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「クダリ、もうすぐ着きますよ」
優しい声と振動で目を覚ます。
「あれ、ここは……?」
「ふふ、寝ぼけてるんですかクダリ。寝過ごしたら講義に合いませんよ」
「あ、そっか。起こしてくれてありがと」
「いえいえ。夢でも見てたんですか?」
「兄さんと一緒に電車に乗って、色んな動物?と遊んでる夢だった」
人間くらいの大きさの怪獣みたいな生き物や、大きくてメタリックな蟻と一緒に電車(外の景色がなかったからおそらく地下鉄)にいる、不思議なのにリアリティのある妙な夢だった。
「音が聞こえてたからかな、夢の中とここが似てて、ちょっとびっくりした」
「かもしれませんね。――今日はこの1コマで終わりでしたっけ」
「うん。兄さんはまたサークル行くの?」
「ええ、発表会が近いので。夕飯は先に摂っていてくださいまし」
「わかった」
口ではそう言いながらきっと僕は待つだろう。僕以外の誰かと楽しく凄く兄を思い浮かべて嫉妬に駆られながら。
それでも同じサークルに入らなかったのは、誰よりも焦がれるひとに相応しい恋人が出来る瞬間を見たくなかったからだ。決定的な絶望を見るくらいなら、過去に固執するように蹲って待っている方が幾分マシだ。

電車がホームに着き、外に出ればすぐそこに大学がある。
正門をくぐった後、僕は研究棟のある正面へ、兄さんはサークル棟のある右へ向かうから、僕らはここで分かれる。
「ではここで」
「うん、サークル頑張ってね」
「ありがとうございます。クダリも、講義中居眠りしないでくださいまし」
「わかってるよ」
手を振りながらにこにことサークル棟に向かう兄の笑顔が眩しくて、苦い思いで僕は目を瞑った。


■ ■ ■ ■ ■


車副が呼ぶ声で目を覚ます。
どうにも不思議な夢を見ていた。夢の中で僕は奇怪な箱で移動し、巨大な四角の建造物が立ち並ぶ世界で過ごしていた。見るものすべてが知らない物なのに、隣に並んでいるひとだけがひどく見覚えのある人物だったのが異様だった。
「両想いだと恋の相手が夢に出てくる」なんて俗信があるけれど、そうでないことなんて散々分かり切っている。

牛車から降りれば、夢の中に出てきた彼と丁度鉢合わせて思わず足を止めた。
「ああ、クダリ。もう来ていたのですか」
「兄さんこそ」
「今日の歌合、いい歌はできましたか?」
「うーん、まあ、恥をかかない程度には」
「貴方がそう言うときは、決まって素晴らしい歌を詠むのですよね。ふふ、楽しみにしています」
くすくすと笑う兄さんの顔色はやや悪い。近頃どこかに姫君に執心だったようだから、きっとそれが実って眠れぬ夜を過ごしたのだろう。よくあることだ。兄さんは、僕とは違って恋多き人だから。
「顔も身分も学も歌の腕もあるのに、クダリは何故恋愛下手なのでしょうね」
僕らは容姿も身分も似通った双子なのに、殊恋愛事に関しては真逆だった。それは、僕にはずっと幼い頃から心に決めた人がいるからなのだけど、そのことを知らない想い人に不用意に触れられれば心は痛む。
「……放っておいてよ」
低く唸るように抗議すれば、兄さんは「おや、失礼」と軽く謝った。誰よりも愛しいひとの笑顔が今は少し憎たらしい。

今日の歌会の題は『忍ぶ恋』。僕が誰を想って考えた歌かなんてことは、僕だけが知っていればいい。


■ ■ ■ ■ ■


ガタッと馬車が揺れた振動で目を覚ます。
「ダンジョンに着きましたよ」
「ん……ああ、そうか」
身を起こせば鎧と武器ががちゃがちゃと五月蠅く金属音を立てた。
どうにも妙な夢を見ていた気がする。夢の中で僕は、今乗っているようなおんぼろの馬車とは比べようもない豪奢な乗り物に乗り、煌びやかな布の服を着て歩いていた。現実とは真逆とも言える優雅な生活をしていても、僕の想いは実っていないのが嫌味なくらい現実と酷似していた。

「随分と眠りこけていましたね。お疲れですか?ここのところずっとダンジョンにこもりっぱなしでしたし……」
「他でもない兄さんのためだし、ついては僕ら二人のためだからね、大丈夫だよ」
「でも、無理させてはいませんか?魔導装備の素材集めなのだから、私一人でダンジョンに入れればいいんですけど」
「兄さんを守るのが僕の生き甲斐なんだよ?それを奪っちゃわないで」
冗談めかして言うけれど、それは半分以上本音だ。本格的なダンジョン探索のときは後衛の高火力な魔術師である兄さんの魔法がなくては進まないし、装備を充実させるためのモンスター素材収集のときは前衛の剣士である僕が盾にならなくては兄さんはすぐに体力が尽きてしまう。
冒険者を始めてから僕らはずっと、依存とも言えるほどに支え合って生き抜いてきた。

「もう一度確認しますが持ち物に不備はありませんか?」
「回復薬と毒消し、穴抜けの紐にけむり玉……うん、忘れ物は無いよ」
「では行きましょうか。頼りにしてますよ、クダリ。私の騎士さん」
純粋な信頼の言葉を聞く度に、罪悪感が僕を苛む。兄さんを凶悪なモンスターの攻撃から守っているこの腕で、その華奢な身体をめちゃくちゃに暴いてしまいたい。ダンジョンに棲む敵よりも醜く狂った怪物が弟の中に潜んでいるなんて、兄さんは夢にも思っていないだろう。
じくりと痛んだ胸の痛みを押し殺して、無理矢理に笑みを作る。
「……こちらこそ頼りにしてるよ、兄さん」
理性の檻を一層強固にするように、僕は剣の柄をぐっと握り直した。


■ ■ ■ ■ ■


「クダリ、もうすぐ着きますよ」
優しい声と振動で目を覚ます。
「あれ、ここは……?」
「ふふ、寝ぼけてますね。挑戦者様は残念ながら19戦目で降車してしまいましたよ」
「そっか。――なんか妙にリアリティのある夢見てた」
どれもが見たことのない架空世界のはずなのに、すべての世界の中で生きていたような不思議な感覚が残っているようだった。
「そういうこと、ありますよね。そういうのに限って悪夢だったりして」
「だよね」
僕は夢の中で、学生だったり、貴族だったり、冒険者だったりした。立場は違えどその全ての『クダリ』は『ノボリ』に対して叶わぬ恋をしていた。
だから、彼らと同じように兄さんに恋焦がれている、車掌をやっている今の僕も、他の誰かの夢の中場人物なのかもしれない。そんな、それこそ夢見がちなことをふと思った。
叶うとは思っていないけど、叶いっこないってことをあらゆる角度から証明されたみたいで気分が沈む。一つ大きく息をつけば、兄さんが心配そうに声をかけてきた。
「溜め息なんかつくと幸せが逃げますよ」
「分かってるよ」
アナウンスがかかって車両のドアが開く。ボールホルダーの確認をしながら軽やかに降車する兄さんの背中を、なんとなくぼんやりと見送った。
愛しい人の隣に居るのに、想いを伝えることができないのは幸せなのか不幸せなのか。随分と長いことこんな状況だから感覚が鈍麻してしまっている。
夢の中の彼らが本当に居たとしたら、その『クダリ』たちに「君たちは今、幸せ?」と問いたかった。






サブウェイマスターじゃないサブマスってサブマスじゃなくね?と思った結果、『胡蝶の夢』で自分のなかでは決着がついた……んですが、こんなにアイデンティティが少ないキャラでパラレルばっかり書いてる人ってどうかと思う(小声)
『現代』『和物』『洋風ファンタジー』というベタな三本立てなんですが、和物が平安でファンタジーが世界樹の迷宮風なのは完全に趣味丸出し。