BW エメイン
※ 特にこれといった深い設定はないですが、いわゆる「ぼくのかんがえたさいきょうのサブボス」状態、捏造盛り放題です。
※ インゴが口調が荒い、エメットが元遊び人
※ エメットがモブに対してちょっとひどい人かも





それは本当にふとしたきっかけが降り積もった結果だった。
たとえば、街中でスクール時代のクラスメートに出くわし、目があった瞬間旧い渾名を叫びながら逃げられたりときだとか。
たとえば、エメットがバトルサブウェイの利用客とにこやかに話しているのをみたときだとか。
たとえば、逆恨みも甚だしい言いがかりをつけてきた上に結局人違いだった暴漢をねじ伏せたときだとか。

たとえば、コートを着ていればさほど分からない肉付きの差を、お互い裸になったときに改めて認識したときだとか。



「お前、ノーマルだろうが」
ぽろっとこぼれ落ちたのは、不安だとか嫉妬だとかそういう人間臭い感情ではなく、言ってしまえば「疑問」に近かったのだけど、インゴは口にした瞬間「ああ、なんか違うな」と思った。
「ノーマル?タブンネちゃんにはお世話になってるけど使うならやっぱ虫タイプがいいなぁ」
「ちげーよドアホウ」
「ん?」
「ほら、なんつーんだ……ノンケ?ヘテロ?」
「そういう意味?……えー、今訊くこと、それ?」
「今だから気になった。――おいコラ見えるとこに付けんじゃねーぞ」
「わかってるって」
二人を乗せたベッドはかすかにきしんだ音を立てていて、脱ぎ捨てたシャツはその脇に落ちている。エメットがキスマークを付ける場所をじっくり検分して迷っているものだから、インゴはなんとなく手持ちぶさたで片割れの頭を撫でていた。それが正しいのか分からないが、こうすればエメットが嬉しそうにするので。
こんなときにも思う。自分はあまりに経験不足で何をしたらいいのか分からないのに、エメットは毎回随分と楽しげにコトを進めている。
唇を落とされた二の腕もインゴの方が筋肉がついているし、肩越しに見えるエメットの腰はモデルのように細く稜線を描いていた。
女を知っているくせに、こんな技術も魅力もない固い身体を抱いて何が楽しいのかと。言いたかったことは、つまるところそれなのだと思う。
「ホモかヘテロかで言われたら後者だけど、僕基本的にインゴにしか興味ないしなぁ」
「ほう……?」
キスマークの出来に満足げに笑んだエメットがインゴの方に視線を移せば、怪訝な眼差しを向けられていたことに気付いて憤慨した。
「ちょっと、そこ喜ぶとこでしょ!なんで『何いってやがるこの女たらしが』って顔してんの!」
「惜しいな。正確には『何言ってやがるこの女泣かせのヤリチン野郎が』だ」
「もっとひどかった!否定できないけど!あっでもスキンは欠かしたこと無いからビョーキはもってないよ。検査もオールグリーンだしね」
ルールを守ってセーフティセックス!とのたまった弟のやたら爽やかな笑顔が無性にむかついて、頭をはたけば律儀に「いだっ」と鈍い声がした。
「っていうか!僕ばっかり責められる謂われ無いよね!インゴだってモテてたんだからさ」
「はぁ?なんだそりゃ。初耳だぞ」
「そんなはずないでしょ?僕が知らないだけで女の子の一人や二人や十人や二十人……あっ、えっ、うっそ……」
インゴの眼が冷たく細くなっていくのを見とめ、エメットは口を閉ざした。色気のある雰囲気など消し飛び、愛撫の手などとっくに止まっている。
そして、エメットは学生時代の己の所行を思い返した。


インゴは元から他人への興味が極端に少ない性格だが、スクールに通っていた頃は現在よりも更に人間嫌いをこじらせていて、出席日数のために登校はするものの授業には滅多に顔を出さない、いわゆる不良だった。おまけに売られた喧嘩は言い値で買い取る上に腕っ節も馬鹿みたいに強く、タフで負けなしだったために、いつの間にか本人の預かり知らぬところで「ニンバサの怒れるドラゴン」などというご大層な渾名までついていた。
(余談だがそんな渾名がついたことをインゴに教えたところ、ちょうどボールから出していたオノノクスに抱きついて「ドラゴンだってよ。お前と一緒だな」と嬉しげにしていた。うちの兄さんなんだか変だよ!と心の中で叫んだのも今では遠い思い出だ)
成績優秀眉目秀麗で笑顔を欠かさず愛想のいいエメットがモテるのは当然のことだったが、ワルい男に惹かれる層が一定数居るのもまた当然で、「インゴさんに渡してください」とラブレターを渡されたことは一度や二度ではなかった。
その手紙をエメットは「返事は期待しないでね」と言いながら預かり、残さず捨てていた。それは誰かがインゴに近づくのをエメット自身が許さなかったからであり、インゴ自身も人が近づくのを厭ったためだ。
インゴに直接告白しようとする無謀な子は、初めて見る至近距離の睨みに怯えて口がきけなくなるし、クラシカルにも下駄箱や机に入れられたラブレターはインゴの手に届く前にエメットが回収して処分していた。お互いの精神衛生のために、インゴには黙っていたことだったが。
その後に入った鉄道員養成校はほぼ男子校と言っていい男女比率だったし、人間嫌いのインゴがプライベートで積極的に人に関わるということはほぼ考えられない。
ということは、つまり。


「インゴってもしかして、どうt――うぐぅっ!」
言い切る前にエメットの鳩尾にインゴの膝蹴りが決まった。怒りにまかせたそれは、不意打ちの腹に深くめり込んだ。
「萎えた。退け」
一体何故こんな話になったんだか、とインゴは些か後悔する。頭の回転は早い癖に随分と馬鹿なこの男に、どんな言葉を期待していたのだか。自分でも明確に決まってない答えを、この片割れに臨む方が馬鹿だったのか。
幾許かの落胆と自嘲を込めて溜め息をつけば、痛みにうずくまっていたエメットがびくりと身じろいだ。
「あの、気にしてたんだったら、ごめんね?」
「もういい。退けつってんだ。もう一回蹴られたいか」
そう言って足をエメットの股間へずらせば、
「やめてくださいしんでしまいます」
と即答し、じりじりとインゴの上から降りた。そしてベッドの横に座り込んで蹴られた鳩尾をさすっている。
「とっとと部屋に帰れ」
「もう、ちょっと、まって……ほんと痛い……」
「復帰遅えな」
「人間兵器一歩手前みたいなインゴと比較しないでよ」
「その人間兵器を好きだつったのはどこのどいつだよ」
言ってから、インゴはまた「ああ、なんか違うな」と思った。深く考えずに喋っているはずなのに、口に出る前に何かねじまがったような不思議な感覚だった。
蹲っていたエメットを一瞥すれば、遠浅の海のような蒼と目が合った。こちらに隠すものなどないのに、随分と探るような視線を寄越すものだから居心地が悪い。しかしこちらから視線を外すのも癪で、睨むように見つめ返してていると、エメットが口を開いた。
「僕はいろんな人にいろんな嘘を言ってきたけど、」
一息溜めて、
「インゴにだけは嘘はつかないよ。どうせすぐにばれるし。 ねえインゴ、僕はインゴを世界で一番愛してるし、一番幸せになってほしいと思ってるし、できればそれをしてあげるのは僕でありたいと思ってるんだ。だって君が誰かのものになるなんて、耐えらんないもん」
あまりにも真面目なその瞳と声に、冷えていたことすら気づかなかったインゴの胸の奥にじわりと熱が灯った。
「乱暴だし辛辣だし、兄弟で恋愛するのってめんどくさいな、って時々思うけど、それでもインゴが好きだよ。インゴだから好きなんだよ。インゴがいなきゃ僕は生きていけないんだよ。だから、僕の傍にいて。お願い」
握ってくるその手は縋るようなのに、その手に縋りたいのはこちらの方だったのだ、とインゴは唐突に気付いた。この手、この言葉が欲しかったのだ。
誰とでも当たり障りなく付き合えて大抵のことは器用にこなすこの弟が、何事にも不器用な自分に執着している証が欲しかった。その発露が当初の疑問であり、後の怒りだった。
子供染みたそんな欲求に自分でも気づかなかったことに呆れ、気付かなかったうちから欲求を満たしてくれる弟の異様な聡さにも呆れ、また溜め息が出た。するとエメットは怯え縋るような眼差しを強くする。何を勘違いしているのだろうか。捨てられるとでも思っているのだろうか。そんなこと、出来やしないのに。この片割れは聡いくせに時折凄まじく鈍感で、思わず口角が僅かに上がった。
「頼まれたって離れねえよ」
そう言ってめいっぱいの親愛を込めて金糸を撫でれば、エメットの瞳はとろりと伏せられた。
「どうにも俺は、鈍い上に不器用でいけねえな」
自分にしか聞こえないくらいの声音で呟いたつもりの独り言はエメットの耳にもしっかり届いたようで、眠たげな声で応答が返って来た。
「インゴのそういうところも好きだよ」
「そうか」
「僕だけは分かるからいいよ」
「そうか」
「インゴがまともに人付き合いできるようになったら、誰かに取られちゃう」
「こんなん好きになる物好きはお前だけだろうよ」
「わかってないなぁ」
インゴ引き止めとくのに僕がどれだけ、とまでは聞こえて、その後は寝息の中に消えた。
そういえば最近ダブルへの乗客が多くて、二人揃って休みを取るためにエメットが仕事を詰めていたのを、今更のように思い出す。
「疲れてんなら無理してシたいっつーんじゃねえよ」
インゴが苦笑すれば、寝入ったはずのエメットも呼応するように口角が上がって、それがあまりにも双子らしくてインゴはさらに笑った。


離れられないなんて分かっているはずなのに、どういうわけかお互いがお互いの特別である証を欲したがる。それは漠然とした渇望なのかもしれない。
「人間っつーのはわかんねえな」
ふう、と吐き出すように呟いた声はインゴ自身の耳にしか届かなかった。
とりあえず疲労困憊していたにも関わらず容赦なく蹴ってしまった弟を労わるために自身のベッドに寝かせ、手持無沙汰にエメットの髪を撫でた。
不名誉な誤解を解いておきたいという気持ちは多分にあったが、その前に伝えるべき言葉を探すためにインゴは暗闇の中で思索を巡らせることにした。






敬語ログアウトさせてバトルサブウェイ以外の話させたら、インゴさんが誰おま状態。
インゴさんはスクールの女教師に逆レイプみたいにお初を奪われた(ので人間嫌いにブーストがかかったしインゴにとって思い出したくもない事象になった)というのを裏設定にするか没設定にするかちょっと迷ってます。