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アルコールとは恐ろしいものでございます。普段は理性で抑えている本音や本性を容易くさらけ出させる魔の力を持っているのですから。何が百薬の長か。あんなもの、様々な物を理性で固めているわたくしのようなものにとっては毒薬以外の何物でもありません。
人の上に立つ役職柄、酒の席に関わることもありますし人並に嗜みますが、酔い過ぎないようにセーブしてまいりました。記憶をなくすほど酔ったのは初めてでございます。



ええ、初めてですよ。記憶がないのに、密かに愛する我が弟が腕の中に居るのですよ。心臓が止まるかと思いました。死にそうに驚いていたのに即座に着衣の乱れが無いかを確認することに思い至ったのは、我ながらなかなかの判断だと自負しております。
幸い脱げているどころか肌蹴てすらいなかったことに一息ついたころ、腕に痺れが走っていることに気付きました。生まれてこの方何ターン経っても解けないメロメロになりっぱなしで20年ほど経ちますが、こんな形で所謂サタデーナイトパルシィに出くわすとは、驚きであり遺憾であり。
いや、わたくしの腕が痺れていることはどうでもいいのですが、クダリが私の胸周りに腕をまわしたまま眠っているのでがっつりと下敷きになっているのが心苦しいのです。というかお互いよくそんな恰好で寝れましたね。これも魔の毒薬もといアルコールの力でしょうか。
起こさないようにそろりと体をどけようとしましたが、努力虚しくクダリも目を覚ましそうな気配を見せました。
「……ん、んん、ノボリ…」
半分夢の中なのでしょう。わたくしの名前を呼びながらぎゅっと抱きしめてくるのが愛らしすぎて、わたくしの鼓動を早めると同時に心を癒します。周りの皆はわたくしたちをコピーみたいにそっくりだと言うけれど「その目は節穴か」とこういうときに思うのです。わたくしが鏡の前に立って白いコートを着て精一杯笑ってみても、気味の悪い笑顔を浮かべた男が立っているのが映るだけで、愛しの天使の姿なんか見えやしない。
そんなクダリをずっと見つめていると、起きてはいけないわたくしのわたくしまで起きそうになったのですが、万が一この子の前でそんなみっともないところを見せる訳にはまいりません。静かに深呼吸して心を鎮めてから、クダリを揺さぶって起こしにかかりました。とりあえず事情聴取が優先ですので。
「おはようございます、クダリ」
「んん、おはよ」
「ええっと……わたくし昨夜のことをあまり覚えていないのですが、何か妙なことを口走ってはいなかったでしょうか」
「みょうなこと?」
「あの……普段わたくしが言わないようなこととかしないようなこととか」
「そういうこと?えっとね、昨日のノボリ、ぼくに『貴方を愛しているんです』って言ってた」

終わった。さようならこの世こんにちわあの世。恥の多い人生を送ってきました。
眠っている時にもベルトにくくりつけられていたボールをひとつ開けて、相棒に指示を出しました。
「シャンデラ、わたくしを魂ごと燃やしてくださいまし。今すぐに」
「えっ、ちょっ、何いってんのノボリ!!」
クダリがエンジェルスマイルを消してまでわたくしを止めます。これも貴方のためなのですから邪魔しないでくださいまし。
シャンデラの方を向き直れば、状況をさっぱり把握できない困惑の視線を向けられて、少しばかり後悔いたしました。
「そうですね、貴女にマスター殺しの汚名を着せる訳にはいきませんね。――クダリ、わたくしタワーオブヘブンにいってまいります」
「……なんで?」
「わたくし、死ぬならあの塔の最上階で自分で自分の弔いの鐘を鳴らして、野生のヒトモシを腕一杯抱えてダイブすると決めておりますので」
「参拝客と特攻振りに来た人にトラウマ植え付けるようなことしないでよ!!っていうかなんで死のうとしてるの!」
「血の繋がった兄弟に恋愛感情持ってるなんて気持ち悪いなんて重々承知しておりますがっ!でもっ……でもっ……わたくしクダリにキモチワルイなんて思われたら、嫌われたら、生きていけませんっ!!だから!離してくださいまし!!」
腰にしがみついて引き止めるクダリの手を除けようとしてもしがみつく力が強まるばかりでさっぱり埒があきません。
「ノボリ、ほんとに忘れちゃったの!?」
「だから昨夜のことは覚えてないと。これだから深酒は嫌だったんですうううう!」
「せっかく勇気出して言ったのにぃ……」
「な、何をですか……」
ちょっと涙声のクダリかわいいと思う反面、わたくしがクダリを悲しませているらしいという事実に、死にたい衝動が加速していきます。ああもう死にたい。
「あのね、あのね……ちゃんと、聞いてね」
「はい、耳の穴かっぽじってよく聞きます」
「ぼくも、ノボリのこと、大好き。えっと、家族の好きじゃなくて、恋とかそういう意味の、好き、ね」
たどたどしく真っ赤になって言われた言葉にわたくしはフリーズしました。あれだけくるくると回っていた口が機能停止してしまったようです。
「だからね、あのね……ぼくの恋人になってください!」
ぎゅっと目を瞑って言ってから、こちらを窺うように見上げて、照れ笑い。
見事な3HIT COMBOを決められてわたくしは意識を手放しました。



もしこのまま死んだら死因は「クダリまじてん死」で宜しくお願いいたします。






ノボリさんがあのくどい口調でぶわーっと喋ってるのが書きたかっただけ。地の文に組み込むとほんとにくどくて満足です。
彼の口上をクダリちゃんのと初めて比較したときの印象のひとつは「すげー口調で饒舌に喋る人だなぁ…」でした。