BW エメクダ
※ ゲークダがアニクダの裏人格という特殊設定
※ バッドエンド





コンコンとノックをすると、ドアの向こう側から「はぁい」というやや間の抜けた声が聞こえた。返事に促されるままドアを開ければ、だらしなくソファに寝そべったクダリが視界に入ってエメットはぎょっとした。
「あれっ、エメット!いつこっち来たの。教えてくれたら迎えに行ったのに!」
「少しまとまった休みがもらえたから、クダリを驚かせようと思って。……で、キミは誰?」
クダリは歓迎の姿勢で出迎えたのに、エメットは不信感も露わに問う。それでもクダリは笑みを崩さないまま答えた。
「誰って、何言ってるんだい。僕はクダリだよ。君の同僚で友達の、サブウェイマスターのクダリ」
「ボクの知ってるクダリは、来客があったときには誰であろうと姿勢を正すし、挨拶もなしに喋り出したりしない。ノボリにはさっき廊下で会ったから入れ替わってるわけでもないね。クダリと同じ格好をして彼の名を名乗る、キミは誰?」
するとクダリはぱちくりとひとつ瞬いて、ニィと笑う。道化のようなそれは、エメットが初めて見るものだった。
「あーあ、あっと言う間にばれちゃった。抜き打ちとかひどいよエメット」
ふてくされて唇をとがらせるクダリの声音は、確かにクダリの声なのにいつもと違い少しだけ高く、口調は子供のように奇妙に弾んでいた。
「ああ、そんなににらまないで。ぼく、クダリ。もっと言えば、普段のクダリとは違う、もう一人のぼく」
「……どういうこと」
「ぼく自身にもよくわかってないんだけどね。したいと思っていることを理性で押さえ込んでるってこと、あるでしょ?疲れたから仕事さぼりたい、だとか、子供の頃みたいにおにいちゃんにおもいっきり甘えたい、とか。クダリはそういうのが人一倍多くて、抑圧されたものがあふれだして表面化したのが、ぼく」
「それは、つまり二重人格ってこと?」
エメットは少し思考を巡らせる。どこかにそんな小説があったと聞いた覚えがあった。
「さぁ?ただ、ぼくはぼく自身のことをクダリの『影』だと思ってる」

「――で、普段のクダリはどこにいったの」
「知らない。たぶん、意識のすっごく下の方でちっちゃくなって泣いてる。いや、もう泣き疲れて寝てる、かな」
「なんで」
「さっきから質問ばっかだね、エメット。そんなにクダリのことが心配?」
「当たり前だろ!」
「なんで?」
「なんでって……」
疑問詞をそのまま返されて、エメットは答えに窮する。否、答えは決まっているが、目の前の得体の知れない彼に言ってしまっていいかどうかを判断しかねていた。
その逡巡を読みとったかのように、『クダリの影』と名乗る彼は口角を更に上げ、言った。
「彼には聞こえてないんだから、言っちゃえばいいのに。――ねえエメット、あの子が意識の奥に隠れちゃったのはね、きみのせいなんだよ」
「はあ?!」
「きみが、手を伸ばす気もないのに、クダリに近づいたりするから」
クダリの笑みが消え、ナイフを喉元につきつけるような剣呑さで視線がエメットに定まる。その銀色はエメットの心中を容赦なく見透かしていた。
「クダリが好きだっていう気持ちを隠しきらないまま、たくさん話してたくさん触って、それでも決定的な言葉は言わないで。思わせぶりなことばっかりされて、エメットの真意がわからなくて、クダリはいっぱい悩んでいっぱい泣いて、それに疲れて、隠れちゃった。だって、クダリもエメットが好きだったから。好きになっちゃいけないって思ってたから」
「……っ!」
「あの子が真面目で常識からはずれたこと嫌がるの、知ってるでしょ?感情面が不器用なの、知ってるでしょ?友達でいたいって気持ちと、好きでいるのをやめたいって気持ちの間で動けなくなって、それなのにエメットが遠慮なく近づいてくるから。ちゃんと友達の距離をとるか、掻っ攫ってでも恋人にしちゃえば、こんなことにならなかったのに、ね?」
にこっと笑うクダリの笑顔は憐れんでいるように見える。憐れんでいるのは、エメットの方か、今居ない彼の方か。
「……それは悪かったよ。僕のせいでそんなに傷つけてたなんて知らなかったし、知ったからには謝りたい。ねえ、きみの中に眠ってるっていう普段のクダリは、いつ帰ってくるの」
「さあ?もう帰ってこないかも」
「そんな!」
「彼がどんな判断を下すかはぼくにもわからないし、一度決めたらぼくには覆せないもの」
そう言って、クダリは棚に飾ってあったチェスの駒を手に取り、一つエメットに手渡した。馬の頭を模った白いそれは、ナイトの駒だ。
「残念だったね、お目当てのキングは目の前にあったのに、臆病なナイトは手を出せなかった。そして考えあぐねてる間にキングは盤から降りちゃった」
王冠を戴いた白い駒を見せつけるようにかざしてから、ぱっと手を放す。袖の広いサブウェイマスターのコートはそれを受けとめ、キングの駒は吸い込まれるように姿を消した。
何をなぞらえているかなんて考えるまでもない。

「そこでエメットにおしらせと提案があるんだけど、聞いてくれる?」
半ば茫然としていたエメットは、意識を浮上させ答える。
「……聞くだけなら」
するとクダリが少しだけ頬を染めて笑った。今日の中で一番人間らしい笑顔だとエメットは思う。不覚にも、好きな人と同じ顔のその表情に胸がざわつく。
「じゃ、言うね。あのね、えっとね、ぼくもエメットのこと好きなんだ」
エメットが声もなく驚いているところに追い打ちをかけるようにクダリは続けた。
「――何驚いてるの?ぼくはクダリの抑圧された部分って言ったでしょ?ぼくはクダリがしてはいけないと思っていたことができるもう一人のクダリだよ。要するに、ぼくは『きみに告白することができる』クダリ」
白いキングを消した袖からクダリは駒を取り出した。しかしそれは王冠を戴いているものの、手品のように黒く色を変えていた。
「姿かたちは見ての通りだし、あの子にできることはぼくにもできる。だからね、ぼくのコイビトになってほしいんだ。どうかな?」
そう言うとクダリはぐっと一歩踏み出した。元から近かった二人の距離はほぼゼロになる。
「無言は肯定と受け止めるけど、いい?嫌だったら言って。ちゃんと拒否して。きみに無理強いはしたくないから」
それでもエメットは動けなかった。嫌だと言えばいいのに、突き飛ばしてもいいはずなのに、できなかった。いつかこの腕に閉じ込めて愛を囁いて触れ合いたいと思っていた相手が、今までにない至近距離に居ると思えば拒否などできなかった。
見上げてくる煌めいた瞳が、鮮やかに染まった頬が、細い肢体が、彼の匂いが、全てがエメットを誘惑した。
「エメット、愛してる」
熱く囁いた唇が更に距離を詰め、なるべくしてなったようにエメットの唇に重なった。
それはほんの少しの時間、ほんの少し触れ合っただけの小さなキスだった。だけどクダリは満足したようだった。拒否しなかったことを本当に承諾と受け取ったに違いなかった。
「ずっとこうしたかったんだ。ありがと」
心底嬉しそうにする彼に、エメットは肯定も否定も出来なかった。
一瞬触れ合った二人の手の間で、カチ、と音が鳴る。黒のキングが白のナイトにぶつかった音だった。
瞬間、エメットは何かが終わった音を聞いた気がした。ぱりんと砕け散り、破片がばらばらと落ちていくような音だった。眠っている方のクダリとの関係が壊れたのだと、考えるでもなく思った。

粉々になったキングは、二度と戻らないに違いない。






『「ナイフ」「チェス」「ジキルハイド」がテーマのエメクダの話を作ってください』とお題ったーに言われたので。
書いてみたかった『我は影、真なる我』をねじ込んだらバッドエンドくさくなりました。

一般雑学的な補足:ナイトの駒は他の駒を飛び越えて進めるけど真正面には動けない、キングは1マスずつだけど真正面に動ける