BW エメクダ





煌々と照る満月の下、クダリとエメットは帰途についていた。
クダリは月の光を顔いっぱいに浴びるように少し上を向いてゆっくりと、エメットはその数歩後ろでクダリの背を見つめながら同じ速度でゆっくりと。
二人の間に言葉はなく、不思議な静寂が満ちていた。少し遠くに聞こえる大通りの音と二人の足音以外に音はない。
その沈黙を破ったのは、クダリの小さな歌声だった。
「〜〜〜♪〜〜〜♪」
イッシュ語で呟くように歌われたそれはエメットには聞き取れなかったけど、ワンフレーズのみでフェードアウトした物悲しいメロディーは何故か心に残った。
「その歌、なに?」
訊けば、クダリはさっと振り向いてやや驚いたような顔をした。エメットが近くに居たことを今思い出したような表情で、エメットは少しだけ傷ついた。
「さっきの歌」
「聞いてたんだ」
「これだけ近くに居れば、そりゃあね」
「そっか。――どんな歌、かぁ……道化回しの猫が月を見て寂しがってる歌、かな」
「ふぅん。ねぇ、もっと歌ってよ」
「嫌だよ。っていうか、あんまり詳しく覚えてない」
「ああ、残念」
クダリに倣うようにエメットも月を見上げる。満月に近い今夜の月は、手を伸ばせば届きそうなほどに大きく見えた。青くて丸い月を見つめていれば、つらつらと思索に耽る気持ちも分からないではなかった。
寂しがっている道化回し。ということはピエロだろうか。クラウンとピエロの一番の違いは、その白塗りの仮面に描かれた一粒の涙だ。
猫だと言っていたのに、その寂しがっているという彼はクダリのことのように思えた。
「クダリは今、寂しいの」
瞬間、足音が片方消え、数歩分の足音が鳴ってもう一つの足音も消える。白いコートの二人が同じ道に横に並んで立ち止まった。
「そうかもね」
「ボクが傍にいても?」
「……どうにもならないことって、あるから」
月を見上げていたクダリが俯く。クダリより背の高いエメットからクダリの表情が見えなくなって、伝染するようにエメットまで寂しくなった。
「例えば、ボクがクダリのことぎゅってしたら、寂しくなくなる?」
「うーん、どうだろう。満たされるかもしれないし、もっと寂しくなるかもしれない」
クダリの声音がどこか虚ろで、エメットは反射的にクダリの肩を引き寄せて抱き寄せた。身長の割に細くて骨ばっているその身体からクダリを寂しくさせる何かがこぼれ落ちているなら、抱きしめてそれをせき止めたかった。
「寂しいの、埋まった?」
「分かんない。冷たい部分とあったかい部分が、合わさってるのに混ざりきってない気分」
「そっか」
ずっと手に入れたいと思っていた相手を抱きしめているのに、その相手はどこか別のところを見つめて寂しがっている。それは確かに、温度差のある液体がマーブルになっているような不思議な心持ちだった。
「ボクまで寂しいの移っちゃった」
「だったら離れればいいのに」
「嫌だよ、クダリの隣にいたいもん」
「……ありがと」
そう言ってクダリはエメットに僅かに寄りかかった。その重みと体温がエメットの心を底から段々と温かくしていった。たまらなくなって、抱きしめる腕に力を込める。
衝動に任せて、このまま想いを伝えてしまおうかと思い、口を開き、何も言わず閉じた。
元々が実る確率の低い恋だ。取り消すことの出来ない言葉で、最良の友人であり同僚である今の関係を壊しかねないことを考えると、口にするのは恐ろしかった。クダリを傷つけるのもクダリに避けられるのも、耐えられそうになかった。
仮にこの恋が実ったとしても、エメットはあと幾日かで母国へ帰らなければならない。特別な関係を得る前に離れれば諦めもつくかもしれないが、得てから離れるのはきっと身を切られるように辛いだろう。
(いつからボクはこんなに臆病になったんだろう)
あらゆる可能性を考えて、あらゆるリスクが脳裏を過る。その危うさがあと一歩を踏み出すのを躊躇わせた。

「しばらく、こうさせて」
クダリの声はエメットの肩に埋もれてくぐもったが、それでもしっかり耳に届いた。
「ボクも、そう言おうと思ったとこ」
クダリはエメットの肩越しに道を見、エメットはクダリの肩越しに月を眺める。
互いを恋う二人の視線は、しかし混ざり合うことはなかった。






ピエロとクラウンの違いをどこかで書きたかったので『ニャースのうた』に託して書けて満足。
白組はなんとなくへたれとか臆病というのがイメージとしてあって、進展は遅いイメージがあります。