MP100 ショウ律





超能力を手に入れて初めて分かったことはいろいろあるのだが、そのひとつに「僕は主人公ではない」ということだ。わかったことというか、理解の転換というか、視線の変更、のようなものであるのだけど。
僕の中で兄さんは世界の基本で、兄さんと同じような力を手に入れれば兄さんと同じ場所に並び立てると思っていた。そしていつまでもできてないことがスタート地点にすら立てていないように思えて、それがコンプレックスだったしプレッシャーだった。
でも実際に力を手に入れてみても兄さんと並ぶどころか、兄さんは僕より遥かに強くて、でもそのことを驕らず、弱くて未熟な僕を許すどころか『自慢の弟』なんて言ってくれるとても出来たひとだった。それを知ったとき、僕は初めて兄さんのことを、そして同時に自分の小ささを深く理解したのだと思う。
兄さんみたいな優しいひとは「自分が自分の人生の主役だ」って考えると自分の意思で動きやすいのかもしれないけど、僕みたいなだいたいのことはそつなくこなせる人間は「自分が主役にならなくてもいいんだ」って思うと気が楽になるのだと、そのとき気付いた。テルさんは「自分は凡人なんだ」って考えてると聞いたけど、僕と同じような理由だと思う。

そんな風に考えるようになってから僕の精神はだいぶ安定したのだけど、兄さんのそばを離れると以前よりちょっと不安定になる。
きっと傍目にはブラコンな弟であることには変わりない。(自覚はあるんだ、これでも) 
でも視点が変わったせいか、兄さんをサポートしなくちゃ、みたいな考えが根底に出来たし、案外その役割を楽しんでやっている。



「あ、師匠から呼び出しだ」
「また?急な呼び出し最近多いね」
「最近お客さん増えてきたみたいで。ごめんね律、僕いかなくちゃ」
「ううん、気にしないで。気をつけていってらっしゃい」
「じゃあまた家で」
今まで来た道を戻る兄さんを手を振って見送ってから、僕はハアと息をつく。笑顔がすとんと抜け落ちたのが自分でもわかった。
生徒会やら部活やらでなかなか時間が合わない僕たちが一緒に帰宅することは結構稀だ。だからこそこの時間を楽しみにしてたのに、電話一本で取り上げられて僕の機嫌はマイナス方向に振れる。兄さんはあの人を心から信用してるから表立っては言わないけど、こういうことがあるから僕はあの詐欺師を好きにはなれない。
いきなり一人で帰ることになった僕はきっと。
「よお律、シケた面してんな。散歩のリード取り上げられた犬みてえ」
ちょうど自分で思っていたことをほとんどそのまま、上から降ってきた声が言い当てられて、眉根にしわが寄る。自分で思うのはいいけど、他から言われると腹が立つ。
声の主は煙が消えるのを逆再生したみたいに3mくらいの高さからふわっと空中から現れ出て、ゆっくりと地面に降り立った。
「鈴木、いきなりそうやって現れるのやめろって言ってるだろ。見られたら騒ぎになる」
「そんなヘマしねえよ。それにこれが一番手っ取り早い」
「世の中には絶対なんてことはないんだからな、まったく……。で、何の用?」
「用がなきゃ来ちゃだめなのかよ」
「そうじゃないけど……お前、忙しいんじゃなかったのか」
「まあな。でも気が詰まったから、ガマンできなくて会いに来た」
「……ふうん」
僕の数少ない友達であるコイツは、僕からしてみるとびっくりするほど破天荒で、ときどき訳がわからないことを言う。口説き文句みたいに聞こえるってこと、理解してるんだろうか。してないだろうな。
でもその台詞選びにどきっとしてしまう僕の心臓も、相当訳がわからない。
家の方向に足を進めようと思ったけど、鈴木に進行方向をふさがれて再び立ち止まった。
「なに」
「んー?」
こちらにぐいっと近づいた鈴木は、下からのぞきこむようにして僕の顔を見る。
「律、イイ顔するようになったな」
「『シケた面』が?」
「そうじゃなくてよ、前はもっと追い込まれてるような顔してたけど、今はなんか適度に力抜けてるってカンジ」
兄さんとは別の方向で『空気を読む』から遠いところにいるこいつは、ときどきずばっと正鵠を射るようなことを言う。
「楽しく生きる方法がちょっと分かりかけてきたから、かな」
「よかったじゃん」
「うん」
にっと笑って鈴木は隣に移動してきて、僕の向かう方向と同じ方を向いた。一緒に僕の家に行く気だろうか。
ちょっとだけ下にある彼の顔を見ると、瓦礫の中で一緒に同じ目的地に向かって駆けていったあのときのことを思い出す。そしてふと、そういえばコイツが行動してくれたからさっき考えていたような色々なことを知ることができたんだな、と思った。
「鈴木」
「ん?」
「ありがとう」
そう言うと、鈴木は青い瞳をくるりと丸くしてぴたっと立ち止まった。
「え、え、何が?」
幽霊でも見たような顔で驚くなよ。いや幽霊見えるけど、そういう意味じゃなくて。
ちょっと思考に入りすぎちゃって説明不足だったかなと思うけど。
「その、君が行動してくれなかったら第七支部で兄さんと仲直りできなかったかもしれないし、調味タワーのときも、君が僕を誘ってくれたからいろんなことを見て知ることができたんだなって。だから。お礼言ってなかったって今思って」
「俺、お前をわざわざ危険に巻き込んだんだぞ?」
「うん、危険をおかしてでも知る価値があるものがあそこにはあったよ」
「……なんかよくわかんねーな」
「そうかな。まあわからなくてもいいよ。僕がそう納得したいだけだから」
「へええ」
首をかしげて鈴木はまた歩き出す。
「律って変なやつだよな」
「なにそれ。喧嘩売ってる?」
「ちげーよ。ほめてんの」
ほめるてるならもっと分かりやすく言えばいいのに。鈴木の方がよほど変なやつだと思う。
「常識に縛られたつまんない奴に見えて、案外ぶっとんでたり。兄さん兄さん言ってて主体性がないのかと思えば、結構我が強かったり。なんか、そーゆーとこ面白いぜ」
「そうかな」
「だから好きなんだよな、お前のこと」
思わず足を止める。唐突な発言にびっくりして、一瞬考えたあと、「ああ、コイツなりの親愛表現なのか」と思い至った。毎度僕の理解の及ばない表現をするやつだから。
「あ、うん、ありがとう……?」
この返答でいいのかどうか迷いながらそう答えれば、鈴木はぷくっとむくれた。
「今の、本気で聞いてなかったろ」
「え?」
「俺、律のこと好きだ。友情とか、親愛とか、そういうの以上の気持ちで」
「え?は?ええ?」
言われたことを頭がまっすぐ理解してくれなくて思考回路は混乱を極める。
「ま、いきなり言ってマトモに受け取ってもらえるとか思ってねえけどよ。でも、お前の兄貴がお前に大きな影響与えたみたいに、俺が律の中で兄貴みたいにでかく占拠できたらって思うし、なんなら律の全部を俺のもんにしたい。ほとんど無理だってわかってるけど、その方が燃えるだろ」
にひひと笑う顔はいつも通りなのに、言ってる内容があまりにもその子供っぽさと乖離していて頭は混乱しっぱなしだ。
「俺、明日日本発つからさ、その前にこれだけ言っておこうと思って。だから告白の返事は急がなくていいぜ。次会う時までに考えてくれれば。俺の『用』はそんだけ。――じゃあまた、元気でな」
そう言って鈴木は煙のようにふわりと浮き上がって空気に溶けるようにすっと消えた。その間僕は何も言えなかった。
日本を発つってどこいくんだよ、とか、やっぱりこれって告白だったんだ、とか、次会う時っていつだよ、とか、殊勝過ぎてお前らしくないけどどうしたんだ、とか、色々考えることはあったのに。いつもそれなりに回る口は一切動かず、去っていく鈴木をぼけっと見送ることしかできなかった。



その瞬間、僕自身の物語が動き始めたことを知ったのは、随分後になってからだった。






りっちゃんは我が強いのか滅私寄りなのかわからない不思議な子だなあと思います。だからこそ考えるのは楽しいけど、しょっちゅう思考が迷宮入りする。
余談ですが、支部でこれを上げた際SKYをショウ律に落としたきっかけになったお方がブクマしてくれて死ぬほどテンションあがりました。