携帯獣BW2 キョウヒュウ
※クリア後ネタバレ注意





シンオウチャンピオンがサザナミに居るという噂を聞いたキョウヘイは、その浜辺で見慣れたハリーセン頭を見つけて驚いた。
「ヒュウ?こんなとこで何してるの」
「お前こそ何してんだよ、キョウヘイ」
「僕はシンオウのチャンピオンがここに来てるって聞いて、一目会うだけでも会っておこうかなと思って」
「ああ、シロナさんか。やっぱチャンピオンは強えな」
「戦ってきたの?」
「……負けちまった」
笑いながら言うヒュウの顔には悔しさが滲んでいて、つられるようにキョウヘイも苦笑した。
「そんなに強いなら、僕はもうちょっと後にしようかな」
「現イッシュチャンピオンに倒した奴が何言ってんだよ、この野郎」
「ちょ、やめてよ痛い痛い」
小突くように足を蹴ってくるヒュウに軽く抵抗していたキョウヘイは、ヒュウの様子が少し違うことに気付いた。旅の途中で何回もバトルをしたけれど、キョウヘイに負けてもヒュウは明るく笑って応援してくれていた。そんなヒュウが、表面では笑いながらずっと浮かない顔をしている。
「……ヒュウ、どうしたの」
「どうしたって、何が」
「よくわかんないけど、ずっと笑いながら暗い顔してる。悩みとか愚痴があるなら聞くよ」
少しの間の後ヒュウは頭をがりがりと書いて、あー、とか、うー、とか妙な声で唸りながら逡巡したあと、キョウヘイに向き直った。
「お前には隠せねえなぁ」
「だってヒュウ、昔から嘘とか隠し事へたくそだったじゃん」
「あーもう、だったら聞けよ!つまんねー話だけどさ」
ヒュウが少し忌々しげにしながら座れというジェスチャーをして、促されるまま座るとヒュウはその隣に腰を下ろした。視界いっぱいにサザナミの春の海原が拡がっている。ヒオウギは山の中にあったから海というものはあまり見慣れないものだったけど、この波の音は不思議と懐かしい気持ちにさせる、とキョウヘイはぼんやりと思った。

「俺な、妹のチョロネコを取り返すために強くなろうとずっと頑張ってきて、一応目的は果たせた。でもそれだってお前の力がなきゃ絶対できなかったし、チョロネコはレパルダスになっちまってまだまだ前途多難なとこがあるし。取り返せたことに関しては、本当感謝してる」
「妹ちゃんに直接返したのはヒュウだよ。気にしないで」
「でさ、強くなれたかと思ったら、自信のあった相棒たちで挑んでも負けちまった。なんか、俺何を頑張ってきたんだ?とか思ったら、なんか、こう」
ヒュウの声が絶えて、しばらく穏やかな波の音だけが浜辺に揺蕩った。そこに鼻を啜る音が混じってきて、視線だけそちらに向ければ、海を睨みつける勢いで見ている赤銅色の瞳が潤んでいた。キョウヘイの視線に気付いたヒュウは目をこすりながら顔を背けた。
「くそっ、見るんじゃねえよ」
そう悔しげに言う声も涙で滲んでいる。
思い返せばヒュウが泣く姿をキョウヘイは初めて見たのだ。彼の矜持がそうさせたのもあるだろうけども、「妹の兄であり、キョウヘイの兄貴分でなければいけない」という責任感もあったのだろう。そう思えばキョウヘイは胸が締め付けられる思いがした。
「僕はヒュウの弟分だけど、少なくとも僕は、同時に親友だとも思ってる。だから僕の前では我慢しないで。泣きたい時は思いっきり泣いた方が楽になれるから」
「……ほんと、お前には敵わねえよなぁ」
言いながら、ヒュウの眦から涙が一粒落ちた。そこから溢れだすようにぼろぼろと水滴がこぼれる。意外なほどに静かな泣き方だった。
それを不思議と綺麗だと思う自分がいることに気付き、それでもヒュウの矜持のためにキョウヘイは顔を海の方に向けた。その代り、肩を抱き寄せて頭を抱き寄せるようにして撫でた。それが『親友』のやるべき仕草なのかは分からなかったが、ただそうしたかった。



「ん、もう大丈夫だ。……あんがと」
そう言ったヒュウは、まだ瞳は少し潤んでいるし目元が赤くはなっていたが、会った時よりはずっと晴れやかな顔をしていた。
「役に立てたなら嬉しいよ」
「おう。あと、さっきな、『少なくとも僕は』とか言ってたけど、俺だってお前のこと親友だって思ってるからなッ!」
「はは、ありがと」
「改めて言うとクソ恥ずかしい……」
「照れなくてもいいのに」
そういうことを口にしてくれたということは、ヒュウの中にあった心のハードルが少し低くなったのだと思えば、キョウヘイは嬉しくて浮き立つ思いだった。
「じゃあ、俺はもう行くぜ」
「どこ行くの?」
「特に考えてねえけど……元プラズマ団が居る施設あったろ?とりあえずそこに顔だけでも出してみるつもりだ」
「ホドモエの?僕もあとで行こうかな。PWTまた挑戦したいし」
「じゃ、またな」
立ち上がったヒュウの上着の裾を握って引き止め、キョウヘイも立ち上がった。
「あっ、ちょっと待って。おまじないしよう」
「おまじない?何すんだよ」
「ちょっと屈んでくれる?」
「おう」
言われるまま屈んだヒュウの肩を持って、背伸びしたキョウヘイは両の目元にちゅ、ちゅ、とひとつずつキスを落とした。身長が足りずに頬に近くなってしまったからやりなおそうとしたが、ヒュウに思い切り身を引き剥がされて叶わなかった。
「おおおおおお前いいい今なにしたんだよ」
見たことのないほど動揺するヒュウの顔は眦以外も赤くなって、ダルマッカのようだった。
「何って」
『もう泣きたくなることが起こりませんように』って母さんが昔からしてくれてたやつなんだけど。
と言う前にヒュウは食い気味に喋った。
「男同士で、きききキス……とか、するんじゃねえよッ!そういうのはっ…」
最後まで言わずに、ヒュウは逃げるようにゲートに向かって走って行った。それはもう、見事なまでの俊足だった。
そんなに嫌だったのかな、とキョウヘイは思ったが、ヒュウの顔は照れと恥ずかしさしか浮かんでなかったように見えた。ヒュウは表情を作るのがへたくそだから、演技という可能性は無いと思えば疑問しかわかなかった。
同性の年上の幼馴染の照れた顔がすごくかわいいと思えるなんて、なんでだろう。
ヒュウの泣き顔と照れ顔を無意識にリフレインしてしまってそわそわと落ち着かなくなる心を、頑張って鎮めようとしながらキョウヘイはポケモンセンターに向かった。自分の顔までつられるように赤くなっていることには気付いていなかった。






ストーリープレイ中にヒュウの目的を勝手にこなしちゃってごめんねってなった部分を懺悔がてらキョウヒュウ習作。
口は悪いけど根は優しいあんちゃんが好きです。ヒュウからは、ペルソナシリーズの不良ポジと似た匂いがする。