「鉄格子から月を見る」番外その1 坊主も走る師走、と言われることもある年の瀬だが、この本丸でもあまたの男士が駆けまわっていた。 あるものは正月飾りの準備をし、あるものは年越しの宴会の準備をし、そしてあるものは「連隊戦」へ出撃していた。 誰が疲労したから誰と交代だ呼んで来い、とか、編成を見直すから一旦待機だという声があちこちから聞こえてくる。 戦闘の頭脳ともいえる審神者と総隊長の同田貫もまた忙しく、今までなかった類の敵の対する戦略を手探りで練っていた。 「とりあえず、こんなもんか」 「そうだな。じゃあ隊員呼んで来てくれ」 「うっし、じゃあ行って来――」 「あっ、ちょっとまった」 立ち上がりかけた同田貫を男の声が引き留める。 「どうした」 「俺、実は今日誕生日なんだ」 「はああああ!?何で今言うんだよ!」 唐突な衝撃の発言に、思わず大きな声が出る。 「いや、前々から言って回ったらお祝い乞食みたいじゃん?あと、サプライズ、的な?」 「サプライズってのが何だか知らねえけどよ、お前に対する祝いの言葉出し惜しむ奴なんで、ここに居ねえだろ」 「そうかな?まあいいや。それでさ」 「おう」 「正国には祝われたいなって思ったんだけど……」 「そうか……あー……」 そう言って同田貫はかんがえるような仕草を見せた。ただひとこと「おめでとう」と言ってもらえれば満足だったのだが、何をそんなに悩むことがあるのだろうか、と思っていると。 「誕生日おめでとう。あんたが生まれてきてくれてよかった。あと、こうやって会えたこともな。あー……次の一年も、その次も、こうやって元気に生きてここに居れば、まあ皆喜ぶんじゃねえの。俺も含めてな」 「……」 「おい、なんか言えよ。くっそ、ガラじゃねえ」 「ああ、ありがとう。なんか思った以上に色々言ってもらえて、ちょっと驚いた」 「そうかよ……」 すると次の瞬間ぐいと肩を引き寄せられて、額に柔らかい感触が触れた。 審神者が何が起こったのか理解する間もなく、同田貫は編成表を引っ掴んで立ち上がり、「行ってくる」と言い残して外に駆けて行った。 今起こったことを理解すると同時にじわじわと顔に熱が昇っていく。 外から「同田貫、なんか顔赤いぞ?風邪か?」「うるせえ!!」というやりとりが微かに聞こえた。きっと彼も同じ熱を共有しているのだろう。 元ネタ某氏の誕生日が大晦日だと当日聞いたので、寝起き頭の30分ちょっとで書いた誕生日記念番外。 |
「鉄格子から月を見る」番外その2 ふと、満たされたい、と思ったのがきっかけだったように思う。 だから少し遠くにいる正国を手招いて呼び寄せた。 「ちょっと、こっちきて」 んだよ、と呟いて半月のような眼をいぶかしげに少し顰めながらも、正国は言われた通りこちらに寄ってくる。不審に思いながらも言われた通りにしてくれるあたり信頼されてるのだろうか。 にやにやと綻ぶ顔を辛うじて抑えながら、正国が十分な近さに来た瞬間、俺はその胸元に飛びついた。よく鍛えられた体幹は彼より上背のある俺のタックルにさえ揺らぐことなく丸ごと支えていてくれる。そのことに安心してそのままその胴回りに手を回すと、少し驚いたように身じろぐのが振動として伝わった。 「どうした」 どこか不機嫌なようにも聞こえるその声音は、どうということはない、それが素であると俺は知っている。 「変なこと頼むんだけどさ、ちょっときつめに抱きしめてもらっていい?」 妙なことを言っている自覚はある。何気ない声音を装ってはいるが、心臓がばくばくいっているのがうるさい。 少し悩むような少しの間があってから、 「いいぜ。で、どうしたらいい」 是の返答を聞いて、俺はそっと胸をなでおろした。 長座にした俺の腿の上を馬乗りになるようにして正国が膝立ちしている。その腕は俺の胸周りをぐるっと回っていて、俺はその肩を抱くように腕を回している。 その肩口に顔をうずめれば正国の匂いがいっぱいに香ってそれだけで臓腑から満たされた気分になったが、身体が更に上を求めていた。 「もっと、強くしてくれ」 そう求めれば、肩口で軽くうなずくような振動があって、胸周りにかかる圧が強くなる。日頃の鍛錬で鍛えられた腕力のそれは、俺の息を詰めるには十分だった。 「っふ……」 正国がこちらの様子を窺うのが気配で分かる。 「もっと……強く」 「分かった」 要望に素直に応えてそのとおりにするのは、彼が強く持った武器としての気質からだろうか。言葉通りに更に圧が強くなって、肺のあたりが正国の胸筋と腕に押しつぶされて更に息が詰まる。 「ぐっ……あっ……あ、あああ、っは……」 喉から漏れる声がだんだん上ずるのが分かる。聞き苦しい声だなと遠い意識で思いながら、それでも止められない。 「大丈夫か?」 気遣うように問う声が耳元にくすぐったくて更に息が詰まる。 「だ、大丈夫…だから、もっと、もっと強く、してくれ」 俺の求めに応えてさらにぎゅうと抱きしめられる。 胸の底からひたひたと充実感が湧き上がって来て、うわごとのように正国の名を吐きだすように呼ぶ。それに呼応するように抱きしめられる力が強くなって、呼吸をするのがかなりつらくなってきた。 「あ、正国……っは、ああ、くっ、はあ、正国、まさ、っあ……っふ、うう、あっ、ああ」 こんな聞き苦しい声を彼の耳元で吐きだしてしまっていることに今更気づく。だが胸の底から吐きだす声は止められない。 お前を求めているんだというのを表現したくて肩を抱く腕を込めてみたが、不思議なくらいに腕から力が抜けてしまって、どうにかしがみつく形になってしまう。はっはっと息が荒くなるのを感じる。 つらい。苦しい。息ができない。だが、それが嬉しい。求められてると錯覚できる。苦しい。苦しさが胸を満たして。それが嬉しい。幸せだ。もっとくれ。熱さを。力を。執着を。正国を求める熱が腹の奥に篭る。 もっとくれ。もっと与えたい。もっと、もっと、もっと。 「あ゛あ、っは、まさ、っく……っふ、あ、あ、ああっ」 目の前が白くかすんで、意識が遠のく。重力に従って後ろへ倒れる瞬間、月色の瞳がぎらぎらと熱く燃えるように光っていて、それが見られただけで十分すぎると思えた。 意識を飛ばしていたのはほんの少しの間だけだったらしい。 部屋に設置した時計の針が、最後に見た時以来ほとんど動いてないことでそれを知った。 俺が目を開いてすぐに正国は、悪い、と言った。 「もっと、って言われたからその通りにしたが、あんたの脆さを考えて加減すりゃよかった」 「いいって。現に俺は壊れちゃいないだろ?お前はよくやってくれた。ありがとう。――心配しなくても俺は元気だぞ。お前に圧し潰されるほどヤワじゃあない」 と言えば、正国は俺の上から下まで見分するように眺め、ひとつこくりと頷いた。 「ま、本当に元気そうだな……それは一人でどうにかしろよ」 ひとつ指差してから正国は退室していった。 指差された『それ』を見下ろせば、ややきざしているのが目に入る。そのいたたまれなさに声もなく俺は頭を抱えた。 かっとなってやった。今は反省している。 |