短文まとめ


前典
前典
前典
薬一


前典



大典太が本丸の中を歩いていると、縁側で座っている前田と出会った。
「前田、そこで何をしているんだ」
「鳥の歌を聞いていました」
ぴちち、と小さな鳴き声が聞こえ、ぱささ、と羽ばたく音がした。案外近くにいたらしいその小鳥は大典太が来たとたんどこかへ飛んで行ってしまったようだ。
はあ、と大きく息をついて大典太は前田の横に座る。
「悪かった。俺が来るといつもこうだ……」
「何の話でしょうか?」
「俺が近寄ると鳥がことごとく逃げていく。鳥の歌を聞いていたのだろう。邪魔をして悪かった」
「いえ、そんなこと気になさらなくてもよいですよ。暇をしていただけなので」
「そうか。なら良かった。お前は鳥の歌を聞くのが好きなようだから、いつか一緒に聞けたらとは思うんだがな……どだい無理な話か」
「大典太さんがひとの体に慣れて、霊力の出し方が調節できるようになれば鳥も逃げなくなりますよ」
「……そうだろうか」
「ええ、きっと。だからそのときは一緒に聞きましょう」
前田が請け負えば、大典太は眉の皺を少しだけ浅くし下がった口角をすこしだけ上げた。それが、大典太なりの笑顔だと気付いた前田は、にっこりと笑う。
「大典太さん、少ししたいことがあるのでちょっと目をつむっていただけませんか?」
「目を……?」
すこしいぶかしく思いながら、前田が言うなら妙なことではないだろうと信頼して大典太は瞼を閉じる。
その信頼しきった様子に少しだけ申し訳なく思いながら、前田は膝立ちになってその薄い唇にそっと唇を重ねた。
思いがけないその感触に、大典太は驚いてぱっと目を開いた。
「ああ、すまない。目を開けてしまった。前田、今のは、なんだ?」
「口づけ、ですよ。好きな相手にする行為です。ご存知ないですか?」
「蔵の外の世界のことには疎くてな。――今のをしたということは、前田は俺のことが好きなのか」
「はい。さっきの大典太さんがとてもかわいらしく見えて、好きだなあって思ったのでさせていただきました。嫌でしたか……?」
「いや、驚きはしたが嫌ではなかった」
「ならよかったです」
「しかし、かわいらしいというのは俺なんかよりも、むしろお前のような者のことを言うのではないか?」
「そうでしょうか?僕には、鳥に逃げられて落ち込んだり日々の些細なことに喜んだりする大典太さんのほうがよほどかわいらしく見えるのですが」
「不思議なやつだ」
次いで何かを言おうとして言葉を選んでいるうちに、本丸の奥から前田を呼ぶ声がした。これから出陣でもあるのだろうか。
「それでは僕はここで失礼します。これからも、あなたに口づけをしても良いでしょうか?」
「あ、ああ……」
「ありがとうございます。ではまた」

たたっと駆けていく小さな背中を見送って、大典太は口元に手を当て、先ほどのことを思い返す。
唇に触れたやわらかな感触、直後に触れた吐息、すぐ目の前にあったほほえみと柔らかく細められたはしばみ色のまなざし。それらすべてを頭の奥まで理解した瞬間、顔が沸騰したように熱くなり胸が不規則に鼓動を大きくした。
「な、なんだこれは……少し日に当たりすぎたのか?」
自身の身体の急変に驚きながら、足元をふらつかせつつ大典太は部屋に戻る。
次は自分から口づけとやらをして良いだろうか、と少し考えた瞬間鼓動がまたひとつ大きく鳴った。




ショタ攻めを書くのだとゴーストが囁いたので。

16.9.20





前典
※ ↑の後日談的な何か


休みの日ですることもなく部屋でぼーっとしていた大典太の元に前田が来たのは、少し前のことだった。
「平野から『かすていら』というお菓子を分けてもらったんです。一緒に食べませんか?」
そう言われ、縁側に並んで座り、前田が用意してくれた茶を飲みながらその菓子を食べている。
いつか口づけとやらをされてから、どうにも前田のことを強く認識してしまっているなと大典太は自分でうっすら気付いていた。そんな気持ちを他の誰かに感じたこともなく、自分にとってこの少年が何か特別なんだろうと思っている。その『特別』に何か名前があるとは気づいていないけども。
少し触れるくらいの右隣からふわりと前田の体温が伝わることに気付いて、ざわざわと胸の内が落ち着かなくなる。普段すれ違ったり見かけたりするときよりも、ずっと強く。
持っていた黒文字から手を離し、左側に置いていた湯呑を取り茶を飲む。かすていらのふわりとした甘さをその渋みは洗い流してくれたけども、心のざわつきまでは流してはくれなかった。
前田に触れたいなと、ふと思う。この不思議な気持ちの波立ちを前田に言うべきか、言わなくてもいいものか、言ってはだめなのか、行動にしてはいいのかいけないのか、と逡巡する。ひとの身体を持ってからの日が浅いからか、こういったことはどうにも疎い。
湯呑から口を離し、ふうと深く息をつくと、空いた右手をそっと掴まれた。前田の小さな手では大典太の手を握り切れないのか人差し指と中指だけだが、その2本の指から前田の手のひらの温度が充分過ぎるほど伝わって、一瞬で体温がぶわっと上がるのを感じた。
「え、いや、なんで」
なんで俺が考えていることが分かったんだ、とは言い終えられなくてうろたえていると、前田の眉根が不安げにきゅっと寄った。
「折角大典太さんの手が空いているのだからこうしたかったのですけど…駄目でしたか?」
「いや!そんなことは……!」
思った以上に大きな声が出てしまい、大典太の頬がさらに紅潮する。声量に少し驚いた前田は、一瞬後目元を緩める。
「なら、よかったです。ずっとこうしたいと思っていたので」
緩く握られていた手がちょっとだけ強く握られた。
どきどきした心臓が少し落ち着いた後、かすていらを一口食べて(黒文字は利き手じゃない方でも使えるところが素晴らしいなとふと思った)、横目で前田の表情をそっと盗み見る。
すると子供らしくふくふくした頬がほんのり赤く染まり、幸せそうに緩んでいた。その瞬間、今だ、と直感が告げた。
手をつないだまま体をかがめ、前田の唇に唇で、ちゅ、と触れる。
すぐに体を起こしたが、感じたやわらかさになぜかまた体温が上がるのを感じる。そっと前田の方を見れば、真っ赤な顔で、そしてびっくりしたような表情のまま、大典太のほうを見ていた。
「大典太さん、今のは……?」
「おまえのことが、かわいいな、好きだなと思ったから、してみたんだが……不快にさせたなら――」
「いえ!」
大典太の言葉は力いっぱい否定される。
「大典太さんからしてもらえるなんて、思ってなくて……でも、嬉しいです、とても」
「そうか」
さきほど感じた前田の唇のやわらかさを追うように自分の唇をちろりと舐めると、あの菓子と同じふわりとした甘さが舌先に残った。




前田家回想組がかわいくてしょうがない。
前典はどっちも相手を尊重しすぎてずっと清い交際をしているような印象があります。
17.1.7





前→典



「大典太さん、手入れ部屋が空きましたよ」
三池部屋の障子の外から伝達係である前田が声をかける。が、返事はない。
先の出陣からの帰還の際、「俺は軽傷だから他の者の手入れを優先してくれ。俺は部屋で待つから、空いたら呼んでくれ」と言ったのは他でもない大典太本人だ。部屋の外にいるということはないと思うし、物音はしないが中にいる気配はある。
「大典太さん……?入りますよ」
もう一度声をかけるもまだ返事はなく、前田はそろりと障子を開ける。すると、はたして大典太はそこに居た。だが、眠っていた。
二人分の布団を畳んで重ねてできた小山に背をもたれて、大典太はくうくうと寝息をたてている。上着と防具は外してはいるから窮屈そうではないが、少しゆっくりするつもりが寝入ってしまったような、本人の意図外の状態には見えた。一時的な手当てのつもりなのか、一人で巻いたらしい包帯が乱雑に左腕を包んでいてそこには血が滲んでいる。
早く手入れ部屋に行って元気になってほしいという気持ちと、疲れているなら寝かせてあげたいという気持ちが相反して前田の胸の内を占め、しばし迷う。そしてそのどちらに決めるでもなく部屋の中に足を踏み入れた。



半分座ったような形で寝ている大典太のすぐ横に、前田はそっと正座した。
密かに恋い慕うこの大きな太刀をこんな形で間近に見るのは初めてだ。
同じ敷地で寝食を共にしているとはいえ、屋外で昼寝をするのが好きな者や同室の兄弟以外に誰かの寝顔を見る機会というのはあまりない。大典太みたいに人を寄せ付けないタイプなら尚更だ。
彼だって人を警戒したり嫌ったりして人から離れているのではない。人見知りの気があるというのもあるだろうが、無意識に溢れ出る自分の霊力で他人を傷つけることを恐れているのが大きいのだろう。こころやさしいこの太刀に、鳥殺しの逸話は重く圧し掛かっている。
「大丈夫ですよ」といつか伝えたいと思っている。いや、言葉では以前伝えているのだ。それを心できちんと理解してほしい、傷つけてしまうことの恐怖や不安を取り除いてもらえたら、と思う。そして欲を言うなら、そのきっかけが自分であれば、とも。
(やさしい貴方が僕を傷つけるなんて、あるはずないじゃないですか。ほら)
無造作に投げ出されているその手に触れる。すると指先からひやりと冷たい温度が伝わってきて前田は瞠目した。そして大典太の顔をじっと見る。ただでさえ血の気の薄い顔がやや薄暗い部屋の中でさらに顔色悪く見え、ともすると死人のようにすら見える。
嫌な汗が背筋を伝うのを感じながら大典太の手から手を放し、広く空いた襟元から見える心臓の場所に手を触れた。すると今度は温かい体温ととくとくと穏やかな心音が伝わって来て、前田は大きく息をついた。
冷静に考えれば、刀剣男士がいわば「死んだ」状態で人の形を保ってはいられない。折れた刀身が残るのみだ。だからこうやって人の姿でいるということは死んでいるはずがないのに、どうにもこの霊刀はふらっと幽世に行ってしまうのではないかという不安が胸を占めて仕方がなくなったのだ。
(よかった……あれ)
そしてふと、前田は自分が大典太の「胸を触っている」ことに気付き、ぴゃっと手を放しざざっと後退った。
(いえいえいえいえ、けして下心とかではなく!純粋に心配で!心配してただけなんです!!ちゃんと生きてるのか、心配で!下心では!)
無意識に性的な意味を含む行動をしてしまったことにひどく混乱し、誰に向けているのかわからない支離滅裂な言い訳を頭のなかでわあわあと叫ぶ。ばくばくと心臓が鳴り、顔が真っ赤に熱を持つのが分かってより恥ずかしくなった。

おおきく深呼吸してどうにか心臓の鼓動をおさめ、それでもまだ顔は少しあついまま、また大典太の傍に寄る。今度は腕に触れてみれば、そちらもきちんと暖かくてほっとした。
あたたかいその腕に体ごと寄り添ってみても大典太は起きる気配がない。そしてその腕伝いに触れていって指先に触れると、やはりそこだけ別人のように冷たかった。その冷たい手を、小さな自分の両手できゅっとにぎりこむ。自分の体温を伝えるように。そうしているとだんだん温度は同化しひとらしい温度になって、そのことに前田はひどくほっとして、その安堵感に眠気をさそわれた。



「おい兄弟、手入れ部屋が――おっと」
まだ手入れ部屋に行ってない大典太と、呼びに行ったきり戻ってこない前田を不思議に思ったソハヤが、薄く開いた障子を大きく開けながら声をかけ、途中で噤んだ。
仲良く支え合うようにして寄り添ってすやすやと眠る二人がそこにいたからだ。
大典太と同室の彼は寝顔など何度も見たことはあるが、それでもここまで安心したような顔で眠る大典太は初めて見た。常に寄っている眉間の皺は、今に限ってなだらかになっている。
「なんだ、兄弟もそういう顔できんじゃねえか」
そう小声でつぶやいて笑ったソハヤは、ちょうど先日審神者から支給された連絡端末を取り出す。そして内蔵されたカメラ機能を起動させて、二人の寝姿を写真に収めた。シャッター音は最小限にしていたために二人とも起きる気配はない。
「しかし思わず撮っちまったけど、こんな姿見せたなんて知ったら、兄弟羞恥で死にそうだなあ」
くつくつと笑いながらソハヤは端末をそっとポケットにしまう。
無意識のうちに睦まじく寄り添って見えるその姿を知る者は、本人たちすら知らず、彼だけの秘密になった。




でんたがほぼ喋ってないのを前典というのは若干詐欺な気がしないでもないけど、心意気的には前典です。
自分が書く前田君はでんたを構いたがりすぎる。
17.01.23





薬一・シリアス


※ 花丸時空っぽい本丸
※ 「兄弟の中で唯一」は当時ほーちゃんが居ないのでそういう感じ


待って、待って、願って、待って、思い出を書き留めて、すこし諦めかけて、それでも待ち続けたみんなの兄がようやく来た。
一期一振がよばれたときの近侍は鳴狐で、そのことを一番に知らせた相手が薬研だったのは、弟たちの誰よりも一期のことを待っていたのを知っていたからだろう。
隠しているつもりはなかったが、態度に出されてしまうと少々気恥ずかしい。でも夜が明ければ「みんなの」いち兄になってしまう彼を、ひとときだけでも独り占めできる時間をくれたことには感謝してもし足りないと思う。

夜目の利かない太刀である一期を、わざわざ屋根の上なんていう不安定な場所に連れて行ったのは少し申し訳ないと思いながら、それでもそうしたい理由が薬研にはあった。
ここは本丸で一番見晴らしがよくて、一番気に入りの場所だからだ。この場所の心地よさを二人で共有したかったのだ。
「いち兄はさ」
「うん?」
「言われなくても俺がいち兄の弟だって知ってたか?」
「知ってた、というのはどうだろうね。でも一目見てそうだと分かったよ」
「はは、やっぱそういうもんか。俺もな、一目見ていち兄がいち兄だって、はっきりと分かった。みんなみたいにいち兄の記憶があるわけじゃないのにな」
意図を汲み切れず一期が首を傾げたのを視界の端に見ながら、視線は空に向ける。
「俺こと『薬研藤四郎』、別名『薬研透吉光』はな、兄弟の中で唯一現物が行方不明なんだ」
「焼けた、のではなく?」
「ああ。薬研藤四郎と伝わる刀はもう現世に残ってない。だからかな、みんなが楽しそうにいち兄のことを話したり待ち望んでたりするのに、俺だけいち兄のことが何も分からなかった。でもみんながそれだけ慕ってる兄はよっぽど素敵なひとなんだろうなって思ってた」
「ふふ、なんか色々な意味でものすごく期待されてたみたいだね、私は。それだけの期待に応えられるか分からないけどね」
「大丈夫だ。もう充分応えてる」
口先の励ましかと思いくすくすと笑いながら隣を見れば、思いがけず真剣なまなざしに撃ち抜かれてぴたりと止まる。
「……どうかした?」
「いや。いち兄はやっぱり俺が思っていた以上に大人だし、頼れる優しい兄だ。ここに来てからのほんの少しの時間過ごしただけでも分かったよ。それに想像してたよりもずっときれいなひとだ」
「え?」
「晴れた夏の空みたいな髪も、冬の太陽みたいな瞳も。派手だって言ってたその服だって、よく似合ってる」
「なんか、口説かれてるみたいだな」
「みたい、じゃねえさ」
一期がその言葉の意図を訊く前に薬研は続ける。
「なあ、さっき甘えていいって、言ってくれたよな」
「え、ああ……」
「なら、これっきりにするからさ、今だけ俺だけのいち兄になってくれよ」
え、と問う間すら許さずに唇に淡くやわらかいものが触れる。その、ほんの一瞬の不意打ちじみたその触れ合いに意識がすべて持っていかれた。
「いち兄は運がいいな。今日の月は、今までで一番綺麗だ」
低く呟くような言葉をどこか遠い気持ちで聞きながら、促されるように視線を空に移せば、そこには確かに綺麗に輝く月が見えた。
でもそれよりも、唇に触れる前に見えた射貫くような藤色の光の方がよりずっと綺麗に見えたし、胸にずっと残り続けるだろうという予感が一期にはあるのだった。



花丸放映中にぐわっときたけど形にならなかった話を今更書く。
BD見たらニキが月が綺麗ですね的なこと言っててヒョエッってなりました。
17.03.19