BW エメ←クダ





やや上のほうにある端正な顔を見つめる。
見惚れていたら、それに気づいた彼がこちらを見つめ返し、少し照れたように笑う。白い頬に朱がさすのがなんだかかわいいと思う。
蜂蜜色の髪が太陽の光を反射してきらきらと輝くのがまぶしくて、夏の空みたいな色の瞳が灰色の僕を映すのが恥ずかしくて。
弾んだ声音が耳をくすぐって、こちらも心が弾むのを止められない。浮かれすぎて彼が何を言っているのかあまり頭に入ってこないけど、何かを嬉しそうに話すからつられるように嬉しくなった。
一歩ほど前を歩いていた彼がくるりと振り向き、演技染みたそぶりを見せてこちらに手を差し伸べる。それは子供の頃に読んだ本に出てくる騎士のようで。
だから僕はこれが現実ではないと再認識する。だって彼は、お姫様にするような仕草を僕に対してする人ではないから。
浮き立っていた気持ちがすっと冷えて動けなくなっている僕に、彼は不思議そうな面差しを向ける。そんなところまで本物の彼に似なくていいのに。夢なら夢らしくしてくれ、と願う。



ふっと意識が浮上したところに待ちかねたようにアラームの音が響いた。1コールもしないうちにアラームを止める。
たかだか数十分の間に見る夢ですら想い人が出てくるなんていよいよ末期だな、とひとつ自己嫌悪しながら起き上った。
仮眠室に備え付けられている姿見で格好を確認してから廊下に出れば、奥の方から歩いてきた私服姿のエメットとばったり出くわした。
「うわっ、と――あれ、クダリ今から仕事?」
さっきまで夢の中で会っていた当人といきなり顔を合わせるはめになってクダリは、動揺するのをなんとか顔に出さないようにしながら応対した。
「う、うん、休憩終わったとこ。エメットは今あがるの」
「そうだよ、へへへ」
「なんかごきげんだね?」
「わかる?今からデートなんだぁ。残業にならなくて良かった」
心底幸せそうな笑顔に笑顔で返しながら、胸の奥がじくじくと痛んだ。聞かなければよかったと思うものの、もう遅い。
「だからいつもよりおしゃれしてるんだね。かっこいいよ」
「そう?へへ、お世辞でも嬉しいな」
「お世辞じゃないよ。――時間は大丈夫?」
「あっ、そろそろだ!じゃあ、もう行くね」
「はい、いってらっしゃい」
「いってきまーす」
ぶんぶんと手を振って駆けていくエメットを見送りながら、クダリ自身ももう仕事の時間でエメットと同じ方向にあるエントランスに向かわなければいけなかった。早足で向かうと、地上に向かう階段の近くに先程見送ったエメットの後姿が見えた。
そこから軽い足音が響き、長い髪を風に舞わせた女性が駆け下りてくる。その彼女が最後の数段で階段を踏み外した。それを近くにいたエメットがとっさに抱き留め、少しして二人が笑いあう。それだけで彼らの関係が見てとれた。
すっと胸の底が冷える心地がして、クダリはその場にたたずむ。夢と現実の乖離をまざまざと目の当たりにして体が動かなかった。
艶やかに靡く亜麻色の髪も、薄い化粧に彩られた愛らしい顔も、彼に抱き留められた細い肢体も、全てエメットの傍にあることが似合っていて、かつクダリには無いものだった。今まで求めたことすらないものだった。
それでも。
「ああ、痛い、なぁ……」
胸が嫉妬と悲しみでぎりぎりと締め付けられる。こぼれそうになった涙は辛うじて堪えた。
ぐっと歯を食いしばると、コートがくいくいと引かれる感覚がして、視線を下すとぬいぐるみを抱えた園児がコートの裾を握っていた。
「おにいちゃん、いたいの?」
「え?」
「いたいって、いってた」
「――ああ、いや」
「あめ、あげるね」
脈絡が見えないが、慰めようとしてくれてるのだけは分かって胸が別の痛みでちくりと痛んだ。弱っているところに触れた優しさは、思いの外染み渡った。
「ありがとう。そんなことされると好きになっちゃうかも」
「……?」
「いや、こっちの話。おじょうちゃん、パパかママはどこにいるのかな?」
「わかんない」
「そっかぁ……じゃあ、おにいちゃんと一緒に探そうか」
「うん!」
にこにこ笑う園児の手を引いて迷子センターへ向かう。数歩歩いて、ふと立ち止まり、エントランスの階段の方を振り返る。あの二人の姿がもうないことに、なんとなくほっとした。
「おにいちゃん、どうしたの」
「なんでもないよ。行こうか」
他の人を好きになれたらよかったのに、と詮ないことを思う。それでもこの手のぬくもりが彼のものだったらよかったのに、と考えてしまう自分に吐き気がして、自己嫌悪が鉛のようにまたひとつ積み重なった。






「エメクダへのお題は『夢は夢のままで・風に舞い踊る髪・恋をしましょう』です」ってお題ったーに言われたので。
単語だけ見ると爽やかなのに、なんでこんなクダリちゃんがかわいそうになったのか……。