BW エメインエメ+ノボリ
※ いわゆる「ぼくのかんがえたさいきょうのサブボス」状態





「わたくし、犬を飼いたいんです」
ノボリが唐突にそう語ったのはシングルトレイン7両目での待機中のことで、インゴは瞠目した。
仕事のことや乗客への対応などではよく喋るノボリは、普段私語は多くない。「就業時間内では私語厳禁」というわけでもないし、そんな堅苦しいものに順ずるつもりもないインゴは、少しばかり驚いたのみで適当に相槌を打った。
「大きな白い犬を飼いたいんです。強くて、賢くて、少し臆病な子を。そういう子を、上手くわたくし好みに躾けて、どろどろに甘やかして、たまに意地悪して不安がらせて、また甘やかす。そんな飼い方をしてみたいのです。めいっぱい手入れして、毛並みは常に最高につやつやにして」
夢見るように謡うように語るノボリの口調は、具体的な犬種まで決まっているような口振りだった。
しかしインゴの知る限りイッシュにいる犬型ポケモンの代表格と言えばヨーテリー系で、毛並みは茶色だ。他の地方でも、黒っぽい色のものしか思い当たらない。猫だったらカントーあたりに居た気がするのだが。
インゴの知らない他地方の「白い毛並みの犬」をノボリは知っているのだろうか。それともどれかの色違いに居るのだろうか。
「白い犬、というのに心当たりはありませんが、愛玩用ならワタクシたちのような職種だと世話を見切れずに寂しがらせるでしょうね」
インゴが言えば、あいがんよう、と口の中で転がすようにノボリは復唱し含み笑った。
「ええ、あまり構ってはあげられなくて寂しい思いをさせるでしょう。でも危ないことにさらさないように部屋に囲って、構えるときにはめいっぱい構って、ちぎれんばかりに尻尾を振るのを見て、また甘やかして。わたくしなしでは居られないように躾てみたいのです」
可哀想なことをする、をインゴは口に出さず思う。願望を口に出すだけなら止めはしない。どうせ実行することはないだろう。さほど付き合いが長い訳ではないが、ポケモン相手にそんな振る舞いができる男ではないということくらいは知っていた。
ただ、あいがんよう、と口にしていたノボリの瞳が妖しく鈍色に光っていて、訳も分からず背筋が震えた。



「インゴ、ノボリ、おかえり!バトルどうだった?」
駅長室で出迎えたのはエメットだった。
「19戦目で下車なさいましたよ。そろそろノボリ様のバトルを生で観たいものです」
「研修期間はまだ長いのですから、いずれ強い挑戦者様もいらっしゃいますよ。――クダリはトレインですか?」
「うん、ノボリたちが行ってすぐ呼び出しだったからそろそろ帰るんじゃないかな?ねえ、ノボリ!ボクこれ読み終わったよ!」
エメットがそう言って差し出したのは、バトルサブウェイでの運行規則やATOの仕組み、トレインの型式などが載ったルールブックだった。もちろんこちらの言葉で書かれている。
「もう読み終えたのですか!慣れない言語で大変だったでしょう」
「うん、やっぱりこっちの言葉は見聞きはできても、読み書きは難しい。でも興味のあることだったし勉強になったよ」
「それはようございました。あとで感想を聞かせてくださいまし」
「うん!」
笑顔で頷くエメットの金糸を梳くようにノボリが撫で、座って成すがままになっていたエメットはキョトンと見上げた。
「……ノボリ?」
「ああ、気分を害されたならすいません。ただ、なんとなくエメット様が犬のようでかわいらしいな、と」
瞬間インゴの背筋にまた震えが走る。
白い、犬。
過ぎった直感が間違いでなければ、それは。
「そう?別に嫌じゃないけど、……インゴどうしたの?すっごい怖い顔してるよ」
殺気を放ったままノボリの方を睨め付ければ、あの妖しい鈍色とかちあった。その口元は彼の片割れのようにつり上がっていて、まるで化粧の下手な道化師のように不気味だ。
「ひとのものをとったらどろぼう、でございますよ。ノボリ様」
「はて、何のことやら」
「ワタクシ、自分の物が盗られそうになるのをみすみす見逃すほど甘くはありませんので」
脅すように右拳を固く握り込めば、数瞬の後鈍色の光が消え薄墨色になり、ノボリの表情が常通りの無表情に戻った。
「冗談ですよ」
「……どこからが?」
「さて、どこからでしょうね」
「……」
「大事なものなら、盗られないように抱えて離さないようになさいまし。――では、わたくしクダリを迎えにいってまいりますね」
そう言ってコートの裾をなびかせて退室したノボリの足取りは軽く、さっきまでの応酬が嘘のようだった。



「インゴたち、何の話してたの?途中からさっぱりだったんだけど」
エメットに問われて、インゴはようやく緊張を解きひとつ大きく息をついた。
「……お前はもう少し気配や機微に聡くなるべきです」
「他人に興味ないインゴに言われたくないよ」
そういう意味じゃない、と言いたかったが、説明するのも面倒で何も言わずエメットの隣に座った。
「インゴ、ようやくいつもの顔になった」
「そんなに違いましたか」
「うん。だいたいいつも人一人殺してきたような顔してるけど、さっきまで百人斬り真っ最中みたいな顔してた」
「結局殺人鬼じゃないですか」
ゆるくつっこみながら、それだけの危機感が顔に出ていたのだと知って嘆息する。片割れをどうでもいいように思ったことも扱ったこともないが、他人に盗られて隣からいなくなることを一瞬でも想定した瞬間に現れる執着の強さに無自覚だったことに、自分で呆れた。
「エメット」
「んー?」
「怪しい人についていってはだめですよ」
「ふふ、いきなりなんなの?ボクちっちゃい子どもじゃないよ」
くすくすと笑うエメットの肩に寄り掛かると笑う振動が伝わってきて、不思議と安心した。
「ふらふらせず、よそ見せず、ずっとワタクシの隣にいなさい」
「なにそれ、プロポーズみたい」
「お前がそう思いたいならそうとってもらってかまいません」
素直にそう告げた瞬間、ぴたりと振動が止まる。怪訝に思って寄り掛かったままエメットの顔を窺えば、真っ赤になった頬が見えた。
「いんご、ずるい」
「ずるくて結構。お前に嘘はつきませんよ」
「もーお!二人が帰って来たときにこの顔どう説明すればいいの!」
盛大に照れる弟を見て、「ああ、愛しいな」という想いがひたひたと溢れてきて目をつむる。
そして、もしかしてノボリはこれを狙って鎌をかけたのだろうか、ということに思い至った。彼は衒いもなく弟を溺愛していて、誰にも渡さないと態度で示していた。インゴの執着とノボリの溺愛は、おそらく根っこのところでは同じなのだろう。
お互い度を越した独占欲を抱えていて大変ですね、と心の中でノボリに問いかけながら、インゴは片割れの少し上がった温かさに浸ることにした。






ノボリさんの冒頭の語りを書きたかっただけの海外マス。
ドッグタグって、『2枚1セット』ですよね。うへへ。
最初インエメのつもりで書いてたのに、インゴさんがデレた瞬間どっちでもよくなった。っていうか前書いた海外マスもそんな感じだった。