BW エメクダ





経験に裏打ちされた鉄道の知識。
華麗で隙のないバトル運び。
相手を不快にさせない身のこなしと接客技術。
トラブルに対する迅速かつ適切な対応。
爽やかな笑顔で接しやすい気さくな性格。
真面目な勤務態度と、そこからくる部下からの厚い人望。

エメットから見たクダリという人物は、挙げればきりがないほどの美点のある、完璧でかっこいい人物だった。上層部から『イッシュのサブウェイマスターを参考にしなさい』とざっくりした指令を受けて研修にきたものの、サブウェイボスになりたてのエメットからしてみれば当人は遥か雲の上のような人物で、「こんなのを参考にしろとか無茶言うなよ」と思わずにはいられなかった。
その点に関してはインゴもほぼ同意見のようで、ノボリを指して「あれはバケモノに違いない」と嘆息していた。エメットはそこまで極端に変な目で見てはいなかったが、自分だけ特別無能というわけではないと分かって安心してもいた。



エメットの心象を困惑から憧憬へ、更に驚愕へとがらりと変えたのもまた、クダリのサブウェイマスターとしての在り方だった。
バトルビデオだけでは分からないこともあるから、と案内されたスーパーダブルの最終車両。運よく挑戦者が辿り着いてエメットの眼前でマスター戦が展開された。
クダリが口上を述べ、バトル開始のアナウンスが流れる。途端、空気ががらりと変わった。
鋭く手入れされた牙や爪をきらめかせ、闘志に満ちた眼差しを送るポケモンたち。それに呼応するように完璧なタイミングで出される的確な指示。派手な音を立てて飛んでくる流れ弾は最小限の動きで鮮やかに避け、しかしその間にも相手のトレーナーやポケモンの呼吸も見逃さない。その眼差しは磨き抜かれた刃のように輝き、口元にはいつもの爽やかさとは似ても似つかない凄みのある笑顔が浮かんでいて、それは紛れもなく戦いに魅入られた者だけが持つ面構えだった。
エメットはその光景に圧倒され、すっかり釘付けになっていた。その場に居たにも関わらず、壮大な映画を見た後のように放心していて、再び我に返ったのはクダリが挑戦者を見送ったあとだった。
「またのご乗車をお待ちしております。――ふう。あれ、エメット?どうしたの、ぼーっとして。大丈夫?」
「ふぇ、あっ、終わってた、ね。なんかぽーっとしちゃってた」
「そうなんだ?で、どうだったかな、僕のスーパーダブルのバトル」
「どうって、そりゃあ、もうなんて言ったらいいかわかんないけど、すっっっごかった!クダリかっこよかった!」
感動のまま力いっぱいハグしたい衝動に駆られ、流石に先輩に対して失礼かと思いなんとか我慢して、エメットはクダリの両手を握りこんでぶんぶんと振り回した。
するとクダリはさっきまでの狂人じみた表情を見せた人と同一人物には見えない、照れと安堵がないまぜになった苦笑をみせた。
「バトルの内容を聞きたかったんだけど……そこまで喜んでもらえたなら、いいかな。あとでバトルビデオ見て復習――」
そこでふっと言葉が切れる。次の瞬間膝から頽れるようにクダリの身体が傾ぎ、ぎりぎりのところでエメットが抱き留めた。
「クダリ?……クダリ!」
声をかけても頬を軽く叩いても返事が返ってこず、エメットはざっと血の気が引いた。正常に息はしているが顔色は悪く、意識がないと重く感じるはずの身体は不思議なくらい軽かった。
動転したエメットがライブキャスターで呼び出したのは、ノボリの番号だった。
「ノボリ!ノボリ!」
「どうされました、エメット様。そんなに慌てて」
「ノボリ!クダリが倒れちゃった!どうしよう!」
「なんですって!わたくし丁度シングルトレインに乗って出発してしまったところなのですが……。ホームには着いてますよね。とりあえず救護室に運んでください。場所はわかりますか?」
「大体は分かるよ。鉄道員にも聞いてみる」
「ではクダリのこと、よろしくおねがいします」



「血圧はやや低いですが、呼吸音心音共に異常はありません。お話を伺った限りだと、おそらく疲労による貧血でしょう。しばらく安静にして、心配であれば病院で調べてもらってください」
ロータリーで捕まえたドクターの言葉に、エメットはほっと胸をなでおろした。
こういうときに様々な職種の人が集まるギアステーションという場所は便利だとエメットは思う。礼と共にドクターを見送って、ベッドに眠るクダリに視線を落とした。その顔色は先程よりはましになったが、それでも良いとは言えなかった。
イッシュに着てからは、クダリの傍に居る時間はノボリよりも多いくらいだったのに、何故倒れるまで気付けなかったのかと自責する。きっと薄々気付いてはいたのだ。ただ、クダリのことを何事も完璧にこなす人形かロボットのように見ていたのだと思う。そう思ってしまうくらいに、クダリは隙を見せなかった。
「そりゃあ、人間なんだよなあ。当然だけど」
ぽつりと呟いたころ、ぱたぱたと全速力で歩いているような足音が聞こえ、少しして扉が開いた。
「エメット様、クダリはどうですか」
全速力のままベッド傍まで歩み寄ったノボリは、クダリと同じくらい血の色が無かった。
「過労による貧血だろうってさ」
「そ、そうですか。大事じゃなくてよかったです。……まったく、体調管理も仕事のうちだというのに」
「まあ、そりゃあそうだけど、そこまで無理してるのに気づかなかったボクにも責任あるよ」
「いえいえ、そんなことはありません。だってあの子、貴方にだけはそういうところ見せないようにしてましたもの」
「……どういうこと?」
エメットが怪訝に問えば、幾分血の気が戻ったノボリがニィと人の悪い笑みを浮かべた。
「エメット様、貴方から見てクダリとはどんな人物でしたか?」
「どんなって言われると……うーん、「完璧」って言葉が似合う人、かな。プライベートな話もしなかったし、クダリひとりで何でも出来過ぎてて、二人には悪いけど、サブウェイマスターって名前のロボットみたいに思ってた」
「そうですか、それはようございました」
「え?」
「あの子ね、「後輩のお手本にならなきゃ」って貴方達が来る何日も前から緊張してて、ちょっと無理のある目標とか立ててたんですよ」
「とてもそうには見えなかったけど」
「そこも目標のひとつだったんですよ。『忙しくてもそう見せず、余裕のあるようにみせる』って」
「そうなんだ……」
「いつも不測の事態にテンパってるくせに急にそんなことできるわけないじゃないですか、とは思ったんですが、止めませんでした。傍から見て可愛かったし、何より面白かったので」
「ノボリ、ひどい」
「でもエメット様にそう見せることができてたなら、目標は概ね達成できてたのでしょうね。倒れるまでがんばるなんて馬鹿だとは思いますが。要するにね、エメット様、あの子はかっこつけしいなんですよ」
「かっこつけしい?」
「見栄っ張りとも言えますか。貴方に『かっこいい出来る男』と思ってほしかったからちょっと無理して頑張っちゃったんです。ほら、可愛いでしょ」
「そうかもね」
「でも目標は達成できなかったみたいですし、クダリが目を覚ましたら慰めて励ましてあげてくださいまし。きっと恥ずかしがるし凹んでもいるでしょうから」
「ん、わかった」
「それと、私もクダリももちろんロボットじゃありませんので、もしよろしかったら仕事仲間や先輩として以上に仲良くしてくださると、クダリも喜ぶと思います。――ね?」
最後の一言はエメットではなくベッドの方向に向けられたようだった。ノボリの視線につられるようにエメットもベッドの方に目を向ければ、先程まで普通に眠っていたはずのクダリは、いつの間にか頭のてっぺんまで布団をかぶっていた。
「それでは、私仕事の続きがありますので行きますね」
「え?」
「ではクダリのことよろしくおねがいします」
「ああ、うん、わかった」
エメットの返事を聞く前にノボリは脱兎のごとく部屋から去った。その口元にいたずらな笑みが浮かんでいたのはエメットの見間違いではないだろう。


「えっと、クダリ?」
「…………」
「起きてるんだよね?」
「…………うん」
そろそろと布団から顔を出したクダリは耳まで真っ赤で、エメットは訳も分からずどきりとした。良く考えれば顔が赤いのは布団を頭まで被っていて暑かったからだろうとは分かるのだけど、いつも白い顔(今考えれば血色の悪い顔)で仕事をしていたクダリがあまりにも人形然としていて、人間らしい表情を見たのがほとんど初めてだったからか、そわそわと胸が落ち着かない気分になった。
「いつから起きてたの?」
「君が僕のことについて兄さんに喋ってたぐらいから」
「ああ、話題の中心人物がいきなり起き出すとか気まずいよね」
「兄さんは気にしなさそうだけど、僕が気まずい」
「そういえば、クダリ、ごめんね」
「何が?」
「君のこと、人間じゃないとか思ってて」
「いや、それは別にいいよ。君の前で『完璧』でありたいと思ってたのは僕なんだから。むしろ、こっちこそごめん。いきなり倒れて迷惑かけて。ほんと、兄さんの言う通り体調管理も仕事のうちなのに……」
「そりゃあびっくりしたけど、ボクのために気合入れてがんばってくれたんでしょ?迷惑だなんて思わないよ。むしろ、クダリが失敗もするし病気にもなる普通のひとだって分かって安心した。クダリみたいなサブウェイボスになれって言われたって、絶対無理だもん!」
「エメットにもたくさんがんばってもらわないといけないんだけどなあ。――でも、それ聞いて、少し肩の荷が降りた気分」
そう言って、クダリは気が抜けたようにへにゃっと笑い、しばらくするととろとろと目蓋が落ち始めた。
「クダリ、眠い?体調崩してるんだからゆっくりしなきゃだめだよ」
「そ、だけど……しごと」
「デスクワークならボクができるところはやっておくから」
「でも、それより」
クダリの腕が緩慢な動きで掛け布団の下から這い出て、エメットの裾を握った。
「何、どうしたの」
「ここにいて」
緩んだ表情だったクダリの眉間が僅かに寄った。ずっと気を張っていたのだから、体調を崩せば不安にもなるだろう。エメットは微笑んで、裾を握っていたクダリの手を自分の手の中に移して指を絡めた。
「分かった。いいよ。目が覚めるまでここにいる」
「ありがと」
とろりとした声音と顔でもってそう言ったクダリは、そのまますぅっと眠りについた。
その様子にほっとしたエメットは、握った手はそのままに立ち上がる。
「おやすみ、クダリ」
穏やかに眠った瞼にそっと触れるように口づけた。それは考えも打算もない、心に従ったままの自然な行動だった。
しかし、再び椅子に腰を下ろした後、羞恥心がエメットを襲う。
(ボクは今、何をした?!)
今の行動は、先輩に対しても友達に対してもするものではなかったのは分かっていた。しかし、そうしたいと思ってしまったことに狼狽していた。
あまりに恥ずかしくて逃げてしまいたい気分だったが、約束してしまった手前早々に裏切りたくはなかったし、何より無意識に繋いだ手が所謂恋人繋ぎで振り切りがたかった。
クダリが目を覚ますまでの間、ボクってこんなにギャップに弱かったっけ、とか、アブノーマルに転んだことなんてなかったはずだけど、と思い悩む時間は、エメットにとっては永遠のように感じられた。






タイトルはタイトルつけったーに貰ったやつなので意味はない。
エメクダはいつも友情からの派生みたいなのばっか書いてるけど、割と一足飛びみたいなのもいいなぁと思います。