菊イヴァ・ほのぼの イヴァンが普段暮らすモスクワでは8月下旬ともなれば秋に入り冬の気配も見え始める頃だが、日本ではまだまだ夏の勢いは衰えない。暑さには弱いけども、この独特の湿度と熱や、それが少し引いてきた夕暮れのどこか物悲しい空気、たまに聞こえる遠くの花火の音、そういった雰囲気がイヴァンは好きだった。自分の国では早々に手の中をすり抜けてしまった夏の空気を追いかけているようで。 ただ、今の空気はちょっといただけない、と少しだけ口を尖らせた。 縁側に座って夕方の風にあたり、風鈴の音を聞きながら、大きなたらいに張った冷水に足を浸しちゃぽちゃぽとしているのは気持ちがいい。近くにいるぽちくんの毛並みもふわふわで触り心地がいいし、冷えた麦茶も用意してある。 これで好きなひと――菊が隣にいてくれたら最高に幸せなのに。そう思いながら、ちらと室内の方を振り向けば菊はちゃぶ台に向かって漫画を読みふけっていた。腰の横に積まれた山やちゃぶ台の上の本は徐々に移動しているので、所謂『積ん読』を消化しているのだろう。 漫画は菊の趣味だとは知っている。漫画を買っておきながら忙しくて読みタイミングがなかなかないのも知っているし、それを邪魔するのもかわいそうかなという気持ちももちろんある。けども。 「こんなの全然つまらないよ!」 大声で言ってイヴァンは立ち上がり、濡れた足も拭かずどすどすと畳を歩いて菊の隣にどかりと座り、その肩にぐいぐいと頭突きをした。ちょっと激しめのスキンシップのつもりだが小柄な菊にしてみればそれなりに痛く、頭突きの衝撃で本を取り落とした。その空いた手であわててイヴァンをどうどうと宥めた。 「い、イヴァンさん、落ち着いて…!」 「折角一緒に居るのになんで別々に座るの!? なんで違うことするの!? 一緒に居てよ! お話ししようよ!」 「す、すみません…私としてはもうすっかりこういう関係かと…」 その言葉にイヴァンはぽぽっと顔を赤らめるが、承服しかねる顔で最後にごつんともう一撃頭突きをかました。 「それは嬉しいけどそうじゃないのー!」 その頭をよしよしと撫でてから、菊はよいせと立ち上がる。 「菊くん……?」 「縁側に戻ってくださいな。すぐ戻ります」 言ってすたすたと奥に引っ込んでいった小さな背中を、イヴァンは不安げな目で見送った。 「ちょっと、わがまま言いすぎちゃったかな……でも寂しかったし……」 すぐ戻りますと言いながらなかなか戻ってこない菊の振る舞いが不安になり、イヴァンは盥水に足を浸しながらしょんぼりとうなだれる。同じ部屋にいて別々のことをするのは寂しいけど、一人でいるほうがもっとずっと寂しい。 謝ったほうがいいかな、そうしよう、どこいっちゃったのかな。そう思っていた矢先、家の奥に向かったはずの菊は家の外を回って庭から現れ、イヴァンは思わず驚き声をあげた。 「うわあ! 菊くんなんでそっちから!?」 「お待たせしてすいません。もう一つの盥がなかなか見つからなくて」 そう言う菊は水の張った盥を抱えていて、それをイヴァンの足元の隣に置いた。そしてその足でまた家の奥に引っ込み、氷と漫画の山をもってすぐに戻ってきた。そして、氷をふたつの盥にそれぞれ入れて、新しく持ってきた方の盥に菊も足を浸す。 「あー……やっぱりコレ気持ち良いですねえ……」 「あのぉ、菊くん?」 「はい」 「怒ってないの?」 「何故です? むしろ私の方こそ寂しい思いをさせてしまってすいません。本が焼けるのが嫌で部屋の中にいたんですが、もう日も落ちてその心配もないですし、一緒に読みましょう。面白いですよ」 言いながら1巻から数冊をイヴァンに渡して、菊は読んでいた本の続きを読み始めた。 「きみ、案外マイペースだよねえ」 「おそれいります、すいません」 詫びてる空気をみじんも出さずにそう言った菊はくすくすと笑い、つられてイヴァンも笑う。 晩夏の蝉の声と少し早い秋の虫の声が響く庭。頭上ではちりんと風鈴が鳴り、足元では時折ちゃぽんと音がする。 寄り添って座る二人の間に言葉はないけども、一緒に同じものを楽しんでいる。 たまにはこういうのもいい、と二人ともが思っていた。 ほのぼの菊イヴァ企画にひっそりと参加させてもらったものです ろっさまは剣呑に書かれてることが多いのでたくさん可愛いの見れて楽しい企画でした。 |
菊イヴァ・ほのぼの 「菊くんって動物好きだよねえ」 どこかぼんやりした声に、菊はぽちをなでていた手を止め視線を向ける。イヴァンは後ろでたまと遊んでいたはずだったが、たまが飽きたのか単純に眠いのか部屋の隅でまるくなっていて、いつのまにか暇を持て余していたようだった。 「動物、好きですよ。見ててかわいいし、もふもふした毛並みって触ってて癒されるじゃないですか」 「僕が動物に触れると怖がられちゃうから、あんまり癒されるなんて思ったことないけど」 「それは……隠しきれない色々を察知されてしまうんでしょうねえ」 ぽち達も、今でこそイヴァンに慣れているが最初は相当に警戒していたのを思い出す。 「ねえ、菊くん」 「なんでしょう」 「毛並みに触ると癒されるなら、僕がきぐるみ着てきたら、いっぱい撫でてくれる?」 「えっ」 思いがけない言葉に驚いて身体ごと振り向こうとした矢先、後ろからぎゅうっと抱きしめられる。そしてイヴァンは菊の肩に顔を隠すようにうずめた。 「ごめん、へんなこと言った」 もそもそと喋る振動と吐息が伝わってくすぐったい。 「お顔見せてくださいな」 「やだ、はずかしい」 菊は頬を緩ませながら、大きな子供のようになってしまった恋人の頭を優しく撫でる。何度も触れたことのあるごく淡い金の髪はやわらかくさらさらと指通りがよくて、動物を撫でているときとはまた違った心地よさがあった。 「寂しかったんですか? それともぽちくんに嫉妬?」 「……わかってるくせに。いじわる」 「おそれいりますすいません」 たっぷり笑みを含ませて口先だけでわびながら、抱きしめる腕の力がほんの少し緩んだ隙に身体を反転させ向かい合った。正面からみるとイヴァンの顔は思った通りに赤くなっている。 その熱い頬に手を添え、頭、襟足となぞるように撫でていく。少し手を離すと、もっとなでてと言わんばかりに手に頬を寄せるのが可愛らしい。求めに応じて、指先を耳へ、顎の下へ、そして菊だけが触ることを許されている喉に、柔らかく触れる。夕方の気温に冷えた手が、高い体温をうつしてじわりとあたたかくなる。 さっきから撫でるというより愛撫のようになっていることに、この大きなこどもはきづいているのだろうか。 「くまのきぐるみ姿のあなたも大変可愛らしかったですけども、いつも着こんでらっしゃるお洋服を脱いでいただく方が私としてはとっても嬉しいですねえ」 平然とそんなことを言ってみせれば、イヴァンはとろんと緩ませていた紫の瞳を大きく丸くした後、赤かった頬を更にぽぽっと赤くした。 「菊くんのえっち」 そんな抗議はただの照れ隠しであることを知る菊は今度こそ笑って、イヴァンの頭をひとつなでてからゆっくりと立ち上がった。 少し早い時間だけど風呂を用意するために。 菊イヴァ好きな相互さんへ誕生日祝いに即興でかかせてもらったもの。 書きなれないキャラだけど大変喜んでもらったのでよかった |