短文まとめ

膝髭?+義経主従
髭切(髭膝?)



膝髭?+義経主従


ふわっと桜が舞い、細身の美青年が現れる。
「源氏の重宝、膝丸だ。ここに兄者は来ていないか?」
そこにゆっくりと歩み寄る、彼にどこか似通った白い影がひとつ。
「兄はここにいるぞ、弟よ」
「兄者!!こうやってまた会えるとは……」
「むしろ僕はずいぶんと待ちくたびれてしまったよ。ははは」
にこやかに話しながら、膝丸の胸中には一抹の不安がよぎる。
仲の良い兄弟であるという自信はある。あるけども、兄からまともに名を呼んでもらえたことがほとんどないのもまた知っていた。
再会したときにこれまでの名前の変遷まで含めて自己紹介したのがいけなかったのか、単純に髭切の記憶力に問題があるのか、実際のところを膝丸は知らない。ただ、良くて「吠丸」や「蜘蛛切」といった古い名前で呼ばれ、悪いと直接「えっと、なんて名だったかな」と訊かれるのだ。弟の名すら忘れた状態で今まで仲良く話していたのかと思うとやるせない思いになるが、細かいことを気にしないのも兄の美点だと思って持ち直してきた。
だからこそ、次の瞬間時が止まったような気すらしたのだ。
「まあこうやって来てくれたのだから、細かいことなんて気にしない気にしない。ようこそ、膝丸。これからよろしくね」
「えっ……」
「どうかした?」
髭切はきょとんとした顔で首をかしげるが、首をかしげたいのはこちらの方だ。これは本当に膝丸の知る髭切そのひとなのだろうか。
「兄者……俺の名前……」
「ああ、今までよくど忘れしていてすまなかったね。いくら気心の知れた相手と言えど名前を忘れるなんて失礼極まりないと、えーっと誰だったかな、まあ誰かにひどく叱られてしまってね。弟の名前くらいはきちんと覚えることにしたんだ」
「兄者……!」
思わず感極まってぎゅうと兄を抱きしめる。
髭切のやわらかい声音で名を呼ばれたことが頭の中にずっとこだまして、心の臓が痛いくらいに鼓動を打ち、身体中の熱が顔に集まってきているのではないかと思うくらい頬が熱い。名前を呼ばれるのがこんなにも嬉しいものだなんて、初めて知った。
「僕の弟はあまえんぼさんだなあ」
と髭切は照れくさげに言いながら、しかし優しく頭を撫でてくれるものだから、鼓動も熱もさらに激しさを増した。



上機嫌に桜を吹雪かせる兄弟を、少し遠くで見つめている大小の影が一つずつ。
「どうしましょう岩融」
「うん?」
「ひとがこいにおちるしゅんかんを、はじめてみてしまいました」
「ああ、まいったな」
髭切に、弟の名前くらい覚えておけと忠告したのは、なにを隠そう彼らである。前の主の縁がある膝丸のことをあまりに不憫に思ったからだ。とはいえ、当たり前のことを言っただけのつもりだったが、まさかそれが恋のきっかけになるだなんて思いもしない。
「ぼくたちは、すこしまずいことをしてしまったのですか?」
「どうだろうなぁ。まあ、恋愛禁止令などが布かれているわけでもなし、放っておいてもよかろう」
「それもそうですね」
同性だとか兄弟だとかの障害など些事とばかりに考えもせず放っておく彼らもまた、平安刀らしく実にマイペースなのであった。




弟者の兄者ラブっぷりに感銘を受けたついでに、兄者難民に捧げた短文。
後半の義経主従パートは完全に趣味。

16.01.04





髭膝?


ふわふわと意識と無意識の境を漂いながら、髭切はゆっくりと考える。
誰かにここで待っているように言われたような気がするのだけど、誰だっただろうか。とにかく迎えを待てばいいと聞いた。
さて、外がなにやら騒がしい気がするのだがあれがもしかして迎えの者だろうか。しかしこの夢うつつの状態が居心地よくて出ていくのが億劫だ。もう少しここに居座っていよう。

こうやって一人でうつらうつらとしていると、なんとなしに弟のことを考える。あの自分より低くて通りのよい声でひとこと兄者と呼ばれれば、この夢の中から出て行こうと思える気がする。あの弟に呼ばれれば。
そこまで考えて、はて、と髭切は思い至る。あの大切な弟の、名前はなんだっただろうか。自分と同じように名前をころころと変えているから、今はどんな名だったか頻繁にど忘れしてしまうのだ。千年も刀をやっていると細かいことなどどうでもよくなって、偶に自分の昔の名前すら忘れかけてしまう。
弟の名は……確か薄緑、だっただろうか。名の通りに淡い緑いろの髪から覗く、自分と似た面立ちを思い出す。少しつった眼は凛々しさを感じさせるのに、こと髭切のことに関してはくるくると表情を変え、改めて名を聞くとひどく悲しげに眦を下げ、時には泣いてしまうのを彼は知っている。その表情の変化がまたかわいらしくて、ときにはわざと名前を間違えて呼んでみたりするのだ。気心が知れているからこそやってみる悪ふざけだけど、あまりそれが過ぎると弟に嫌われてしまったりしないかと心配になる。
それとも、吠丸、だっただろうか。彼が大きな声を出すとき、くっきりと尖った犬歯が見えるのが本当に吠えているように見えるのを思いだした。あれがまた自分にはない鋭さがあって格好いいのだ。でも時々あれが不思議な愛嬌を見せているのもまた髭切は知っている。おもむろに弟の口に指をつっこんで、あの牙のような犬歯に触れたいと思った。きっと彼は戸惑ったような困ったような顔をしながら、なすがままになるだろう。そんなさまを見たい。

「会いたいなあ」
気が付けば思ったことを口に出していた。
胸の奥が熱くなるようなもどかしくなるような、落ち着かない気持ちに駆られる。あと1歩、何かがあればこのふわふわしたところから抜け出せそうな気がするのだけど。

「――、―――」

「おや?今、何か……」
あの懐かしい声が聞こえた気がした。気がしただけかもしれないけれど。
今一度あの声が聞こえたら出て行ってみようか。
そう思いながら髭切は少しだけ意識を現の方に寄せた。



兄者が弟者のことについて何か考えてるのっていいなって思ったふわっと短文。でも今の名前が思い出せないあたりが兄者クオリティ。

16.01.06