BW ノボシャン





「トレーナーもナースも、もちろんポケモンたちも、スタミナが重要なのよ!朝も昼も夜もね」
年単位で行ってなかったポケモンセンターに行って手持ちのポケモンたちを診てもらったのは、挑戦者様の一言がきっかけだった。道を挟んでギアステーションの隣にあるのに、自宅と職場の往復ばかりしていたせいで何故か縁遠い場所だったのだ。
ジョーイさんに、
「バトル施設にあるような簡易回復装置だけではポケモンたちの体調まで管理することはできないんですよ。毎日ハードなバトルをさせているなら、そうですね、丸一日預けて下さればポケモンたちの検診とメンテナンスまでできますけど」
と言われた経緯を少しばかり部下の前で喋れば、
「手持ちがいないと仕事できないでしょう。せっかくだからノボリさんも休んできてください」
「せやな。あんたがワーカーホリックなんは知っとるけど、仕事っちゅうのは体調崩してまでやるもんやない」
「ボス、働キスギテ、ゾンビ一歩手前ミタイナ顔シテル」
「こら、みんな思ってても言わなかったことを!」
「みんなこう言ってるし、明日休んでよ。ぼく、ノボリの分までがんばる!」
そんな流れで振って沸いたような有給ができた。気の利く部下と優しい弟を持ててわたくしは幸せ者だ。

しかしこのことに一番異論を示したのは、当のポケモンたちだった。
「そういう訳で、あなた方には明日一日ポケモンセンターで過ごしてもらうことになりました」
手持ちの皆にそう告げると、一斉に抗議の声があがった。彼らの言葉はわからないけれど、言わんとすることはなんとなくわかる。
「ええ、わたくしだって寂しいです。でもあなたたちを大切に思うが故なんです。分かって下さい」
懇願するように言えば、不承不承という体で納得してもらえたようだった。

翌日、事前にジョーイさんに伝えていた通り、手持ち全員を検診に出した。
「それではお預かりいたします。また明日の朝に来て下さい。――ふふ、ボールから出さなくてもポケモンたちが寂しがってるのが見えますよ。随分と慕われてるんですね」
数多のポケモンたちを見てきたジョーイさんににこやかにそう言われると、お墨付きをもらったようでなにか誇らしいと同時に気恥ずかしい。
「ではお願いいたします。わたくしの大事なパートナーたちを元気にさせてあげてください」
「ええ、おまかせください」
にこやかにお辞儀をするジョーイさんに別れを告げ、ポケモンセンターから出る。扉が閉まった直後、何気なく振り返ればガラス張りの扉に自分の顔が映った。部下の言う通りゾンビ一歩手前みたいな、いや殆ど死体みたいな顔をした自分が虚ろな目で見つめ返して来る。連勤や残業がかさんでいたのもあるかもしれないが、昨日はここまでひどくなかったはずだ。
胸の内を占めるのは大きな空虚。思えばたった1日とはいえポケモンたちから完全に離れた日などなかったことに気付いて、どれだけ彼らに依存していたのかを知る。皆の気配も声もない自宅はきっと広すぎる。クダリは地下でわたくしの分まで仕事をしているし、趣味で時間を潰そうにも、バトルと鉄道が趣味だからどうしようもない。
「カナワにでも行ってみますかね」
誰に言うでもなくつぶやく。車両基地だって、クダリやポケモンたちと一緒だったほうが何倍も楽しいに決まっているのに。どうしてもそんな風に考えてしまって、はあ、と大きなため息が漏れた。



ふと、背後から上着を引っ張る人がいることに気付いた。振り返れば、見知らぬ女性が私の上着の裾を握っていた。
「どうなさいましたか?」
できるだけ自然な笑顔を取り繕おうとして、失敗した。自分のへたくそな笑顔が不気味であることは重々承知している。ポケモンも含め数多の迷子を泣かせたこの顔で引かれるかと思いきや、彼女は全く動じず喋らず金の瞳でじっとこちらを見つめてきた。
答えを待っている間、彼女を少しばかり観察する。背や年齢は女性の「エリートトレーナー」くらい。紫色の髪は肩のあたりで緩く巻いている。黒いワンピースはフリルのたっぷりついた古風ともいえる形なのに、彼女にはそれが一番似合っているように思われて、昔遊園地のパレードで見たプリンセスを思わせた。カラーリングは四天王のゴースト使いの方に似ているが、服装のせいかそれ以上に浮世離れした雰囲気があり、見知らぬ顔なのに何故か奇妙なまでの既視感があった。
「道に迷われたなら案内できますが」
無言の返答に焦れて問い直せば、彼女はふるふると頭を振った。
「何かお困りで?」
それにも声もなく否定が返る。
「違っていたら申し訳ありません。もしかして、喋れないのですか?」
するとようやくひとつ首肯。
「おひとりですか」
またひとつ首肯。
そこまできて、悪魔のささやきのような思いつきが脳裏をかすめた。きっとその悪魔の名は孤独という。
「もしお暇でしたら、わたくしの無聊の慰めに付き合っていただきたいのですが」
他人相手だと過剰なまでに丁寧語を喋るのはわたくしの悪い癖だが、古今東西ここまで堅苦しいナンパの仕方があっただろうか。しかしそんな不器用な提案に、彼女は白い頬を華やかに染めて頷いてくれた。
「では、お手をどうぞ、お嬢様」
彼女の服装に合わせて少しばかり気取って言うと、彼女は上着の裾を掴んでいた手を離し、おずおずとわたくしの手に握り替えた。その表情と仕草に思わず見とれ、つられるように頬が火照る。それを隠そうとして、いつもよりも仏頂面になった気がした。



とりあえず、ライモンの南にあるアベニューに最近行きつけにしているカフェに連れてってみる。
ポケモン用のメニューが多くカントリー風の雰囲気も良くて一目で気に入った店だ。……普通人間二人だけで来る場所ではないのだけど。

メニューを差し出すと困った顔をされたので、彼女はきっと文字を読めないのだろう。筆談という手段まで塞がれてしまって少し途方に暮れたが、こちらから尋ねたりアクションを起こせば、表情とジェスチャーで意外と意思疎通がとれることに気付いた。
不思議なことに、困った表情をされることはあっても嫌がるような素振りはされないので、ご機嫌取りのような思考はせずに済んだ。彼女がこう思っているだろうということを先回りして考えてエスコートするというのは気分がよく、なんとなく深窓のご令嬢とその付き人のような心持ちだった。

とりあえずモモンの実のドリンクとオボンの実のケーキを2人分頼んでから、今後の予定を話すべくライブキャスターでライモンとその周辺の地図を呼び出した。
「どこか行きたい場所などございますか?ええと、わたくし今移動用の子を手放しておりますのでライモンから遠くに出ることはできないのですけど」
土地勘があるかも尋ねて曖昧な表情をされたので、簡単に説明する。
改めて地図を見ると、娯楽の街ライモンに住んでそれなりの年数が経っているはずのわたくしですら、名前しか知らない場所が多々あった。そもそも自宅と職場と育て屋、たまにアベニューとR9にしか行かない生活だ。日々充実してはいるけど、一人の男としてはつまらない奴に違いないと改めて自覚し少しばかり落ち込んだ。
しばらくして、彼女がわたくしを呼ぶように手を軽く叩いたあと、白い指先が遊園地を指す。
「遊園地に行きたいのですか?」
彼女がこくこくと首肯する。そこならばわたくしの旧知であるカミツレの本拠地ということもあり、ギアステーションの次に土地勘のある場所だ。
「これに乗りたい!」と雄弁に語る白い指がタップした場所を見ると、一番の目玉である巨大観覧車が書かれている。座席は4人くらい乗れそうな広さなのになぜか2人でないと乗れないことで有名なあれだ。
「観覧車、いいですね。もし貴女の時間が夕方まで空いているのであればその時間帯がおすすめなのですが、どうでしょう」
すると金の瞳をきらきらと輝かせて、またこくこくと首肯した。



エスコートできたのは最初のカフェだけで、遊園地では彼女に引っ張りまわされっぱなしだった。アトラクションの位置を把握しているのに初めて乗る、というような不思議な挙動をしていた彼女だが、観光マップを目いっぱい読み込んだ観光客のようだと思えば納得がいった。
そうこうしているうちに夕刻になってきたので、慌てて観覧車に連れて行った。

青空をただよっているような昼の景色も、眼下に宝石が散りばめられたような夜の景色も素晴らしいけれど、わたくしは夕方の景色が一番きれいだと思う。
西日に照らされた町並みが遠ざかっていくにつれてネオンがぱらぱらと灯っていき、その不揃いなきらめきを段々濃くなっていく朱色が染めていく。虹色を逆さにしたような空につつまれ刻々と変わりゆく町並みは、夕方という短い時間独特の光のイリュージョンだ。
子供の頃クダリと乗って一番魅せられた光景がこれで、丁度スクール帰りにあたるこの時間帯に毎日のように通って窓にへばりついて見ていた記憶が鮮やかによみがえった。あの頃のわたくしたちと同じように彼女も眼下の景色に魅せられている。
「綺麗でしょう?ライモンに住んで長いですが、ここより綺麗な景色は他に見たことがありません」
一人では乗れないこの観覧車に乗るのを相当楽しみにしていたのだろう。彼女は今日一番の笑みを向けてくれて脈拍が跳ね上がった。そうでなくてもあまり女性耐性のないわたくしには、密室に二人きりというこの状況は心臓に悪いというのに。
だからこんな話題を振ってしまったのは、きっと脳のどこかが茹っていたのだと思う。
「貴女は、この観覧車のジンクスを御存じですか?」
すると彼女の薄い肩がびくりと揺れて、否定が返ってくると思っていたこちらが驚いた。これは最近囁かれ始めた噂、地元の人間以外にはほとんど知られていないはずだ。誰も本気で信じてはいないだろうけど、そんな話があってもいいじゃないかと思わせる甘ったるいジンクス。
「ええっと……」
なんでそんな話を振ってしまったのかと後悔した矢先、彼女が体当たりするような勢いで抱きついてきた。古びた観覧車にぶら下がるゴンドラが大きく揺れて、わたくしの背に冷や汗が伝う。
「な、何を……」
焦るわたくしは視界に広がる琥珀の瞳に射竦められ、その一瞬後に唇に柔らかく熱いものが押しあてられた。

『観覧車に乗ったカップルは別れる、なんてありきたりだしつまらないでしょ?だからこの間「観覧車の天辺でキスした二人は永遠に結ばれる」って噂を流してみたの。さて、口コミでどこまで広がるかしら』
遊園地を本拠地とするこの街のジムリーダーが先週言ってたことを思い出す。
今日会ったばかりのこの女性の拙い口づけを受けながら、今このゴンドラが最高点に達したのだと漸く気が付いた。



それから観覧車を下りるまでのことは、恥ずかしながらあまり覚えていない。
頭の隅が麻痺したようにぼうっとしていて、わたくしにしがみつくようにして抱きついている彼女の身体が火傷しそうに熱かったことだけは認識していた。
随分と上機嫌に駆けだす彼女に手を引かれ、わたくしは足を縺られながらように後を追うと、身体のコントロールか利かないせいかよろけてすれ違う人にぶつかってしまった。
「すいま――」
「痛ってえなゴラァ!!おいテメェ今ぶつかったろ!」
謝って通りすがろうとした瞬間、見るからに柄の悪そうな方々に胸倉を掴まれた。浮き足立っていた気持ちが一気に現実に突き落とされ、思わず眉根を寄せるとそこにまた文句をつけられる。
「何ガンつけてんだよざっけんな!やんのかゴルァ!」
目が合っただけで挑まれる勝負はポケモンバトルだけで結構でございます、と口元まで出かかって今手持ちはポケモンセンターに全員預けているということを思い出した。幸か不幸かこれまで肉弾戦が必要であったことはそうそうなかったので対処法がわからない。
まあ多少殴られはしてもそのうち遊園地の警備員が止めにくるだろう、と思ったところで彼女の存在を思い出した。わたくしだけならまだしも、彼女まで巻き込む訳にはいかない。
絡まれた瞬間離してしまった手の方向を見れば、今まで一度も見せなかった剣呑な目つきでこちらを、もっと言えば絡んできた彼の方を睨んでいた。こころなしか長い藤色の髪がふわりと浮いていてまるで威嚇するチョロネコのようだが、それを遥かに上回る視認できそうなほどの殺気が迸っていた。

リィィン、リィィン、リィィン、リリリリリリリ……
どこからか鈴の細かく震える音がする。高く痙攣するようなそれは、警告音にしか聞こえなかった。ここら一帯が異様な気配に飲まれていて、逃げて下さい、と彼女に言おうとしたはずの口が動かない。
「なんだあの女、テメェのカノジョか」
この音と危険な空気に気付かないのか、彼は舐めきった目でそちらを見た瞬間、彼のすぐそばの地面がジッと音を立て、焦げた。
彼女の方をもう一度見れば、殺気が【見えた】。紫色に立ち上る何かと、それに包まれている黒い不定形の物体が彼女の周りを取り囲んで浮遊している。そのなかのひとつが素早く且つ音もなく飛んできて、また地面が焦げた。
「なんだあいつサイキッカーか。テメェもガンつけてんじゃねえクソアマ!」
男の意識がわたくしから逸れ、わたくしは地面に向かって突き飛ばされた。受け身も取れず呻いた直後、隣にいた男の気配が消え、遠くで蛙が潰れたような声が聞こえた。たった今までとなりで怒鳴っていた男は、見えない何かに突き飛ばされ10mほど後ろの植え込みに埋まっていた。

サイキッカーだって?そんなはずはない。異能をもつ者といえど、人間である限りあれほどまでに強い力など持てないし制御なんかできるはずもない。彼女は【人間ではない】。
茫然とするわたくしの横を彼女は通り過ぎ、男の前に立って、冷たい眼差しで見下ろした。ごう、と音を立てて黒い球体が彼女の上空に浮かび上がり、一瞬で1mほどに肥大する。
バトルフィールド何度も見たことのあるそれにわたくしは戦慄した。『シャドーボール』だ。
そう認識した瞬間、
「やめなさい、シャンデラ!!」
思わず叫ぶように制止すれば、彼女を取り囲んでいた鬼火と肥大したシャドーボールは瞬く間に霧散した。殺気も消え鈴の音も止み、時が止まったように沈黙が落ちる。数瞬の後に吹きかえった彼女は、黄金の瞳をこれ以上ないほどに丸くしていた。
「シャン…デラ…?」
近寄って問うと、彼女は瞬く間に姿を消した。ふっと、空気に融けるように、跡形もなく。
なんだか長い夢を見ていたような気分でぼうっとしていたわたくしは、この不思議な騒動を見かけた方々に遠巻きに囲まれていたことにしばらく気付かなかった。



夢から覚めやらない頭で今日あったことをゆっくり思い返す。
紫と黒を基調とした色、ついぞ聞けなかった声、土地勘のあるような振る舞い、時折聞こえた鈴のような音、常人離れした気迫と異能、そして『幽霊』のように消えた彼女。符合するパーツがジクソーパズルのように組み上がっていく。
だけども、ポケモンが人に変身する、なんておとぎ話のようなことがあったなんて、にわかには信じられなかった。それにわたくしのシャンデラはポケモンセンターに居るはずなのだ。
彼女がいなくなった後も遊園地のベンチでそんなことを取り留めもなく考えていたらすっかり日も暮れ、引取り時間になっていた。

「お預かりしたポケモンはみんな元気になりました!またいつでもご利用くださいませ! 」
ジョーイさんににこやかに渡されたボールは、数えてみるとひとつ足りない。
「あの、ボールが一つ足りないのですけど……」
「えっ?あら本当!どこに……あっ、見つかりましたよ。カウンターの下に隠れていました。申し訳ありません」
「いえ、見つかったのなら大丈夫です。ありがとうございました」
「またのお越しをお待ちしております」
一番最後に渡されたボールは、案の定シャンデラのものだった。こうやって並べていると、細かい傷が一番多くついたボールだ。何せこの中では一番旧くからの付き合いで、ひと時も離さず連れまわした子だからだ。
ひと時も離さず。わたくしが聞いたことも、彼女はボールの中で一緒に一緒に聞いているはずだ。
観覧車が二人乗りであることも、観覧車について知る人の少ないジンクスも。

迷った後ボールのスイッチを押せば。シャンデラは出てくるのを拒んだようにカタカタと揺れた後、少ししてボールから出てきた。しかしいつも寄り添うように近づいてくる彼女は、1,2歩ほど離れた場所に漂っていた。
琥珀の瞳は悲しげに歪んでいる。相手は暴漢だったとはいえ、命令もなしに感情任せに人を攻撃し、下手すれば殺しかけるような振る舞いをしたことに罪悪感があるのかもしれない。彼女はひとつも悪くはないのに。
恥ずかしながら、観覧車でのキスが嬉しかったことや、あのときの彼女の気迫と凛々しさに惚れ直したこと、ほかにもいろいろ言えなかった言葉が、あとからあとから溢れてきた。
「シャンデラ、貴女に伝えたいことがあるのです。『さあ、お手をどうぞ、お嬢様』」
心からの笑顔を向けて手を伸ばせば、シャンデラはくるりと目を丸くしたあとにおずおずと燭台の腕を載せてくれた。

願わくば、わたくしたちがあのジンクスの最初の体現者にならんことを。






某プチにエアサークル参加しエア無配したブツです。
2012年10月(うろ覚え)に某プチの告知を知ったとき「これのためにこのジャンルに3月まで居座ろう!」と決意したわけですが、ほんとに半年近く居座った末に萌えがまだ尽きないってどういうことでしょう。サブマスもpkmnもまじかわいくて生きるのが楽しい。