一血卍傑 ジュウベエ+ベンケイ+ウシワカマル





「ここが僕らの本拠地になる場所です。正面に見えるのが八尋殿といって主様の住まう場所、僕達英傑が住むのは兵舎、あっちの方に見える建物は……聞いてないですね」
ウシワカマルが社の説明をするのをよそに、新しく鶺鴒台から生まれたは英傑小さくは歓声をあげながら参道を駆けくるくると回り、あたりに咲く桜に感激していた。片方を眼帯にふさがれた瞳ををきらめかせ長い銀髪をひらめかせる姿はまさにいとけない美少女だが、その見た目に反して彼女はとてつもない剣豪である。
独神にこの場所の案内を仰せつかったウシワカマルは、やれやれと頭を振る。
「ヤギュウジュウベエ様?僕も暇ではないので早く案内を済ませてしまいたいのですが…」
「なあなあ、私は刀剣が好きで好きで仕方ないのだけど、おぬし、私と一緒に刀剣を語れる者は知ってはいないか?」
「……。刀剣を語れるというと、鍛冶屋とかでしょうか。そういうひとは僕は存じ上げませんが……。旧い知人に刀剣を集めている者はいるけども」
「刀の蒐集家か!その者はどこにいる!」
「今日は非番と聞いているから、社のはずれにある蔵にいると思いますが……あっ」
「蔵だな、わかった!」
聞くなり駆けだしていったジュウベエをウシワカマルはぽかんと見送る。
「名前も聞かずに……彼の機嫌を損ねないことを祈るか」



「社のはずれというとここだと思うのだが、件の人物はどこだろうか」
きょろきょろと見渡すと、いくつかある蔵のひとつの前で座して何かをしている人影が見えた。そしてジュウベエの隻眼はその周りにいくつもの刀剣があるのをしっかりとらえていた。
「いた!!」
再びその方向に向かってジュウベエは駆けだした。



「おぬしの刀剣を見せてくれ!そしてともに語り合おうぞ!」
いきなり目の前に現れそう言った少女に、ベンケイは驚いたのち、露骨に渋面を作った。
「なんだいきなり……誰だ貴様」
ああ、とつぶやいてジュウベエはぴしっと背筋を伸ばし一礼する。
「これは失礼した。私はヤギュウジュウベエと申す。今日この本殿に喚ばれた剣士だ。私は刀剣や剣術をこよなく愛しているのだが、ここに刀剣蒐集家がいると聞いて居ても立っても居られず来てしまったのだ」
「蒐集家……若干誤解があるようだが、まあいい。私は鬼人のベンケイだ」
「ああ、ウシワカマル殿が言っていた知人とは――」
「その名を出すな!」
「お、おお、分かった。ベンケイ殿といえば999本の刀を集めたとして有名だが、もしかして蔵の中は……?」
「すべて私が集めたものだ」
「素晴らしい!おぬしが今研いでいるもの、刀紋が素晴らしく反りも優美だし、出ている刀はすべて拵が立派だ。さぞかし素敵な逸話があるのだろう」
「あるものもあるし、ないものもあるな。今ここに出しているものは私が集めたものの中では良いものばかりだが、蔵の中は玉石混合といった具合だ」
聞いているのかいないのか、わああと感動の声を小さくあげながらジュウベエはきょろきょろとしている。
「……蔵の中も見ていくか」
「いいのか!」
「不用意に触って折ったりしなければ、だがな」
「刀を愛する私がそんなへまをするものか!」
「中は暗いからそこに置いてある明かりを持っていけ」
「感謝する!ああそうだ、私の刀も是非みてくれ。おぬしの蒐集物にも負けない逸品だと自負しているぞ」
「なるほど。では、預かろう」
研ぎ終わった刀を鞘に戻したベンケイはジュウベエから刀を預かり、ジュウベエはランタンを手に取って目を輝かせて蔵に入っていった。
中から「わああ」とか「おおお!」とか喜びの声が上がっているのが聞こえ、ベンケイはひとつ笑ってから預かった刀を見分する。
刀剣愛好家が太鼓判を押すだけあって、なるほど拵からして立派な太刀だ。抜いてみればなかなかに身幅が広く豪壮で、切れ味も良さそうだ。長さもあるため彼女の細腕では荷が重そうにも見えるが、剣士と言っていたのだから、この太刀を存分に振るって悪霊共を斬るのだろう。
思い付きで刀を集めていたベンケイに鑑定眼はないため、銘が見えなければ誰が打ったものかは分からないが、これだけ立派で美しい刀ならさぞかし名のある刀工の作だろうというのは容易に想像がついた。
「ふむ、実に素晴らしいな……」
その太刀の美しさに見惚れていたベンケイは、背後に近づく気配に気づかなかった。
「なぜおまえがその刀を持っている」
静かなその声にベンケイはびくっと背筋を伸ばし、思わず刀を取り落としそうになって、ぎりぎりのところで再びつかまえた。
「う、ウシワカマル様……」
「まさかそれを千本目にしようとジュウベエ様から奪ったのではあるまいな」
じとりと睨みつけるウシワカマルに、ベンケイは慌てて弁解する。
「誤解だ!私はもう貴方のいいつけを破るようなことはしない」
「本当か」
「なんなら彼女に聞けばいい。これは預かっただけだ」
「ふむ」
そんな折、丁度ジュウベエが蔵から出てきた。ずいぶんとほくほくした笑顔で、機嫌はこの上なく良さそうである。
「ジュウベエ様、探しましたよ」
「ああ、ウシワカマル殿。彼のことを教えてくれてありがとう!とても良いものを見ることができたぞ」
相変わらず人の話は聞く気がないらしく、完全に意識は刀剣の世界に飛んでいる。
「ジュウベエ様……?ベンケイに何か嫌なことをされたりしませんでしたか」
「人聞きの悪いことを言うな」
本気で心配そうに言うウシワカマルに、ベンケイは苦い顔をしてささやかに反抗する。
「嫌なこと?とんでもない!素敵な蒐集物を見せてもらって大満足だ!ありがとう、ベンケイ殿」
「いや、別にいい。それと、これは返そう」
若干青い顔をしたままベンケイは手にしていた太刀をジュウベエに渡す。
「うむ。私の得物はどうだった?」
「素晴らしい逸品だった。さぞかし名のある刀工の作なのだろうな」
「さすがだな!これは霊刀を作ると名高い三池典太光世の太刀だ。悪霊を斬るにはこれ以上の逸物はないと自負しているぞ」
ジュウベエがにこにことベンケイの言葉を受けているのを見、ウシワカマルは表情を緩める。
「早速仲がいいようで、とても良いことですね。蔵では貴方のお眼鏡にかなうものは見れましたか」
「ああ、とても!彼の言う通り確かに玉石混合ではあったけども、これだけの刀を集めたことに私は敬意を表したい」
「その点に関しては、そうですね。僕も同じ思いです。きっと彼にしかできない功績です」
ジュウベエに同意したウシワカマルの言葉に、ベンケイは不思議ないろをした瞳を見開き固まった。
「どうした?」
「いや……貴方が私の荒行を、そういう風に評価するのを初めて見た」
「そうかな?僕はお前のした刀狩りを、良いこととは思ってはいないが、凄いことだとは思っているよ」
「……明日は槍が振るに違いない」
にこりと笑みながらそう言うウシワカマルに、ベンケイはぷいと顔をそらして呟く。
「なんと!ここは刀剣を集めるだけではなく槍まで集まるのか!」
「ジュウベエ様、それはもののたとえというものです。ここに槍が降った例はありません」
「そ、そうか……」
幾分しょぼんとしたジュウベエに二人は困惑する。そんなに槍が降ってほしかったのだろうか。
しかし蔵の外に立てかけられたひとつの薙刀に彼女の意識はすぐに持っていかれたようだった。
「おお!これはまた、刀ではないが素晴らしい逸品だな!」
「それは薙刀・岩融だ。集めた刀には触っても良いが、それには触れてくれるな。私の相棒であり半身であるからな」
「承知した。ふむ……私では振るえそうもない立派な大薙刀だ」
「そうだろう。かの伝説の刀工、三条宗近の作と言われているからな」
「三条宗近!ふわあああ!これがあの……!蔵のものも確かに素敵だったが、やっぱり陽の光の下で見ると格別だ!」
きらきらした瞳で薙刀をいろんな角度から見るジュウベエに視線を誘われて、ウシワカマルも薙刀を見る。
「そういえば僕も、久しく君の薙刀使いを見ていないな」
「ここでは薙刀の修復はできないからな。それに、悪霊相手ならばこの拳さえあれば充分だ」
ベンケイは空いた右手をぐっぐっと握り笑む。それを見てジュウベエは納得したように笑った。
「なるほど。見たところ剣をふるうような人物ではないなと思っていたが、おぬしは拳で闘うのか」
「ああ、そうだ」
「しかし元は薙刀使いだった、と」
「無論。私の得物といえば薙刀というくらいにはな」
「ならば今度、その薙刀で私と手合わせをしてくれないだろうか。おぬしがそれを振るうところを見てみたい」
「いや、私は――」
「良い提案ですね、ジュウベエ様」
断ろうとした言葉をウシワカマルに遮られ、ベンケイはため息をつく。
「……はあ。まあいいだろう。またいずれ、な」
「楽しみにしているぞ!」
「僕も観戦を楽しみにしておこう」
「やはり貴方も見る気なのか」
「勿論」
ベンケイは苦い顔を作ったまま、これ以上進まないであろう研ぎ作業を完全にやめ、手元に薙刀を持ってくきた。何度も手にしたその柄は、しばらく使っていないながらもしっくりと手になじみ体の一部として使いこなせそうではあった。しかし剣術家と名高いジュウベエの相手をするにはまだまだ慣れが足りないだろう。
「準備ができたら上様に休みを合わせるように奏上しよう」
「楽しみにしているぞ!」
「その際は是非僕も呼んでくれ」
「分かった……」
刀剣に関してはすさまじくマイペースな少女とどうにも相手のしづらい元上司に囲まれ、ベンケイはためいきをつく。
「どうしたのだベンケイ殿。このような名刀にかこまれてため息なんて」
「いいや、なんでもない」
「そうか。なら私の所持する刀の逸話や蘊蓄、それにおぬしの刀の話でも酒を飲みながら話したいが、ウシワカマル殿、どうだろうか」
「良いと思います。それでは時刻は少し早いですがここで小さく宴でもしましょうか」
「私はまだここに詳しくないから、準備を頼んでもよいか?」
「ええ。すぐに用意しましょう」
そう言ってウシワカマルは身軽にぱっと姿を消す。対面ではかの新人の英傑がいまかいまかとばかりに喋る準備をしている。
せっかくの休日なのに疲れる予感しかしなくて、ベンケイはまた深く深くため息をつくのだった。






岩さん推し審神者がベンケイちゃんに興味持たないわけがなかった。
自称冷酷荒法師なベンケイちゃんは自分で言う程狂気でも破天荒でもない苦労性だと思っている。
双代ウシワカとの伝承実装はよ。はよ。すでに卍傑度は100にしてあるぞ。