BW ノボシャン(+クダチュラ未満)





「わたくしは、他人を愛するということがいまいちよく分からないのですが」
そう言うノボリが手にしているのは結婚式の招待状だ。数カ月後に部下が挙式するということで、彼から直接渡されたものだった。報告があったときにみんなしておめでとうと言ったけど、ノボリだけは少し考え込んでいるようだったのをぼくは知っている。
「その『愛』とはどういうものなのでしょうか」
「恋愛、したことなかったっけ」
「……ええ、まあ」
返答に間があったのは、やっぱり何か思うところがあるからなんだろう。宙を見る眼は、どこか虚ろで悲しげで。ノボリは鉄面皮のくせに隠し事が下手だ。そう思うのは生まれた時から連れ添ってるぼくだけかもしれないけど。
「その『恋愛』というものは、わたくしが家族としてクダリを愛することや、公私共にパートナーである手持ちの子たちを愛することと、どう違うのでしょうか」
「答えは人によって変わると思うけど、そうだなぁ……」
ぼくだって結婚に至るような恋愛をしたことがないから正しい答えを持っているわけじゃないけど、ノボリが欲しがっている答えは分かる。だってノボリの一番近くに居るのはぼくだから。
「死ぬまで一緒に居たい、一緒に居ると満たされる、っていう深い『愛』があって、それを表現する方法のひとつが恋愛とか結婚なんじゃないかなぁ」
「それがクダリの答えですか」
「うん。だからね、そういう『相手』を見つけれたら、それってすっごく幸せなことだと思う」
ノボリがこちらを向いて、ぱちくりとした後にふっと笑った。ほら、やっぱりノボリは隠し事が下手だ。だってそういう『相手』が居なきゃ、こんなに穏やかで幸せそうな顔をしないもの。


「他人を愛する」ということが分からないとノボリは言うけど、それはノボリが人を愛することができないからだ。正確には、ノボリには昔から心に決めた相手が居て、それは人間ではなくてポケモンだったからだ。
子供の頃はぼくと同じように当たり前に手持ちの子たちを可愛がっていたはずだけど、いつからだろう、藤色に揺らめく灯火を見つめる瞳が魅入られるように熱っぽくなっていたのは。その炎が力強くノボリを照らせるようになった頃には、ふたりはもうそういう関係だったように思う。秘密にしているつもりらしいから、正確には分からない。
ふとした時にぼくとそっくりの顔で恋に落ちた男の顔を見せるものだから、なんだかとても気恥ずかしかったけど、ふたりが幸せならそれでいいかな、なんて。結ばれない恋ではあるけど、想いは報われているから。


どこかの神話では、大昔人間とポケモンの間に境目なんかなかった、っていう話を聞いたことがある。
だからぼくはノボリの小指に括られた赤い糸が女の人じゃなくてシャンデラの真鍮の腕に絡まっていただけで、それがちょっと今の時代には合わない旧すぎる関係だったのだ考えることにしている。
「ノボリにもそういう『相手』ができたらさ、ぼくに真っ先に紹介してね。どんな子でも祝福するから」
『人』という言葉を使わないのはぼくのささやかなこだわりだ。きっとふたりが一番気にしていることだと思うから。
「ええ、きっといつか」
ノボリは照れ笑いしながら自室に消えた。それを見送ってからぼくはひとり呟く。
「そばに運命の相手がいるって、いいなぁ」
ふと視線を感じて斜め下に視線を向ければ、デンチュラの碧い複眼と目が合った。なんとなく小指を突き出した右手を差し出すと、デンチュラがしゅるると糸を吐きだしてそこに絡めた。その糸は勿論赤くはないのだけど。
「きみがぼくの運命の相手?」
問いかけると、こちらの意図が分からないのかデンチュラはこてんと小首を傾げた。ふしぎそうな表情の彼女をぎゅっと抱え込んで、やわらかな体毛に顔をうずめる。
「決して楽な道ではないけど、羨ましいよね」
独り言のようなその言葉にデンチュラの腕がぼくの身体を抱きしめた。それだけで胸の奥があたたかな気持ちになれるんだから、今はもうそれでいいかな。


もう一度ノボリの部屋を見、ぼくは祈る。
どうか、ぼくの大切なひとが幸せでいられますように。






異種間恋愛の秘めた恋。
ノボシャンのいいとこは、無機質っぽい形状とファンタジーでオカルトな設定の両立で、生々しくならないとこだと思います。