BW エメクダ





僕の異国の友人であるエメットは、典型的な「○○さえなければすごくいい人」だ。
というのも文武両道で人柄も良く所謂三高を兼ね備えているのに、ぱっと目を引いた女性に声をかけて愛を囁き、しばらくして飽きたら捨てるという行動をローティーンの頃から繰り返しているからだ。泣かせた女は数知れずというのも比喩ではない。
それでも彼が未だにモテ続けるのはきっと、「私だけは彼の特別な女だ」と彼女たちに思わせる魔力が彼の言葉にはあるからだ。その言葉ひとつひとつは演技なのだろうけど。
そんな彼曰く、恋人に求める条件は「後腐れなく終われる人」だそうだ。

それに比べて僕の恋愛の仕方は、求められればそれに応じ、求められなければそれ以上のことはしないという、非常に消極的なものだった。だから今まで付き合った女性の数と振られた回数はぴったり同じだ。エメットとは別の意味で、交際が長く続いた試しがない。
恋愛なんて面倒だなと思い始めた結果、僕が愛することができるタイプは「僕に多くを求めすぎない人」になった。

だから、僕たちがスキンシップの延長でセックスをするようになったのは、利害の一致でも想い合ったからでもなく、きっとなるべくしてなったのだと思う。



「ねえクダリ、ボクとオツキアイしてみる気、ない?」
そう言いだしたのはエメットだった。
「『お付き合い』の意味、ちゃんと分かって言ってんの」
「もちろん!」
「……エメットってバイだった?」
「うーん、どうだろう。クダリと恋愛してみたいな、って思っただけなんだけど」
「へえ」
言われて僕は考える。
エメットの女癖の悪さは友達である僕ですら少し引いていたけど、それでも火の粉が降りかからなければ僕には関係のないことで、僕からの意見としてはイッシュのギアステーション周りで揉め事は起こさないでくれということだけだった。そこにいきなり狙いがこちらに向けば、考えもする。
男女関係なら後々に響く確執があるかもしれない。けど、本気の恋愛をしたとは言えない男二人、元々友達だった僕たちがこんなお試しみたいな形で恋人になったって、終焉が来てもまた元の形に戻れるだろうなという楽観的な推測があった。
それに、奇しくも僕には今特別な関係にある人が居なかった。ならば。
「いいよ、オツキアイ、してみようか」
そうやって僕達の間柄を示す言葉に「恋人同士」という言葉が付け加わった。



恋人としてのエメットとは、思った以上に相性が良かった。元々彼は愛情を与えて表現するのが好きなタイプで、僕はそれを受け止めるのが好きなタイプだった。
折りを見ては共に出かけ、物影に隠れてキスをして、休日の合う夜には抱き合う。そんな当たり前でありながら背徳的な触れ合いがどうにも心地よくて、気が付けば今まで付き合ったどんな人よりも長続きしていた。それはエメットも同じらしく、「女の子相手じゃすぐに飽きちゃったのに、男のクダリとなら続くって変なの」と笑っていた。
その居心地の良さもだんだん変質してきたことに気付いたのはいつだっただろうか。エメットが僕に愛を説く度に心臓がぎりぎりと痛み、優しく触れる度に胸締め付けられる錯覚を覚えるようになった。
原因は分かっている。いつかはこの関係に終わりが来ることを知っているからだ。

「君の彼女たちの気持ちが、最近分かってきた気がするよ」
僕がそう言ったのは、抱き合った後明日の予定をのんびりと話し合っているときだった。
「ん、どういうこと?」
「君は元々優しいけど、恋人にはとびっきり優しいでしょ。自分だけが君の特別って勘違いしちゃうよ」
「……勘違いじゃ、ないよ?」
「誤魔化さなくてもいいって。エメットがそのうち僕に飽きることもこの関係が終わることも、ちゃんと分かってるから」
「ボク、そんなに信用無い?」
「君の恋愛遍歴を聞いて信用しろっていうのが無理な話だろ」
「そりゃあそうだけど。――じゃあさ、仮の話だけどクダリはボクと別れたとして、その後すぐ告白されたら付き合うの?その、相手が男でも」
エメットは何を言おうとしているんだろう。想定していなかった仮の話をされて僕は暫し黙る。
彼以外の男にそういった意味で好かれるなんて考えたこともなかったし、ましてや抱かれるなんて真っ平だけど、それはきっと言ってはいけないことだ。エメットが求める『恋人』の在り方を維持するために。そして想像以上に気に入ってしまったこの関係を崩さないためにも。
彼が恋人に求める『後腐れなく終われる』ということは、言い換えれば『今が終わっても次に目を向けられる』ことだと僕は理解している。だったら言うべき答えはひとつしかない。
「……なってみないと分からないけど、多分付き合うよ。今までがそうだったし」
「そっかぁ……」
エメットは何故か落胆しているように見えた。僕の答えは正解ではなかったのだろうか。
僕の言葉が本心からではないのが透けて見えたのか。それとも、「わたしにはあなたしかいないの」みたいな依存や執着を伝え合う『普通の恋人同士ごっこ』でもしたかったのかもしれない。
蒼い目を切なげにぎゅうと歪めて、エメットは吐き出すように言う。
「ねえクダリ、ボクには君しかいないんだよ。君が居れば何もいらない。大好き。愛してる。クダリ以上に愛せる人なんていやしない」
結局予測は結局後者が正解だったらしい。ごっこ遊びのために涙まで流して、エメットは今の職より役者の方が向いてるに違いない。切々と吐き出される言葉に心動かされない人はいないだろう。現に今僕の心臓がぎりぎりと締め上げられて悲鳴を上げている。
いつもは好きだと言われたら僕もだよと応えているのに、今ばかりは応えられそうにない。ごっこ遊びに同調してしまったらきっとこの執着に形を与えてしまうだろう。愛してるなんて言ってしまったら、そのまま彼に叫んで縋って嫌わないでと泣いてしまうだろう。そしたらきっとその瞬間エメットは僕に飽きて捨てるだろう。今までの彼女たちと同じように。

ねえエメット、そんな悲しそうな顔で愛してるなんて言うのを止めてよ。
愚かな僕が真に受けてしまう前に。






タイトル没案は『狼少年の恋』  進みようがなくドン詰まってるのとか、ネガティブな受けが最近すごく好きです。
余談ながら、13年11月頭に支部に投稿してたのに、サイトに上げるの忘れてて更新日が14年1月中旬になってます。日記に上げたり支部に上げたりしてるとよくある……ww