BW ノボリ+クダリ





デスクに置き忘れていたライブキャスターを手に取り、クダリはほっと息をついた。明日はバトルサブウェイの一斉点検で久々の休日だから、帰路で気付かなければ機密も入っている精密機器を丸一日以上放置することになっていた。
そしてクダリはきょろきょろを辺りを見渡した。今晩の駅員室の戸締りはノボリがすることになっていたはずだから、ここの灯りが点いているならノボリはギアステーションのどこかに居るはずだ。しかし歩いてきた廊下では擦れ違わなかったし、駅員室にも居ない。仮眠室に居る理由もないからホームの見回りだろうか。
どうせだから一緒に帰りたいと思い、クダリはホームへ足を進めた。



たたっ、かっ、しゃっ。そんな軽快な音が聞こえる。歩いているとは思えないその音の方を振り向けば、はためく黒がまず視界に入った。それはノボリのコートだった。
ラインの入ったコートがふわりと翻る。靴がリズムを踏み鳴らす。浮かび上がる白い手袋が闇色を掬うようにひらめく。
ノボリは無人のホームで踊っていた。
邪魔をしてはいけないというのを察したクダリは、足音を消し息をひそめ、物陰からじっとその動きを見つめた。
ゆらゆらと右に左に揺れる体の動きは優雅で、決して不規則ではなくきちんと拍を刻んでいる。ターンをする度に大きく拡がるコートは、クダリと同じ形状をしているはずなのに常になくひどく視線を奪った。激しく跳んだり駆けたりする動きは微塵もないのに、そこに生き生きと鮮やかな音楽が存在するのが『見え』た。
ふと、波立った水面が落ち着くようにノボリが動きを止めた。音楽が終わりを迎えたようだった。見えない観客に向かって恭しくお辞儀をし、帰りへの一歩を踏み出す寸前でノボリはぴたりと動きを止めた。身を乗り出していたクダリと目が合った。
たった二人しかいないホームに拍手が響く。
「スーパーブラボー!だね、ノボリ」
「……クダリ、貴方見ていたのですか」
堂々とした身のこなしだった先程とはうってかわって、消え入りそうな声でノボリが言う。ぐっと帽子を目深に被ったからクダリの方からは見えないが、きっと紅潮しているのだろう。
「恥ずかしがることないじゃない。すっごく…うーん…かっこいい?魅力的…?なんだろう、すっごく良かったのは確かなんだけど」
「無理に褒めなくても……下手の横好きなのは重々承知しております」
「ううん、ほんとにすごかったよ!お世辞じゃないって!なんかね、ストイックで…そう、えろかった」
「え、えろいって、なんですか!からかってるんですか!」
「褒めてるんだよ」
「とてもそうには聞こえませんでしたが」
目深にかぶっていた制帽を少し上げれば上機嫌に笑う弟の顔が見えて、ほっとしたようにノボリは大きく息をついた。
「今日のが初めてじゃないでしょ?いつからやってたの」
「いつから、なんて覚えてはいませんが、そうですね。最後の見回りをしていて、周りがあまりに静かなものですから、『一人でしか出来ないことをするなら今のうちだ!』と思い立ったのが始まりでしたね」
「なんとなくそれ分かるかも。誰も居ない温泉で泳ぎたくなる感じでしょ」
「かなり近いですね。でも泳ぐのはおやめなさい」
「はーい。――あっ、そうだ!ぼくにもそれできるかな」
「『それ』って、さっきの踊りのことですか」
「うん!僕も振付覚えて、ノボリと左右対称とか回転対称で踊ったらいい感じになりそう」
ほう、と呟いてノボリは口に手を当てて考え込んだ。目を閉じてクダリが言った画を想像してみる。
ひらりと左右対称に舞う白と黒のコート。一分の隙もなく揃う振り付け。それを時折わざと数テンポ送らせてダンスの輪唱みたいにしたりして。
誰に見せるでもなく、むしろひとりで隠れてやっている分には全く考えもしなかったが、なかなかに良い構図ができそうだった。
「……いいですねぇ」
「でしょ!でね、上手くいったら構内で流すCMにしよう?」
さらっと言われノボリは狼狽える。見せるつもりのなかったものを公衆の面前に晒すのには抵抗があった。
「ちょっとそれは……!」
「えーなんでー?さっきの、隠しておくなんてもったいない!それにね、ぼくたちのかっこいいとこ見せたら、きっともっといっぱいお客さん来る」
「そうでしょうか?」
「そうだよ!ぼくたちピエロだもん、目立たなきゃ!機材だけ簡単に揃えてホームかトレイン内で撮れば、お金かかんないし」
「宣伝費がかさまないというのは、いいですね」
バトルサブウェイの宣伝なのだから場所はトレイン内がいいだろう。キャストは自分たちだし、あくまで「試しにやってみる」という体なのだから、三脚があれば撮影班は要らないだろうし、人件費はなし……いや、編集技術がある人が要るか。
そんなことを本格的に考え込んでいるうちに、クダリは当初の目的を思い出した。
「ノボリ、そろそろ帰ろ?」
「……!もうそんな時間でしたか」
「うん、そんな時間。終業後にまで仕事のこと考えてるって、ぼくら結構社畜」
「否定できません」
「でも、楽しいからしょうがないね」
「そうですねえ」

ダブルの常連にダンサーの肩書きのトレーナーがいることを楽しげに話すクダリ。
企画書の草案まで脳内で書き上げているノボリ。
鏡のようにそっくりでいて全然違う二人の、楽しげな話し声とステップを踏むような足音は、地下鉄のホームからゆっくりと遠ざかって消えた。






いわずもがな、MMDに触発されて。
一人で踊ってる動画もかっこいっけど、左右対称・色違いの二人っていうのはやっぱり綺麗な構図だなあと思います。