携帯獣BW エメクダ
※ いわゆる「ぼくのかんがえたさいきょうのサブボス」状態





かたた、とキーボードの音だけが響く部屋にひとつため息が落ちる。
「エメット、そこで辛気くさい顔してるくらいなら帰ったら?もう今日の分の仕事無いんだろ?」
「しばらくここに居たいんだ」
「だったらため息つくのやめてよ。気が滅入る」
「うん…ごめんね」
いつもにこにこ明るくて人当たりのいいエメットにしてはとても憔悴したような声音で、クダリは驚いた。突き放すような言い方をしたことに罪悪感を持つくらいに。
「どうしたの」
「うん、ちょっとね…聞いてくれる?」
「仕事しながらでいいなら」
そう答えれば、浅い海のようなきらきらした蒼が熱っぽく見つめてきたのが視界の端に映って、なんとなしに見ていられなくなりディスプレイに視線を戻した。

エメットはほとんど独り言のように喋り出した。
「ボクね、恋、しちゃったみたいなんだ。たぶん初恋ってやつ」
手は止めず応えることもしないまま、クダリは思う。何が初恋だ、と。
ユノヴァでも散々浮き名を流し、イッシュに研修に来ている今でも、暇を見つけてはギアステーションに来た女性客をナンパしていたのを知っている。今日はエモンガを連れたすらっとした美人と楽しげに話していたのと思いだし、眉間に皺が寄った。
「今まで付き合ってきた女の子たちとはぜんぜん違う。可愛げなんてないのにすごく可愛い。でもバトルチューブ一のモテ男の、このエメットくんが、勝ち目なんてないって諦めてる。だからためいきが出ちゃう」
「へぇ?どんな子?」
「すっごく真面目。それと、笑顔が可愛い。身のこなしもきれい。でも、常識人のように見えて、ちょっと…だいぶ…変な子。その子には大切な人がいて、その子の世界はきっと『大事な人』と『仕事』と『それ以外』の3つだけでできてるんだと思う。容姿端麗、文武両道、バトルも強くて高収入で、気立てもいいのに、そこだけが壊滅的におかしくて、まるで5V最遅調整サンダース」
「それ言ったのカミツレさんだろう!!」
思わずクダリは手を止めて叫んだ。その例えはいつだったか彼女に呆れたように言われた言葉だった。「高スペックの無駄遣いっていうのよ、それ」と、続いた言葉まで昨日のことのように思い出せる。
「ライモンのジムトレの子。だから多分カミツレさん、だっけ?って人に聞いたんだろうね」
「何広めてるんだあの人は!そもそも何の話だよ!」
「ボクの好きな人の話、だよ」
熱っぽい蒼に見つめられて、クダリは黙る。その眼差しを見、その後ろにあるものを見、舌打ちをした。エメットの背後にあるカレンダーは、クダリ自身が始業時にめくったものだった。
普段穏やかなクダリが発する剣呑な気配に固まったエメットは、動けないままクダリに引き摺られ部屋の外に追い出された。普段80kg超のシビルドンを構っているからか、自身より大柄なエメットを無理矢理移動させるくらいなら容易かった。
「僕は、性質の悪い嘘を、言うような奴は、嫌いだ」
ひとつひとつ絞り出すように吐き出された声音は嫌悪以上の激情をこらえているようで、驚いたエメットが振り向いたその鼻先で勢いよく扉が閉まった。嘘なんかじゃない、と言おうとした唇は、鍵がかかる音で閉ざされた。



春なのにしんと冷え切った廊下に、ひとつため息が落ちる。
「ああ、今日は……まずったなあ……」
4/2に切り替わったばかりのライブキャスターにぼたりと大粒の雫が落ちた。
きらわれてもボクは好きだよ、と呟いた声は涙に掠れ、厚い扉を通すことはなかった。






エイプリルフールになった瞬間思いついたのをざざっと書き上げた突発クオリティ。エメったん不憫可愛い病をヘンにこじらせたら、コレジャナイ感半端ない。
エメクダはもっと可愛くあるべきだと思ってたのになぁ。