モブサイコ100 霊←モブ(未満)





カン、カン、カン、と音を立てて階段を上る足取りは軽い。
茂夫がここに来るのは10日振りだろうか。中間テストの1週間ほど前に「学生の本分は学業なんだ、そっちに励め。赤点取って追試とか、お前も御免だろ」と霊幻に言われ、テスト終了日である今日までバイトを休んでいた。今回は花沢に勉強の手助けをしてもらったために平均点くらいはとれそうだという手ごたえもあったため、テスト終了の解放感もあって自然と気分は浮き立つ。

視線を上げれば相談所の扉が見える、というところまで登ると、一足早くグレーのスーツ姿が視界に入る。
声をかけようとしてふと、彼が見慣れないものを持っていることに気付く。瞬間、視線のすべてがその手に引き寄せられた。
薄く煙を立ち昇らせる煙草が霊幻の長い指にゆるく挟まれ、それが口に移動する。口元が指全体で覆われて数瞬後離れ、薄い唇から細く煙が吐き出される。煙の行く先をぼうっと見ながら、煙草を持つ手がゆっくり下ろされる。
たったそれだけの一連の動作に魅入られた。そして不意に彼は大人の男の人なのだと強く意識させられた。

そのまま黙ってそれを見ていたが、行動が再び1巡する前に霊幻の視線が茂夫の方に向いた。
「あれ、モブ。お前テストじゃなかったのか」
言いながらポケットからさっと取り出された携帯灰皿の中で煙草がぐしゃりとつぶれ、思わずあっと声が漏れる。反射的にもったいないと思った自分の心境がよくわからなかった。
「勉強はいいのか」
「あ、はい、テストは今日で終わりで。部活は明日からだし、こっち寄って行こうかなって」
「今日までか、1日勘違いしてたわ。つってもなー、今日お前に頼むような仕事なさそうなんだよな」
「そうですか」
「モブ、昼飯まだか」
「はい」
「じゃあ食ってこうぜ、おごってやるから」
「はい」
「ちょっと待ってろ」
そう言って霊幻は事務所の扉の奥に消え、先ほどまで持っていた煙草と灰皿の代わりに財布を持って現れた。
「じゃ、いくか」



平日昼間の街中は、テスト明けの学生の姿がちらほら見えるが、夕方に比べて閑散としているように見えた。
その大通りを何気ない話をしながら二人はゆっくり歩く。
「テストはどうだったよ」
「今までで一番出来たような気がします。花沢君のおかげで」
「そりゃあよかった。いい友達をもったな、モブ」
「はい」
「流石に追試中に呼び出す訳にもいかねえからなあ」
「追試じゃなくても急に呼び出すのやめてくださいよ」
ふいに風向きが変わり霊幻から煙草の残り香がして、茂夫の昼食に向いていた意識が先ほどの光景に移った。
「師匠」
「うん?」
「煙草、吸うんですね。初めて見た気がします」
「あーそうだな。前はよく吸ってたけど、今はほとんどやめたな」
「なんでやめたんですか?」
「なんでってお前……モブがうちにくるようになったからに決まってんだろ」
「え、僕ですか」
「そうだ。非喫煙者とか子供の前で吸わないのは大人のマナーだぞ。覚えとけ、モブ」
「はい。――じゃあ、僕が大人になったらまた煙草始めるんですか」
「はぁ?なんだお前、ずいぶん気にするな。煙草の興味が出てくるお年頃か?」
興味があるのは煙草じゃなくて、煙草を吸ってる師匠なんだけどな、とは思いながらもなんとなく口には出さない。
「やめとけやめとけ。元からない体力がさらに落ちるぞ。副流煙でもな」
「あっじゃあいいです」
「正しい判断だ」
いつの間にか足は時々行く蕎麦屋に着いていて、霊幻は店先に出ているメニュー看板とにらめっこしている。その顔を茂夫はじっと見る。大真面目に見えてどこか道化のようにも見えるその顔つきはいつも見ている、よく知った霊幻だ。
しかし時間にしてみればほんの少しだったはずの、煙草の煙と口元を覆った指と、どこかさびしげに虚空を見ていた瞳が脳裏にこびりついて離れない。
煙草には興味がないけれども、あれをまた見たいと渇望する不思議な胸のざわつきの正体を探ろうと、茂夫はじっと考えていた。






師匠の手っていいよね、という話。いや、師匠だけじゃなくみんな素敵なおててしてますが。
撮りためたアニメ一気見したら見事にドボンしましたモブサイ沼。ワンパンマン好きな自分がこっちの師弟にもはまらないわけがなかった。
2期待ってます。