BW ヒュウキョウ





ヒュウが珍しくアベニューに立ち寄ったきっかけは、妹からの電話だった。
「おしごと忙しいのはわかるけど、たまにはヒオウギに帰って来てよね。レパルダスも待ってるよ」
そんなことを言われてしまえば、自他ともに認めるシスコンであるヒュウは近いうちに帰らなければという使命に駆られるのも当然だった。しかし、折角帰るんだから土産くらい買っていこうと、ホドモエで店を物色してみたがいまいちピンとくるものがない。そもそもイッシュの玄関といわれるホドモエで見つかる物品といったら、食料品か些かマニアックなポケモングッズばかりであった。
「つっても、ここより大きなマーケットなんて……あっ」
しばし思案して、ひとつ思い当たる。
最近ライモンの南にアベニューが出来たと聞いたことがあった。特に用事もないため通過したことしかなかったが、アベニューなら妹が喜びそうなものがあるかもしれない。もし無くてもライモンは華やかな施設の詰まった娯楽都市だ。あのレパルダスに似合うミュージカルグッズや年頃の女の子が喜びそうな小物が見つかるだろう。
そんな理由だった。



アベニュー内にあるカフェのガラス越しに見える二人連れ、見慣れた姿と見慣れない人影。
冬でも半袖という軽装すぎる格好と無造作なナッシー頭は、まぎれもなくヒュウの弟分であるキョウヘイだった。そして彼と同じテーブルでにこやかに談笑しているのは、かわいらしい少女。歳の頃はキョウヘイと同じくらい、やさしそうな子だ。
それを見かけた瞬間、ヒュウはとっさに物陰に隠れた。何故か見てはいけないものを見てしまった気分だった。
ばくばくと落ち着かない心臓を無理矢理になだめるように大きく呼吸をし、少し間を置くと一気に混乱が襲った。
「な、なんでオレこんなに動揺してんだ……!?」
そして心構えをするようにもうひとつ大きく息を吸い、そっとカフェの方を覗き込んだ。息は無意識に詰めていた。
光景は先程とさして変わらず、キョウヘイと女の子が喋っていた。時折片方が真面目に喋って片方が真剣に聴いたり、ふたりそろって笑い合っている様は親しげで、まさにお似合いといった感じだった。
そんな二人の様子に、ヒュウの胸にもやもやとわだかまりのような重い靄がたちこめる。その感情が「キョウヘイのやつ、先に彼女つくりやがって」などではなく「オレの方がキョウヘイとの付き合いが長いのに」といったものに近いのが、自分でも不思議だった。
見ていて気分のいいものではないのに目を逸らせず、物陰から一カ所をじっと見つめる男という図はストーカーのようだということにヒュウは気付かなかった。
しばらくすると穏やかに話していた二人が、ふいにきゃんきゃんと口論をしだした。昔から温厚なキョウヘイがヒートアップするなんて見たことがなかったヒュウは狼狽えるが、だからと言っていきなり飛び出して仲裁するわけにもいかない。
カフェから少しはなれた場所でおろおろとしていると、キョウヘイがライブキャスターをいじりだした。何をしているのかと思う間もなくすぐそばで呼び出し音が鳴ってヒュウは心臓が飛び出そうなほど驚く。音の発信源は勿論ヒュウのライブキャスターで、表示された名前はキョウヘイだった。
さっき宥めたばかりの鼓動を深呼吸してまた宥め、できるだけ平静を装って通話ボタンを押す。
「ようキョウヘイ。どうかしたか?」
「ヒュウ?暇?いまどこ?」
画面越しに喋るキョウヘイは声音こそ変わりないが早口で、いつもは緩やかに下がっている眦はやや吊り上っていた。
「お、オレか?ライモンの近くぶらぶらしてた」
ついさっきまで君を凝視してましたとも言えず、当たらずと言えども遠からずなことを言えば、
「じゃあアベニューの南端のカフェにすぐ来て!」
諾と答える間もなく切られた。
すぐと言われて本当にすぐ行くと不自然かと思い、少しアベニューを半周くらいしてから今みつけた風を装ってカフェの前まで行くと、窓の向こうでキョウヘイが手を振り、女の子が会釈した。
招かれるまま彼らの席まで行くと、テーブルには何かを書き散らしたようなメモが目についた。
「おはよ、ヒュウ」
「おう、おはよう、って時間でもないけどな」
「はじめまして、ヒュウさん。メイです」
「はじめまして、メイ、さん?」
「呼び捨てで良いですよ。年下ですし」
「――で、なんだよいきなり呼び出して」
メイと名乗った少女と簡単に挨拶をして、キョウヘイに話を振る。お願いだから痴話喧嘩には巻き込んでくれるな、という苦悶の声は胸の内にとどめておいた。
「ヒュウに相談したいことがあって。ちょっとこれ見てくれる?」
渡されたのはテーブルに散らばったメモと、店内で出せるサイズのポケモンたちだった。てっきり喧嘩の仲裁か証人でも任されるかと思っていたヒュウは、ぽかんとしてキョウヘイを見、メモを見、もう一度キョウヘイを見た。状況が把握できない上に、メモにはポケモンと技の名前とアルファベットと数字が乱雑に書かれていてそちらも理解できなかった。
「おい、なんだこりゃあ」
「何って、手持ちの子たちの個体値と種族値と努力値振りと技構成のリストと、本人たち(?)だよ。このへんがアタッカーの子たちで、こっちがサポート寄りの子、それが耐久系の子」
「こ、こたいち?どりょくち?」
「キョウヘイくん何も話してないの?――ヒュウさん、最近わたしとキョウヘイくんでバトルサブウェイのマルチトレインに挑戦しているんです。でもなかなか勝てなくて……」
「そうそう。二人で作戦練ってても煮詰まっちゃってさ。新しい視線を求めてヒュウを呼んでみたんだ」
「さっきぴりぴりしてたのそれか」
「まあね。――あれ、なんで喧嘩してたの知ってるの」
「え?ああ、いや、あの、ライブキャスター越しのキョウヘイがなんかキレてるみたいだったからよ」
「そっか。でも、近くに居てくれてよかったぁ。何か分かることとか、ある?」
「そう言われてもなぁ……」
かつて目的の為に強さを求めていたヒュウも、いわゆるポケモン廃人的な育成とは縁遠かったために専門用語や数値を見せられてもわからない。評価するならわざ構成と特性くらいだろうか。
メモから目を離して、ボールから出された面々を見れば、どのポケモンもしっかり育てられているのは一目で分かった。大きすぎて店内では出せないのも含めれば随分と頭数が多いだろうに、毛並の色つやも良く、レベルも充分あって、愛情をこめられている。
「こんだけ揃うと壮観だな。えっと、こっちがアタッカーだっけ」
「そうそう。この子が言わずと知れた僕の非伝説最高の特殊アタッカー!C極振りで、積み技とか補助技も考えたけど、結局フルアタにしちゃった。で、こっちがー」
「この子はわたしが育てた物理アタッカーの子です。AS振りで、タイプ一致1つと不一致2つ、あと剣舞入れてます」
険悪そうだったのが嘘みたいに、説明という名のポケモン自慢を繰り広げる二人にヒュウは圧倒された。しかし心底楽しそうな笑顔にこちらも楽しくなった。
「で、こっちがサポートメンバー。天候パに持ってこいの子と、Sに振った子が多いかな」
「へえ。――ん、このエルフーン、すりぬけなんだな?」
「えっ?!どういうことメイちゃん」
「うー……やっぱまずいですか」
「別に悪いわけじゃねえけど、サポートならやっぱりいたずらごころだろ」
知りうる情報を口にすれば、メイが涙目になってヒュウはぎょっとした。しかしキョウヘイはそこに容赦なく追い打ちをかける。
「ヒュウの言う通りだよ。すりぬけじゃアタッカーにはなれてもサポートには不向きでしょ」
「S116あるし、補正もあるのに……」
「優先度+1だったらS振らなくていい分耐久に回せるでしょ」
「4V……」
「それとこれとは別ですぅー。はーい厳選やり直し!行っておいで」
「ごめんね、わたあめちゃん!後でシングルで使ってあげるからしばらく育て屋に居てね」
涙目のままエルフーンを抱えたメイは、自身の手持ちをボールに戻し、肩を落としてカフェを去っていった。



アベニューから去ったところまでなんとなしに目で追ってから、暫しの沈黙の後、ヒュウはぽつりと訊ねた。
「なあキョウヘイ、俺まずいこと言っちまったのか」
「え、なんで」
「あの子、泣いてたじゃんか」
「ああ、メイちゃんはポケモンがバトルでちょっと派手な怪我しただけでああなるから、あんまり深く受け取らなくていいよ」
「じゃあなんでバトル廃人やってんだか……。まっ、いいけどよ」
話が一段落し、手持ちやメモを片付けて、キョウヘイはぐーっと伸びをした。随分と気合を入れて話し合いをしていたのか、気が抜けたように、ふぁ、と欠伸まで出している。
「あー、暇になっちゃったなー。そうだ!ヒュウ、時間あったら今から一緒にマルチトレイン行こうよ!」
「時間はあるけどよ、さっきの子待たなくていいのか?」
「厳選の後の調整もあるし、2日くらいかかるんじゃないかな。準備できたらまた連絡来ると思う」
「そういうもんなのか?ならいいか」
「じゃ、決まり!」
言うなり、キョウヘイはヒュウの手を引いて立ち上がった。
「ちょ、待てって!何そんなに急いでんだ」
「ヒュウとマルチバトル久しぶりなんだもん、楽しみでさ!」
「……そうかよ」
「旅してるときも、ヒュウと一緒のバトルが一番楽しかったな」
「……お、俺もだ」
バトルが楽しかったという話をしているはずなのに、何故だか妙に恥ずかしくて顔に熱が集まるのを感じる。更にキョウヘイが無邪気な笑顔を向けてくるものだから、見られたくなくてついと顔を背けた。
「詳しいルールはまた後で説明するね!早く行こ!」
走り出したキョウヘイにひっぱられてヒュウも駆けだした。手を繋がれていることを再確認して、更に赤くなる顔を上着の襟元を上げて隠す。自分ばかり照れてるのが悔しくて先を走るキョウヘイの方を見れば、桃色の頬がちらりと見えて驚くと同時に、何故か違和感なく可愛いと思う心があった。
(――ったく、どんだけテンション上がってんだよ)
それだけ楽しみにされればその熱いプレッシャーが嬉しくて、ボールホルダーに手を触れれば、話を聞いていたらしい手持ちがそわそわとしているのがボール越しに伝わる。それに煽られるように久々のバトルへの期待に胸が更に高鳴った。自然動く足が軽くなり、リーチの分早くキョウヘイを追い越す。
「キョウヘイ、そんなにちんたら走ってたら日が暮れちまうぜっ!」
「あっこのっ、ずるい!」
笑いながらアベニューを抜ける頃には、原因不明の動揺は綺麗に頭から吹き飛んで、無暗に高い鼓動だけが胸に残っていた。






少年の無自覚ラブってかわいいと思う。
それにしても、キョウヘイくんはプレイヤーの現身なのでどうしても廃人設定になってしまいます。