねえ! ここだけは譲らないからな」
「過保護もいい加減にしてくれ! 私はもう大人なんだぞ」
「大人だからこそ心配してるんじゃねえか!」
喧々諤々と口論するギルベルトとモニカという図は、普段なら考えられない。彼らは仲のいい兄妹として有名だからだ。
けどもモニカにも譲れないことがあった。兄が心配性なのは充分知っていたが、アリーチェと桜と一緒におでかけしてるときにストーキングのような真似をして見張ってくるなんて思いもしなかった。本人は隠れているつもりらしいが、モニカを含む全員にバレていた。そのときの二人の顔と言ったら! 「過保護な兄をもって大変だね」という呆れ半ばの笑顔は、モニカには「いつまで兄離れできてないんだ」という呆れに見えていた。
しかしギルベルトにも言い分はある。最近治安が悪化したのか、犯罪が増えたと聞く。特に女性を狙った痴漢や露出狂が増えたらしい。そういうのは女性が複数人集まっている程度じゃ躊躇しないのもよく知っている。男がすぐ助けにいける距離にいなければ防げないし反撃できないのだ。
暫し睨み合い、沈黙。その後に、モニカはすっと目を伏せて深くため息をついた。
「兄さんは、私を信用してないのか」
「信用? 信用も信頼もしてるぜ」
「だったら、もっと信じてくれ。私はもう子供じゃないし、危険なことに頭をつっこんだりなんかしない」
「そりゃわかってるけどよ……」
「それに、私は不逞の輩に絡まれても反撃できる力はあるし、そもそもこんなに背が高くて肩幅もあるような女を狙う奴などいないだろう」
呆れ交じりの発言に、ギルベルトがくっと眦を吊り上げる。
「あーーー!! だからお前はッ!! その慢心と油断があるから俺が心配するんじゃねえか!」
二人の口論は平行線をたどるしかないようだ。



ワンドロ参加作品
19.9.23





普独・シリアス


最初はほんの些細なことだった。俺の融通の利かなさと兄さんの鷹揚すぎるところがかみあわなかった、些細な喧嘩。それが何故だかヒートアップして、ほとんど売り言葉に買い言葉のような状態になっていた。
「ほんっと、かわいくねえやつ!」
そんな中で放たれた一言に、ひどく怯んだ。言葉に詰まった隙に兄さんはダンダンと大きな足音をたてて自分の部屋に戻っていった。

たくさんの兄達に可愛いと愛されて育った自覚はある。その中で兄さんには一番可愛がられたということも。こんな図体になってそんな言葉は似つかわしくないと何度言っても兄さんたちは改めなかった。そういうものだと思っていた。
なのに、こんな口論で兄さんはあっさり「可愛くない」と意見を翻して突き放すのか。盤石と思っていた地面は薄氷だったような錯覚を覚える。パキンと割れた冷たい湖に落ちていく。いくら口先で永遠の愛を誓っても、ひとの心はあっさり変わるのだ。そんなこと、知っていたはずなのに。
ぽろぽろと涙が溢れる。かわいくなくて、すまない。



頭を冷やすために軽く一眠りしてから階段を下りると、すぐそこに大人ですら一抱えするほどの大きな包みがあって俺は思わず眉を顰めた。リボンの解かれていないそれの中身は、俺がヴェストにと買った白熊のぬいぐるみであり、今回の喧嘩の発端だった。
街中でそれを一目見た瞬間「ヴェストが好きそう」としか思えなくて、衝動買いした。先日大掃除したばかりだからきれい好きのヴェストは物を増やすのを嫌がるだろうな、なんて思考は簡単に吹き飛んだ。どうしても、それを抱えてはにかむ可愛い弟が見たかった。
だというのに、俺の言い分なんて一切聞かず袋の中身を見ようともせず「無駄遣い」「余計な物」「返してこい」なんて頭ごなしな言い方をされてカチンと来た。俺が小遣いの範囲内で買ったものを無駄なんて言われる筋合いなんてない。そんな切り口から始めたものだから論点はズレにズレた。思い通りにならなかった憤りに任せてひどい言葉も言った気がする。冷静になった今も、どう話を持っていけばよかったのかよくわからない。

リビングまで行くと、照明はついているのに部屋は異様なほど静かだった。使わない部屋の電気をつけっぱなしにするのはヴェストの性格上ありえないから奇妙に思ってきょろきょろしていると、ソファにその姿を見つけた。深く腰掛けたまま居眠りしているようだった。
起こさないようにそっと近寄って、ぎょっとする。安らかとは言えないその寝顔の頬に乾いた涙の痕が幾筋も残っていた。心臓が急にばくばくと音を立てて、冷や汗が噴き出す。ヴェストを泣かせたのは、きっと俺だ。俺が喧嘩のときに不用意に傷つけるようなことを言ったからだ。泣かせたかったわけじゃなかったのに。喜んでほしくて、笑ってほしくて、あのぬいぐるみを買ったのに。なんだか俺まで泣きたくなってきたのを、ぐっと堪える。
ソファの空いたスペースに座り、ヴェストの肩を抱き寄せ目を瞑る。起きたらまず謝ろう。それで、許されるなら冷静に俺の言い分も聞いてもらおう。この世の何よりも大事な弟を悲しませるくらいなら、俺のプライドなんかいくらでも折ってやる。



19.10.22





芋兄弟・人間パロ


学校から帰ったギルベルトは、リビングに弟の気配がないことにすぐに気付いた。3つ下の弟はとっくに幼稚園から帰ってきているはずなのに。
「ルッツ? どこだー!」
呼びながら一階を探し回っても返事はなく、二階まで上がってやっと見つけた。返事がないはずだ、眠っている。しかもなぜか自分のベッドではなく、両親のベッドで。
何を思ってそんなことをしたのか分からないが、いつも寝るとき傍に置くくまのぬいぐるみがあるから最初からそのつもりでここに来たのだろう。大きすぎるベッドに埋もれるように、しかしお行儀よくすやすやと眠っているのがなんだかおかしい。
「おれもおやすむぜ!」
ちょっとだけ小声で宣言して、ギルベルトは自分の部屋からことりのぬいぐるみを持ってきて枕元に置き、ルートヴィッヒの隣にもぐりこんだ。大人のベッドは子供が二人入ってもなお広々としていて、掛布団が隣の弟の子供体温をうつして温かい。
「あったけー!」
なんとなくじっとしていられなくなってもぞもぞ動いていると、掛布団がよれて手足がはみ出た。はみ出た部分はすうすう涼しいのに、心がいつまでもぽかぽかとあたたかかった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ギルベルトがルートヴィッヒの部屋にノックもせず侵入してきたのは、夜の0時頃だった。つい先ほどリビングでおやすみを言ったはずの兄が自分の部屋にやってきて、ルートヴィッヒはひどく驚く。
「兄さん!? 何してるんだ」
「暇だ! 構え!」
「こんな時間にか? 俺はもう寝る」
「なんだよ、けち!」
とっくに成人しているのに聞き分けのない子供のような振る舞いをする兄を無視して、ルートヴィッヒはベッドにもぐり目をつむった。その昔から変わらないお行儀のいい寝方にギルベルトは十五年ほど前のことを思い出して笑う。枕元にあのときのくまのぬいぐるみが飾ってあるのも昔と同じだった。その光景にふと閃いて、自分の部屋からことりのぬいぐるみと枕を持ってきて、ルートヴィッヒの枕元に置いた。そしてぎょっとした弟をよそにベッドにもぐりこむ。しかしセミダブルのベッドは成人男性が二人ねそべるにはさすがに狭かった。もぐりきれずに体半分が盛大にはみだす。
「何してるんだ!」
「ルッツにくっつこうと思って! はー、あったけー」
心底楽しそうに笑う兄に、弟はいぶかしんで首をかしげる。
「むしろ寒そうに見えるんだが」
真意をとらえきれずにルートヴィッヒはぼそっとそうつぶやいた。



フォロワさんの絵に添えた短文。
子供の頃の構図と大人になってからの構図で揃えてビフォーアフターするという企画でした。
20.3.7





5こめ




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