小夜歌 どこの本丸にも本丸ごとの格差があるという。 料理の下手な燭台切がいたり、布を投げ捨てた山姥切がいたり、さほど怠け者でもない明石がいたり、割と慣れあう大倶利伽羅がいたり。それぞれレアケースではあるが、そういうことがあるという。 だからそんな個性的すぎる個性を発揮した本丸に比べればまだおとなしい方なのだとは思うのだけど。 小夜は初期刀の部屋の障子をこんこんとノックする。本来そうするべきものかは知らないが、そうしないと部屋の主が怒るので。 「新しい刀剣男士が来ました。主が挨拶するようにと」 「またかい……ここのところ多くないか」 「それでも1ヶ月ぶりですよ」 「1ヶ月しか経ってない!」 歌仙が拗ねる気配を察知して、小夜は問う。 「入ってもいいですか」 「……いいよ」 許可が出たため遠慮なく小夜は障子を開け入り、後ろ手にそっと閉める。これでこの部屋は二人きりだ。 よその歌仙初期刀本丸の歌仙はもう少ししっかりしているようだけど、この本丸の歌仙は甘えん坊であるような気がする。それはチュートリアル鍛刀が旧知だったからなのかもしれない、と小夜は思う。それがいいのか悪いのかは別の話として。 「歌仙、そんなことでいつまでも引きこもっていたら主が困ってしまう」 ふたりきりのとき、小夜は歌仙に対して少し砕けた物言いをする。歌仙がそうしろと望んだからだ。なぜそう言ったのか、具体的には聞いていないけども、少しだけ何かを期待をするような心持ちがあるのは否定しない。 「困らせておけばいいじゃないか」 「そういうわけにもいかないよ。歌仙はこの本丸の初期刀、主の次に偉いんだ。新入りにもそう伝えておかなくちゃいけない」 「皆がそう伝えておけばいいじゃないか」 「何度も言っているけど、姿を見せることが肝心なんだよ。御簾の向こうにいるから尊いなんて時代はとうに終わっているんだから」 「うう……」 歌仙は外套にくるまれるような形でぎゅっと小さく座っている。その身体を小夜は細い腕で包み、背中を撫でる。 「何も不安なことはないから、僕がついてるから、一緒に来て。お願い」 ひとつひとつ丁寧にそういえば、広い背中に少し力が入るのが手のひらに伝わった。 そして葵色の袖がそっと小夜を包み込む。そして小夜の耳元で、ふっと吹き込むようにやわらかな声がした。 「僕は、お小夜さえいれば、じゅうぶんなのに」 その言葉ひとつひとつ、一音一音が小夜の耳を、脳を、体をびりびりと震わせる。 官能ともいえるその痺れは小夜の全身を駆け巡ってこわばらせた。 「でもそうとも言っていられないね。お小夜がついてくれるなら、行かなければ。――お小夜?」 抱きしめた腕を解いてもなおその形のまま固まった小夜の、その薄い肩を小さくゆすればぼうっとしていた目がやっとこちらに焦点を結んだ。 「大丈夫かい、お小夜」 「……うん」 「ならいいのだけど。君は無理をするようなところがあるから、体調に不安があったらすぐに僕に言うんだよ。――さあ、新しい仲間のいる場所に案内してくれないかい」 「わかった」 歌仙の手を引いて小夜は審神者の部屋に向かう。その頬はぽっぽと赤いままだったけども、きっと冬の寒さのせいだとごまかせるだろう。 ↑の前典書いたときに「短刀攻め熱がおさまらん」とか言ってたら小夜歌書いて!って言われたので。 歌仙さんの人見知り設定は小夜歌的にとても美味しいと思う。 |
小夜歌 ※ ↑の話の後日的な 明日は本丸が運営を始めて3年目になる日だ。この場所の誕生日とも言い換えられる。 明日は出陣の予定はないそうだから、本丸全体が祝賀ムードにつつまれ、今出ている遠征隊が帰ってくる度に騒がしさは増して行くだろう。 だから梟の声さえ聞こえるこんな夜は、嵐の前の静けさかもしれない。 「この一年、どうだった?お小夜」 明かりを落とした暗がりの中、二つ並べた布団の中で、歌仙が静かに問う。 「この一年」 そう言われ、小夜はその前の一年を思う。 歌仙が初期刀に選ばれ、初めての鍛刀で小夜が顕現されたところから始まった本丸。後に聞いた他所の本丸の歌仙に比べて随分と人見知りが激しく人嫌いまで発症していた歌仙の代わりに、勝手の分からないうちから駆けずり回っていた。特に開始1カ月くらいまでは新入りが1日に複数人来ることも少なくなく、忙しすぎて自分の成り立ちについて拗らせている暇もなかった。 そんな日々に比べたら、2年目はそこまで忙しくはなかった、と思う。個性の強い仲間も増えたけど多くはなかったし、しばらく離れていた間に歌仙の人見知りも多少ましになって頼れるようになった。 「穏やかだった、かな」 「へえ……」 思ったままを言えば、歌仙はすっと視線を反らして不満そうに相槌を返した。これはきちんと聞いておかなければ拗れるやつだ、と小夜は経験で知っている。 「なにかまずいこと、言ったかな」 「いや、別に」 「別に、って顔してない。あなたに嫌な気持ちさせたい訳じゃないんだ。そんな顔してる理由を教えて」 小さな子供を宥めるように小夜が問えば、少しの間の後、深い翡翠色がやっとこちらを向いた。 「……君と共寝をする仲になったというのは僕にとっては随分な波乱だったんだ」 「それは……」 『共』に『寝』ているだけの仲だ。今はまだ。それでも小夜の顔が暗がりの中で少しだけ赤くなるのは、同じように寝室を共にしている粟田口や来派の刀らがしていないようなささやかな触れ合いを時折二人はしているからだった。お互いに少しやましい気持ちを持ちながら。 「いきなり4日もいなくなったと思ったらとても強く、そしてかっこよくなって帰ってきて。そのことで不覚にもときめかされたりして。そうかと思ったら燭台切と結託して大倶利伽羅との仲を取り持とうとしたりして。君が何を考えてるのかさっぱりわからなくて混乱したまま告白してしまえば、あっさり受け入れたりして。君にずっと振り回された1年だったよ、僕にとってはね」 君にとっては違うようだけど、というのが言外に聞こえ小夜は黙る。 それらの出来事も確かに覚えているし小さくはない出来事だったけども、小夜の中ではなだらかな起伏のひとつだった。いやそうと認識しかできないのだった。 時間をかけて穏やかに大きくうねるこの感情の前ではそんなできごとはさざなみに過ぎず、そしてその胸の内に確かにある感情の波は遠くに見えるばかりで、まだ実感を伴って押し寄せてきていない。その気持ちを、頭の中で解きほぐして、できるだけ分かりやすく聞こえるようにひとつひとつ言葉に乗せる。 「僕があなたを好きなことなんてずっと前からだし、それに、あなたが触れるほど近くに僕の居場所を作ってくれていることが、いまだに信じられないんだ。きちんと実感で来たらもっときっと幸せなんだろうけど」 充分ではないが必要なだけ言えたとおもってひとつ小さく頷き、歌仙を見る。するとさっきまで拗ねたようにひそめられていた瞳がくるりとまるくなっている。 「いまの、本当かい」 「え、なにが」 「ずっと僕のこと、好きだったって」 「言ってなかったっけ」 「聞いてないよ!」 小夜は過去の記憶をざっとさらい、そういえば口にした記憶がさっぱりとないことに気付いた。それどころか、自分の今の気持ちすらほとんど言っていなかったことにも。 さんざん歌仙のことを人見知りだのなんだのと言っておきながら、小夜自身だって人付き合いや対話が得意な方では決してないのだった。 「僕がお小夜のことを好いているから、優しい君は僕に合わせて付き合ってくれているものだとばかり思っていた」 ほっと吐き出すような歌仙の言葉に、自分の態度が原因だとは分かっていても眉間に皺が寄る。 「そんな半端な気持ちで『あの』三斎様の刀と付き合うなんて、無謀なことするものか」 「ははは、君、僕をそんな風に見てたのかい。彼ほど苛烈なつもりはないのだけどね」 「どうかな」 すっかり機嫌が上向いた歌仙は小夜の細い体を引き寄せて自分の布団の中に引き入れた。横向きに寝転がりながら喋っていたために、小夜の顔は歌仙の胸あたりにぽすんと当たる。それだけで耳まで真っ赤になって喉が詰まったような気分になったが、それでも言葉を絞り出す。こういう機会でなければ今の気持ちを口にできる機会は当分訪れない気がした。 「僕はあなたがすごく大事で、こうやって近くにいるだけで僕を構成する何かが繊細でやわらかいあなたを傷つけやしないかって、怖いんだ」 「お小夜は僕を傷つけたりなんかしないよ、絶対に」 「うん、頭では分かってる。けど、心ではまだ、怖い。だから歌仙に深く触れることは、歌仙が思ってるよりずっとずっと覚悟のいることなんだ」 「……そうか」 「でもあなたがそれを望んでくれているなら、いつか覚悟を決めるから、あと少し待っていて」 「他ならぬお小夜の頼みだ。わかったよ」 そう言って頭を撫でてやれば、小難しい表情をしていた顔が安堵でふっと緩み、やがて大きな瞳が眠気に負け、とろとろと瞼を落とした。 そのこどもらしくふくふくした頬をひとつ撫で、とっておきの飴玉をそっと口に含むような心地で歌仙は今の言葉を心で反芻しながら瞳を閉じる。 このこどもにとっては穏やかであった一年は、自分にとっては波乱に満ちた一年だったけども、次の一年は同じような波に乗れるといいと思う。さてそれに至るまで、どれくらい待てばいいのだろうか。明日訊いてみよう、と考えながら歌仙は眠気に身を任せた。 「極の上限に至るまでだって!?僕をどれだけ待たせる気だ!!!」 本丸中を振るわせるような初期刀の怒号で始まった3年目は、とてもとても穏やかには過ごせそうにない。 小夜歌はひとつひとつ階段を上るように関係を進めていくイメージがあります。どっちぐいぐい行く方ではないからかな。 元主は苛烈なおひとなのにね? |